Call.8「社内ネットワークを用いた『無意味な高画質映像の配信』は、永久凍結と致します」
魔王城の地下最下層にある『お客様相談室』。
私は今日も定位置であるパイプ椅子に座り、頭に装着した漆黒のヘッドセットにそっと指を添えていた。
私がここに転生してきた時に、無意識に魔力で具現化したこのアイテム。
自身の魔力で創り出したものだからか、なぜか正式名称は『アビサル・ヘッドセット』であると、脳内ではっきりと理解できていた。
この魔王城でSV業務をこなすにあたり、現段階で解明できているだけでも、このヘッドセットにはいくつかの恐るべき機能が備わっている。
魔獣の咆哮さえも標準語として理解できる『同時通訳』。
以前の業務でも使用した、ログの『空間投影』。
相手の殺気や威圧感すらもただの音として処理する『音量調節』。
そして、強制的に相手を黙らせたり時間を稼いだりする『ミュートとホールド』。
(……とはいえ、まだ未知の機能が隠されている気もしますが)
ともあれ、最近の業務において私が最も頻繁に活用しているのは、これらの機能ではない。
このヘッドセットの真骨頂――それは『遠隔魔法通信の受発信』機能である。
なんとこの機能、世界中の魔族たちからの「声」を、着信のようにダイレクトに受信できるのだ。
現場に出向かずとも、魔王城に座ったまま世界中のトラブルを把握できる、まさにコールセンターのための究極の機能である。
そもそも、なぜ世界中から私のところへクレームが届くのか。
答えは簡単だ。
私がこの機能に気づいてすぐに、魔王軍のネットワーク上に漂っていた『エラー信号』や『不満の念話』といった、これまで誰も処理せずに虚空へ捨てられていた『ヘルプの周波数』を、すべてこのヘッドセットに強制ルーティングしたからである。
結果として、この機能をオンにしている間(主に休憩時間を除いた8時間)は、現場で誰かが「聞いてた話と違う!」「どうなってんだ!」と叫ぶだけで、それは自動的に当窓口への『着信』として私の耳に届く仕組みになっていた。
『――おい!転送魔法陣の発動が遅すぎるぞ!援軍が到着する前に前線が崩壊しちまう!』
『――念話が途切れ途切れで、部下の報告が全く聞こえん!』
ピッと私が指を鳴らすと、現場の兵士や前線の指揮官たちの怒声が次々と飛び込んでくる。
「……はい、お念話ありがとうございます。魔王城お客様相談室の麗野まおが承ります。……えぇ、転送魔法陣の遅延ですね。誠に申し訳ございません」
私は押し寄せるクレームの嵐を、極上の営業スマイルと淀みないマニュアル対応で次々と捌いていく。
どうやら現在、魔王軍全体の通信・転送インフラに重大な障害が発生しているらしい。
「……なるほど。完全な通信インフラのパンク、および『SLA』の大幅な下回りを確認。早急な原因究明が必要ですね」
私はバインダーを片手に立ち上がり、同じフロアのさらに奥――心臓部とも言える『魔力供給・魔界通信管理室』へと足を運んだ。
分厚い防音扉を開けた瞬間、私は思わず眉間を押さえた。
薄暗い管理室の中は、無数の発光する魔力線が、文字通りグチャグチャに絡み合った巨大な「光る毛玉」と化していた。
どこから始まり、どこへ繋がっているのか全く分からない。
完全なる『魔力のタコ足配線』である。
「突然の訪問、失礼致します。お客様相談室の麗野まおと申します。通信インフラの障害調査に参りましたが……この配線の有様は、一体?」
その光る毛玉の真ん中で作業をしていた人影に声をかけると、目の下に真っ黒なクマを作ったダークエルフの男(社内システムエンジニア)が、ビクッと肩を跳ねさせてこちらを振り返った。
「え!?そ、相談室!?す、すみません、今必死に魔力遅延の原因を探して、配線を辿っているんですが……っ」
彼は半狂乱で光るケーブルを引き抜きかけ、慌てて元に戻して頭を抱える。
私は少し屈んで彼に声をかけた。
「……状況は概ね理解しました。ボトルネックの所在を特定できないのですね?であれば、仕様書を一度確認されるのが、最善かと存じますが?」
「む、無理なんです!前任者が300年前に仕様書を一切残さずに殉職してしまい、完全にブラックボックス状態なんです!どの線がどの部署に繋がってるか、もう誰も分からない!迂闊に1本でも間違えて抜いたら、魔王軍の全システムがダウンしますぅぅ!」
……なるほど。
『触らぬ神に祟りなし』で継ぎ接ぎを繰り返した結果の、典型的な技術的負債である。
「仕様書のないインフラ稼働は、ただの時限爆弾ですね。早急に原因を特定し、不要な通信を遮断しましょう」
私は『アブソリュート・ログ』を空間投影し、トラフィックの解析を始めた。
そして数秒後、異常なデータ通信を行っている原因が、あっさりと判明した。
「……承認欲求の強い上位の魔物たちが数名、人間界の空や他部署の空間に向けて、無意味に巨大な『自分の幻影』を常時投影し続けていますね。これが帯域の8割を圧迫しています」
「えっ!?上位魔族の方たちが……!?ど、どうしてそんな無駄な幻影を……」
「ログを見る限り、威圧や脅迫といった軍事目的ではありません。ただ自分の新しい鎧を誇示したり、食事風景を垂れ流しているに過ぎません。詰まるところ、迷惑な『動画配信』ですね。やはり、通信を遮断するのが最善のようです」
