Call.7「上司の基礎スペックを体感する、実践研修(OJT)へと移行致します」
「まず初めに、組織における基本中の基本、『報告・連絡・相談』についてです。現場の独断専行は、部隊の全滅、即ち『プロジェクトの致命的な頓挫』を招きます。上司の指示を無視するなど、言語道断の――」
「う、うるせぇぇっ!」
私の言葉を遮り、最前列で綺麗に正座させられていた一際巨大なオーガが、顔に青筋を立てて吠えた。
「わけの分からん力で縛りやがって、卑怯だぞ!俺たちは誇り高き魔族だ!魔王軍の兵士だ!強ぇ奴の命令しか聞かねぇんだよ!」
「そうだそうだ!組織だのルールだの、そんなもん知るか!力で証明してみせろ!」
「なんでこんな、俺のふくらはぎより小せぇガキの言うことを聞かなきゃならねぇんだ!!」
他の筋肉ダルマたちも、正座のままブーブーと不満を吠え始めた。
なるほど。見事なまでの単細胞ぶりである。
組織の歯車であるという自覚が一切欠如している。
「……左様でございますか。完全な実力主義をご希望ですね」
私は小さくため息をつき、パチンと指を鳴らした。
「承知致しました。お客様のご要望とあらば、柔軟に対応するのが当窓口のモットーでございます。では、これより座学を終了し、『直属の上司との圧倒的な基礎スペックの差』を体感していただく、OJTへと移行致します」
私が『コンプライアンス・オーダー』を一部解除すると、重いプレッシャーから解放されたオーガたちが、歓声を上げて一斉に立ち上がった。
その内の血の気の多そう(全員多そうだが)なオーガ一体が、猛烈な勢いで私に襲い掛かかってくる。
「そんなお遊びに付き合ってられるか!また変な力で縛られる前に、テメェを片付けてやる!!」
私は小さくため息をつき、向かってくるオーガの巨体に向け、ハエでも払うように軽くビンタを一発お見舞いした。
スパーンッ!!
オーガの巨体は、フィギュアスケーターも真っ青の猛烈な勢いで空中をキリモミ回転し、その場に竜巻を作っていた。
どよめく筋肉ダルマたちを尻目に、私はドレスの乱れを直し、優雅に一礼をして言い放つ。
「……お見苦しいところをお見せしてしまい、大変申し訳ございません。私を含む、当窓口のスタッフに対する一切の暴力行為は、重大な『カスハラ』に該当致します。最悪の場合、『アカウントの物理的抹消』という処置を取りますので、あらかじめご承知おきくださいませ」
先ほどの熱狂から一転、場内が水を打ったようにしんと静まり返る。
同時に私は、周囲への二次被害を防ぐ『安全配慮義務』に基づき、訓練場の周囲をぐるりと囲むように強固な『研修室』を展開し、彼らの退路を完全に断ち切った。
「……それでは小隊長殿」
私は一歩下がり、妖狐の少女に道を譲った。
「彼らに『上司の背中』を、存分に見せて差し上げてください」
「……うむ。良い膳立てじゃ。感謝するぞ、相談室の」
妖狐の少女はコクリと頷き、巨漢のオーガたちの前へと堂々と歩み出た。
身長差は優に三倍以上。しかし、彼女の小さな足取りには微塵の恐怖もなかった。
「しゃらくせぇ!あのヴァンパイアのガキが邪魔しねぇならこっちのモンだ!まずはこの生意気なガキから血祭りに――」
「――まったく。どいつもこいつも、話の通じぬ単細胞じゃのう」
オーガが巨大な棍棒を振り上げ、少女の頭上へ容赦なく振り下ろそうとした、次の瞬間。
彼女の背後でふさふさと揺れていた尻尾が、突如として『九つ』に分裂し、爆発的に膨れ上がった。
「なっ……!?」
「かいしゃの決定に逆らい、あまつさえ直属の上司に向かって刃を向けるとは……。根本的な教育が全く足りておらぬようじゃな。よかろう、妾が存分に可愛がってやろうではないか」
ゴォォォォォォォォッ!!!
少女の小さな体から、空を焦がすほどの莫大な妖気が火柱のように噴き上がった。
九つの巨大な尻尾が意志を持つようにうねり、周囲の空間が陽炎のように歪む。
そして彼女の周囲に、触れるものすべてを灰燼に帰す、底知れぬ魔力を秘めた紫炎――『狐火』が無数に顕現した。
「きゅ、九尾の狐……!?だだ、大妖怪じゃねぇか!!?」
「ひぃぃぃっ!!も、燃える!燃えるぅぅぅ!!」
そこからは、まさに一方的なOJTだった。
「ほれ、まずは挨拶代わりじゃ!!」
ズドォォォンッ!!
