Call.6「見た目で組織図を無視するのは、完全な就業規則違反です」
魔王城の地下最下層に構えた『お客様相談室』での非日常的な業務にも、すっかり慣れてきた今日この頃。
私はふと、暇つぶしに魔法で生成した姿見の前に立ち、己の全身をまじまじと見つめていた。
漆黒のゴシックドレスに身を包んだ、『ブラッディ・ミストレス』である私。
肌は透き通るように白く、顔立ちは前世の自分とは比べ物にならないほど整った絶世の美女だ。
出るところはそれなりに自己主張しており、全体的にスラリとした美しいスレンダーなプロポーションを誇っている。
――しかし。
「……なぜ、肝心の身長だけが『152センチ』のまま据え置きなのでしょうか」
私は姿見の前で、深い、深いため息をついた。
視界の高さは、前世の私と完全に同じである。
神様、どうせ異世界転生で肉体をアップデートしてくれるなら、身長のパラメータも一緒に引き上げてほしかったです。
これでは結局、パッと見の印象が『ちょっと背伸びした小娘』のままではないか。
そんな理不尽なコンプレックスにしょぼくれながらデスクに戻ると、ティティナがおずおずと来客を案内してきた。
「う、裏の魔王様……。本日のお客様をお連れしました……。それと、頼まれていた『例の飲み物』、お淹れしましたぁ……」
ティティナがプルプルと震える手でデスクに置いたのは、一杯のティーカップ。
中には、どう見てもヤバいスライムの体液か何かにしか見えない『毒々しい紫色の液体』がなみなみと注がれ、不穏な湯気を立てていた。
「ありがとうございます。完璧な仕上がりですね」
私はその液体を前に、満足げに頷いた。
これは私が直近で成し遂げた、魔王城における最大の『労働環境改善』の成果だ。
出どころの分からない怪しげな魔界茶葉を限界まで発酵させ、極限まで焙煎し、それをグツグツと煮出した後、魔力で高速撹拌する――という狂気の試行錯誤の末に生み出した、魔界産ブラックコーヒー(紫色)である。
見た目は完全に劇薬だが、芳醇な焙煎の香りとガツンとくる心地よい苦味は、間違いなく前世で私が愛したコーヒーのそれだった。
「……お待たせ致しました。それでは――」
私はコーヒー(紫色)から視線を外し、本日のお客様へと滑らせた。
「いらっしゃいませ。魔王城お客様相談室、責任者の麗野まおが承ります」
私がパイプ椅子を勧めると、ちょこんと座ったのは――頭に立派な耳と、背中にふさふさと優雅な尻尾を生やした、妖狐の少女だった。
私よりさらに頭一つ分ほど小さく、あどけない顔立ちをしている。
「……うむ。世話をかけるの」
しかし、その可憐で幼い容姿からは想像もつかないほど、威厳と年輪を感じさせる声が響いた。
ティティナが怯えながら、紫色のコーヒーを彼女の前にもそっと差し出す。
妖狐の少女は、その毒々しい液体に一切動じることなく、小さな両手でカップを持ち上げると、コクリと一口飲んだ。
「……ほぅ」
少女の目が、パッと輝く。
「これは不思議な飲み物じゃな。ひどく毒々しい色をしておるが……ふむ、この深い苦み……なんとも癖になる。中々に美味じゃな」
「お口に合って何よりです。独自の製法で成分を抽出した、私の特製ですので」
恐るべき味覚のシンパシー。
見た目の禍々しさで判断せず、本質を理解してくれる素晴らしいお客様だ。
私はすっかり気を良くして、バインダーを開いた。
「……さて、本日はどのようなご用件でしょうか?」
コーヒーの入ったカップをコトりと置き、妖狐の少女は深くため息をついた。
「……妾は最近、四天王直属の遊撃部隊の小隊長に任命されたのじゃ。何百年も生きておるゆえ、魔力や戦術の知識にはそれなりに自信があってな。……実力で勝ち取った役職じゃ」
「それは、素晴らしいですね。まさにこれまでのご尽力が正当に評価された結果でしょう。おめでとうございます」