「なっ……!で、でも、そんなの勝手に切断したら、上位の魔物様たちが怒り狂って俺の首が飛びますよ!」
怯えるダークエルフを横目に、私は魔法で生成した「銀色のハサミ」を手に取った。
「ご安心くださいませ。クレーム対応は、私の仕事ですので」
私はログを確認しながら、絡み合った魔力の配線の中から、迷いなく「不正な極太の魔力線」を引っ張り出し、チョキンッ!と容赦なく切断した。
『――なっ!?おい!人間界に映していた俺様の華麗な幻影が急に消えたぞ!!どうなってる!!』
切断した数秒後。
案の定、私のヘッドセットに、回線を切られた上位魔物からの激怒の着信が入った。
私は両手で次々と不要な配線をチョキチョキと切り刻みながら、涼しい顔で応答する。
「お念話ありがとうございます。お客様相談室の麗野まおが承ります。……えぇ、幻影投影の切断の件ですね」
『相談室だと!?貴様か、俺様の回線を切ったのは!すぐに復旧させろ!さもなくばお前を食い殺すぞ!』
「恐れ入りますが、社内ネットワークを用いた『無意味な高画質映像の配信』は、明確な就業規則違反、および帯域の不正占有に該当致します」
私はハサミを動かす手を一切止めず、淡々と事実を突きつける。
チョキン、チョキン。
『む、無意味だと!?俺様は人間どもに恐怖を与えるために、自分の恐ろしい姿を空に映し出して――』
「お客様。お言葉を返すようですが、当方のログによりますと、貴方は過去6時間にわたり、巨大な幻影で『骨付き肉を食べるだけの咀嚼音』を人間界に垂れ流し続けておられます。これは軍事的な脅迫ではなく、ただの『お食事配信』です」
『ぐっ……!?そ、それは……人間どもに俺様の胃袋のデカさをアピールしてだな……』
「現在、貴方の個人的な承認欲求のせいで、前線の転送魔法陣に重大な遅延、および念話の通信障害が発生し、部隊の生存率が著しく低下しております」
私はハサミを置き、今日一番の冷たい声を作った。
「もし、これ以上配信の継続をご希望されるのであれば、『軍のインフラを私物化し、意図的に前線の兵站を崩壊させた、明確な利敵行為』として、四天王直属の小隊長様に直接エスカレーションさせていただきますが……いかがなさいますか?」
『…………っ!』
インカムの向こうから、ヒッと息を呑む音が聞こえた。
軍の反逆者として処罰されるか、大人しく配信を諦めるか。
論理的な逃げ道を完全に塞がれた魔物は、悔しそうに唸り声を上げた。
『……わ、分かった!もうやらん!繋がなくていい!』
「ご賢察いただき、誠にありがとうございます。では、当回線はこれにて永久に『凍結(物理切断)』とさせていただきますね。……本日は麗野まおが担当致しました。失礼致します」
私は相手が完全に納得したことを確認し、丁寧な手つきで通話を終了した。
そして、最後の不正な魔力線をハサミで切り落とし、ふぅと息を吐く。
「……これで、不正なトラフィックの遮断は完了です」
私がハサミを消すと、グチャグチャだった光る毛玉はすっきりと整理され、魔王城の通信ネットワークはかつてないほどの『爆速』を取り戻していた。
「う、うおおおおおおっ!!繋がった!魔力遅延がゼロになったぞ!!」
ダークエルフのシステムエンジニアが、手元の計器を見て歓喜の声を上げた。
ヘッドセットから聞こえていた現場からのクレームも、ピタリと止んでいる。
「す、すごいです相談室の人!まさかハサミ一つで、このブラックボックスを解決してしまうなんて……!これで俺、やっと徹夜の障害対応から解放されて、ベッドで眠れますぅぅっ!」
ボロボロのダークエルフが、感極まって涙を流しながら私を拝んできた。
私は極上の営業スマイルを浮かべ、彼に向けて優雅に一礼する。
「……無事に復旧し、何よりでございます。ひとまずの一次対応、本当にお疲れ様でした」
「はいっ!ありがとうございます!」
「――では、休む前に『二次対応』に移りましょうか」
「……え?」
ダークエルフの顔から、スッと笑顔が消えた。
私はバインダーを開き、彼に真っ白な羊皮紙の束と羽根ペンを差し出した。
「原因を絶ったとはいえ、このインフラが『仕様書のないブラックボックス』であるという根本的な問題は、何一つ解決しておりません。このままでは、必ず同じ障害が再発します。当窓口としては、そのような杜撰な運用を看過することはできません」
「あ、あの……それは、そうですけど……俺、もう三日ほどまともに眠ってなくて……」
「……ご安心くださいませ」
私は今日一番の、最高に美しく慈愛に満ちた笑顔を向けた。
「二度と同じ惨劇を繰り返さないために、今から私と一緒に、この巨大なネットワークの『完全な仕様書と配線図』のドキュメントを作成致しましょう。もちろん徹夜の作業にはなりますが……私がSVとして、要件定義から最後の1ページまで、付きっきりで『お手伝い』させていただきますので」
「あ、あぁぁ……」
「さぁ、素晴らしいインフラ構築のために、朝まで頑張りましょうね」
「ぎゃああああああああっ!!一番キツい地獄が残ってたぁぁっ!!」
こうして、魔王城の通信障害は見事に解決を見たが、地下のサーバールームからは、新たなデスマーチに突入したダークエルフの絶望の悲鳴が、朝までこだまし続けるのだった。




