第一話 追放された子どもたち
僕は街長様に呼ばれて、役場の会議室に向かっていた。
街長様に呼ばれるのは初めてだ。月に一度の街会議では毎回見ても、個別に呼ばれるなんてことは、今まで一度もなかった。ひょっとして、僕も優秀なコマドリ姉さんみたいに『名前』を貰える時が来たのかもしれない。そうやって心を躍らせて、扉を開けた。
「……コマドリ姉さん?」
そこに呼ばれたのは僕だけではなかった。コマドリ姉さんと、あとは僕より幼い子どもたちが三人。短い銀髪にやや垂れ目なシロマル、長い黒髪と白い肌が対照的なヤイロ、ぼさぼさの茶髪でなぜかいつも服が汚れているノスリ。そしてその傍に、何かがこんもりと積まれ、かけられた布が盛り上がっていた。はみ出した車輪を見るに、リヤカーがあるようだ。
「わっ、? 街長さ」
後ろからぶつかって、たたらを踏んで振り返ると、そこには街長様がいた。
室内はずっと静かだったのに、さらに静まり返った気がした。それに温度が下がったと錯覚するほど、街長様の目はかつてなく冷たかった。
「全員揃ったな。君たちには今日この時をもって、この街を出ていってもらう」
この街は、およそ百五十年の歴史がある、と聞いたことがある。
その昔、あるたった一種類の菌によって人間は絶滅へ追いやられたらしい。だが、かろうじて助かった人々がいた。彼らは風雨にさらされる状況こそが菌の活性化を促進してしまうとし、高い天井と密閉した壁とで外界との関わりを極限まで無くした街を作った。その中で人々は健康さを取り戻し、徐々に数を増やした。今となっては街の外へ出た経験のあるものはおらず、外界がどんな状況かに興味を持つものもなかった。祈りを捧げられる神がいて、食べ物も職も十分で、彼らは程よく満たされていた。
「君たちは、この街で暮らしていくにはふさわしくない。まずオオルリ」
自然と注目を浴びた姉さんは、咄嗟に俯いてしまった。僕は何が始まるのかわからず、不安げに街長様を見てしまう。
「君は嘘で、この街の人々を混乱に陥れようとした。これはあってはならないことだ。そして次に」
街長様は僕を見た。自然と喉が凍りついた。
「君は、自分に課された役割を全うせず、この街の秩序を乱そうとした。これもこの街の存続を危うくするものだ」
「で、でも街長様」
こんな空気の中、掠れた声を上げたのはオオルリ姉さんだった。
「キバシリはただ、掃除当番をさぼっただけですよ。それだけで、そんな」
「役立たずは秩序を乱す。現に君も、キバシリの影響で価値観を捻じ曲げられたんだろうな。こんな奴らがいてはすぐにこの街は滅ぶ。甘い考えがシュムツ菌を街に入れてしまう」
姉さんは有名な医者の助手をしている。そしてその上司、つまるところ有名な医者は、街長様なのだ。上司に反論できるわけもなく、姉さんは閉口した。
あと、子どもは三人だった。十六歳のヤイロ、十五歳のシロマル、そして十三歳のノスリ。十五歳を過ぎると、親から離れて暮らさないといけなくなるが、ノスリは確か事情があって既に親と離れて暮らしていた。皆親と別れて暮らしていて、僕たちがいるのがこんな世の中でなければ、街を出るのも問題はなかっただろう。彼らは街長様に何を言われるのだろうと顔を見合わせている。
「ヤイロは病弱すぎる。医者がついで感覚で毎回診てやってると思うな。風邪くらい根性で治せるようにならないと、この街にいる資格はない」
「……っ」
涙を懸命に堪えるヤイロを、姉さんが抱きしめた。街長様がここまで酷い人だとは知らなかった。ささやかな反抗にもならないが、思いっきり街長様を睨みつける。
「シロマルとノスリはイタズラが多すぎる。この街で許容出来る範囲ではないから、これからは自己責任でやるといい。好きなだけ、遊べるな」
そう言い放ち、踵を返す。この部屋に唯一の外界と繋がる扉があることを、布の装飾を外されて、壁があらわになった今になって僕は知った。早く出ていけということだろう。子どもたちがやっと身じろぎする気配がした。
「ああ、そうだキバシリだけ、こっちに来なさい」
ふと振り返った街長様に手招きされ、姉さんを見ると、緊張した面持ちで頷いている。行ってみるしかなさそうだ。
街長様は、僕が廊下に出ると扉を閉め、声をひそめた。
「今から言う話は、他の人にはしないでもらおう。オオルリに訊かれたら、キバシリが率先垂範しなかったから、子どもたちが悪い道を選んでしまったと言われたとか、適当に繕ってくれ」
先程までと空気が違う。思わず唾を飲み込んだ。
「いいか、キバシリ。君に今から『名前』を与える」
はっとした。この世に少数使い手がいるのみの、精霊術。まず精霊を視るために、『名前』がいるから、使い手が少ないのだ。精霊と人のハーフである街長様にしか出来ない名付け。それを今、なぜ僕に。
「今日より君の名前は薫。名前は精霊以外の誰にも知られないように。でないと、悪意を持った者にお前の命を取られてしまう。わかったな?」
「あ……は……はい。わかりました」
「それと、お供したいと言う精霊がいるから、連れていってやれ」
押し付けられた小さな巾着を、断るわけにもいかず受け取ると、間髪入れずにすぼんだ袋の口が押し開けられる。中から青い羽の朱雀といった外見の小鳥が顔を出した。
「やあ! おれの名前はアマモ! そして君が見る初めての精霊さ! ……あれ、元気ないな」
既に街長様は立ち去っており、お礼を伝えそびれてしまった。