「うむ。……じゃが、現場の部下どもが、妾の命令を一切聞かぬのじゃ」
少女のふさふさとした尻尾が、不機嫌そうにピンと逆立った。
「奴ら、古参のオークやオーガの筋肉ダルマばかりでな。『こんなちんちくりんのガキの命令が聞けるか』と、妾の指示を無視して勝手に出撃しては、無駄な被害を出しておる。報告・連絡・相談など皆無じゃ。いくら妾が実力で示そうとも、この『見た目』だけで判断しおって……」
その言葉を聞いた瞬間。
私の脳内で、強烈な共感と、冷たい怒りのスイッチが同時に入った。
――『見た目』だけで能力を判断し、見下して舐めてかかる。
それは、小柄な身長のせいで、前世でも幾度となく他社や他部署の連中から「頼りない」「上の人間を出せ」と見くびられてきた、私の最も忌み嫌う『理不尽』そのものだった。
私はパタンとバインダーを閉じ、漆黒のヘッドセットを装着した。
「……左様でございましたか。心中お察し致します。……それは、完全な『逆パワハラ』および『就業規則違反』ですね」
「ぎゃくぱわはら……?」
「はい。会社が実力主義に基づいて決定した正式な組織図を、個人の『外見』や『年齢』といった極めて主観的な理由で無視する行為。それは現場の小競り合いなどではなく、組織の決定に対する明確な反逆に他なりません」
私はパイプ椅子からスッと立ち上がり、極上の笑顔でドレスの裾を翻した。
「お客様、ご安心くださいませ。その筋肉ダルマ……失礼、不良社員たちには、当窓口から直接『業務指導』を行わせていただきます。少々、現場の訓練場までご同行いただけますでしょうか?」
「おぉ……!なにやらよく分からぬが、頼もしい限りじゃ!」
妖狐の少女は目を輝かせ、パタパタと嬉しそうに尻尾を揺らした。
――遊撃部隊の屋外訓練場。
そこでは、身の丈2メートルを軽く超える巨漢のオークやオーガたちが、訓練もせずに車座になって下品な笑い声を上げていた。
「――皆様、業務中にお寛ぎのところ、失礼致します」
私が極上の営業スマイルで声をかけると、筋肉ダルマたちは面倒くさそうにこちらを振り返り……私の横に立つ妖狐の少女を見て、ゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。
「おい見ろよ!ちびっこ隊長さん(笑)のお出ましだぜ!」
「しかもなんだ?今日は自分と同じくらい『ちんちくりんのお友達』を連れてきやがったぞ!」
「ギャハハッ!おままごとなら、よそでやってくれやガキども!」
小柄な私と、さらに小柄な小隊長。
見事なまでに、外見だけで完全に舐め腐っている。
お手本のような見くびり方だ。
「…………」
その瞬間、私の顔から一切の営業スマイルが消え失せた。
「……会社が定めた正式な上司に対する、その口の利き方。なるほど、現場の腐敗具合がよく分かりました」
私は一歩前に出ると、足元から広大な範囲に向けてスキル『コンプライアンス・オーダー』を展開した。
空間そのものが歪むほどの、真祖の吸血鬼による絶対的な『マナー強要』のプレッシャー。
「「「なっ……!?」」」
「――業務中につき、私語は慎み、速やかにご着席ください」
私の静かな、しかし絶対零度の声が訓練場に響き渡る。
武器を取って反抗しようとしたオーガたちが、その魂にのしかかる概念的な圧力に抗えず、膝から崩れ落ちるようにして、地面にズラリと綺麗に『正座』させられた。
「な、なんだこの力は……!?」
「ご着席ありがとうございます。それではこれより、あなた方、不良社員に向けた『組織図と指揮系統の再確認』、および『上司に対する適切な言葉遣い』に関する、特別な新人研修を実施致します」
私は冷ややかな目で見下ろしながら、左耳のヘッドセットに手を当てた。