九つの巨大な尻尾のうちの一本が猛烈にしなり、先陣を切ったオーガの胴体にクリーンヒットする。
巨漢のオーガは悲鳴を上げる間もなく、ボールのように空中へとカッ飛ばされ、結界の壁に激突してズルズルと滑り落ちた。
「ふむ。上司の物理的指導に対する受け身が全く取れていませんね」
私はその惨状を結界の端から無表情で見つめながら、手元のバインダーにスラスラと羽根ペンを走らせる。
ヘッドセットの『ノイズキャンセリング』によって、吹き荒れる爆風も熱波も完全に遮断されているため、私のドレスの裾は1ミリたりとも揺れていない。
「当然ですが、労災は下りませんよ。基礎体力および危機管理能力の不足として、マイナス50点です」
「ぎゃああああああっ!!隊長ぉぉ!勘弁してくだ――」
「えぇい、喧しいわ!戦場で敵が待ってくれるとでも思うておるのか!」
ドガァァァン!ゴォォォォッ!!
空中に打ち上げられた別のオークたちを、容赦のない紫炎の嵐が包み込み、訓練場には悲鳴と爆発音がひっきりなしに鳴り響いた。
「あぁ、そこ。炎上案件(物理)に対する初動対応が遅すぎます。延焼を防ぐ努力が見られません。マイナス80点」
「熱ぃぃぃっ!おい、お前俺の盾になれ!」
「ふざけんな、テメェがなれ!」
「仲間を盾にしましたね。著しいチームワークの欠如、および他部署への責任転嫁です。マイナス100点」
私は次々と減点評価を下していく。
結界の張られた訓練場を縦横無尽に逃げ惑う筋肉ダルマたちは、もはや反抗する気力すら完全に喪失し、ひたすら紫の劫火から逃げ回るだけの哀れな的と化していた。
「ほれほれ!妾は簗竹りんの餓鬼なのであろう?なれば大人の意地を見せてみい!」
「す、すんません隊長おおぉぉ!!俺たちがバカでしたぁぁ!!」
「死ぬ!死ぬぅぅぅ!!」
「小隊長殿。大変素晴らしいOJTですが、就業時間を超過しないよう、適切なペース配分をお願い致しますね」
「うむ、案ずるな!あと3分で終わらせてくれよう!」
――きっちり3分後。
結界を解除した訓練場には、全身真っ黒焦げになり、プスプスと情けない煙を上げながら痙攣するオーガやオークの『山』が出来上がっていた。
「……ふん。少しは妾の命令を聞く気になったかのぅ?」
九つの尻尾を優雅に揺らしながら、妖狐の少女が腕を組んで見事なドヤ顔で言い放つ。
オーガたちはガタガタと震えながら地面に這いつくばったまま、何度も何度も力強く首を縦に振った。
「皆様、実践研修、大変お疲れ様でした」
私は極上の笑顔で歩み寄り、パタンとバインダーを閉じた。
「皆様が『上司の実力』を正しくご理解いただけたようで、何よりでございます。では、本日の研修の振り返りと致しまして、皆様には『命令違反に関する始末書』をご提出いただきます。文字数は原稿用紙10枚以上、期日は明日までです」
「し、しまつしょ……?」
黒焦げのオークが、虚ろな目で聞き返す。
「はい。事の顛末と、今後のPDCAを記した正式な書類です」
「ぴ、ぴーしー……?お、俺たち、武器の振り方しか知らねぇぞ……字なんて、自分の名前すら怪しい……」
「なんと。……それは配慮に欠けておりました。誠に申し訳ございません」
私が深々と頭を下げると、彼らは安堵の表情を見せる。
だが直後。私は彼らを見下ろし、今日一番の、最高に美しい笑顔を向けた。
「ですが、ご安心くださいませ。特例として、当窓口が責任を持って、基礎からの『リカバリー・トレーニング』を徹底的にして差し上げます。あぁ、折角ですので、小隊長殿にも監督していただき……一文字間違えるごとに、先ほどの狐火をもう一度味わっていただきましょうか」
「「「ヒィィィィィィィッ!!!」」」
こうして、魔王城における理不尽な逆パワハラ問題は、九尾の狐による圧倒的な物理的指導と、終わりの見えない地獄の書類業務によって、無事に解決(?)を見たのだった。




