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本件、責任者の『麗野まお』が承ります。~転生先は魔王城。理不尽なクレーマー魔族は、元SVの私が「接客」で蹂躙致します~  作者: 彩月鳴


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Call.5「『死んでいるから休まなくていい』は、ただの根性論です」

先日、ロケットと化した人間の冒険者が天井を突き破っていったせいで、魔王城の地下最下層にある私のデスク周りは、すこぶる風通しが良くなってしまった。

スースーと吹き込む魔界の冷たい隙間風に、私はゴシックドレスの肩をすくめる。


「……はぁ。早急に修繕の手配をかけないと、冷えで胃が痛くなりそうです」


魔法で温かいお茶……もとい、胃に優しい『ただの白湯』を淹れて暖を取っていると、パーテーションの向こうから、カラ……カラカラ……という、ひどく乾いた音が近づいてきた。



ギィ……。


「う、裏の魔王様……。本日のお客様、お連れしましたぁ……」


入り浸るのがすっかり日課になった見習いサキュバスのティティナが、おずおずと顔を出す。

彼女の背後に立っていたのは、ボロボロの剣を杖代わりにしている下級の骸骨兵(スケルトン)だった。


だが、その姿は異様だった。

ただでさえ細い骨はすり減って表面が粉を吹き、歩くたびにサラサラと骨粉が床に落ちている。

肋骨は数本ひび割れ、ぽっかりと空いた眼窩(がんか)の奥で揺れる魔力の炎は、今にも消え入りそうなほど弱々しかった。

――完全に『骨粗鬆症』の末期症状である。




「いらっしゃいませ。魔王城お客様相談室、責任者の麗野まおが承ります。……ひどいお怪我ですね。激戦区からのご帰還ですか?」


私がパイプ椅子を勧めると、スケルトンはガタガタと骨を鳴らして座り、かすれた声で訴えた。


「い、いえ……経理と兵站(へいたん)の業務です……。直属の上司であるネクロマンサー様から、『お前らは死んでるんだから睡眠も休憩も不要だろ』と言われまして……。ここ半年間、1秒たりとも休まず、24時間体制で帳簿づけと荷運びをやらされているんです……」


「半年間、24時間労働……なるほど。完全な『36(サブロク)協定違反』および『安全配慮義務違反』ですね」


「さ、さぶ……?あぁ、いえ……。少しだけ休ませてほしいと泣きついても、『生者のルールを持ち込むな!』と鞭で打たれるばかりで……。もう、骨の髄まで疲れ果てているんです……っ」


スケルトンが涙を拭う(出ないけど)たびに、カラカラと悲鳴のような音が鳴る。

私は少しだけ眉をひそめ、手元のバインダーを開かずに止まった。




――人事・労務問題。


前世で総合家電メーカーのお客様相談室でSVとして働いていた私にとって、それは完全に「管轄外」の案件だった。

製品の不具合やマニュアルの不備ならいくらでも叩けるが、社内の労働環境を正すのは人事部の仕事である。



「……誠に申し訳ございません。当窓口は本来、製品サポートを主としておりまして、人事トラブルにつきましては――」


マニュアル通りの断りのテンプレ文句を口にしかけた瞬間。

ふと、私の脳裏に『前世の記憶』が鮮明にフラッシュバックした。




――週末の夜、繁華街の大衆居酒屋。充満する焼き鳥の煙と、ビールの匂い。

人事部で働く同期の友人が、ジョッキを片手に延々と労基違反の部署の愚痴をこぼしていた、あの夜……。


『いい?まお。人事から言わせてもらえばね、社員だって会社から見れば一番身近な『内部顧客(お客様)』なのよ!社員というお客様のSOSを無視する会社が、外のお客様にまともなサポートなんてできるわけないんだから!』


枝豆をふっ飛ばしながら熱弁していた彼女の真剣な顔が、目の前で救いを求めるボロボロのスケルトンの姿と重なった。




「……なるほど。社員もまた『お客様』、ですか」


私は小さく呟き、閉じていたバインダーを開き直した。

そして、ドレスのシワを優雅に払い、極上の営業スマイルと共に漆黒のヘッドセットを装着する。


「……承知致しました。本件、当窓口にて『お客様からのご相談』として受理させていただきます。少々、その上司の方と『働き方改革』についてお打ち合わせをしてまいります」


その力強いSVの宣言に、ティティナとスケルトンの表情ないけどが、パッと明るくなった。






――経理・兵站部の執務室。


一礼をして部屋の内側に歩を進めると、内部はうず高く積まれた書類の山と、むせ返るようなインクの匂いで満ちていた。

その最奥に鎮座する無駄に豪華なデスク。そこで優雅に赤ワインのグラスを傾けている青白い顔の男――どう見ても彼が現場責任者のネクロマンサーだ。

彼の周囲では、何十体ものスケルトンが高速で書類の山を処理し、重い木箱を延々と運び続けている。



「失礼致します。魔王城お客様相談室の、麗野まおと申します」


「あぁ?なんだ貴様は。私は今忙しいのだ、即座にこの部屋から出ていけ!」


言うが早いか、ネクロマンサーは苛立たしげに立ち上がり、私に向けて黒い魔力の弾を放った。

私は一歩も動かず、飛んできたその弾を片手でパフッと受け止め、静かに握りつぶした。


「……え?」


「他のお客様のご迷惑となりますので、室内での発砲はお控えください」



続けて、スキル『コンプライアンス・オーダー』を発動する。


強制的に『マナー』を遵守させる概念スキル。

抗いがたい「対話のプレッシャー」に当てられ、彼は引きつった顔で舌打ちしながらも、ドカッと椅子に座り直した。


「……ちっ。用件を手短に言え」




「ご着席ありがとうございます。本日は、貴部署に所属するスケルトン兵の『連続稼働による損耗』について、事実確認に参りました。彼らに適切な休憩を付与するよう、早急な業務改善をお願いしたく存じます」


私が単刀直入に切り出すと、ネクロマンサーは鼻で笑った。


「休憩だと?馬鹿め!こいつらは私が魔法で動かしている『死体』だぞ?疲労も感じないし、死ぬこともない。だから24時間稼働させている。生者のルールなど、ヤツらには適用されんのだ!」


見事なまでのブラック上司のテンプレ(?)回答である。

私は一切の表情を崩さず、手元のバインダーの羊皮紙をペラリと一枚めくった。



「……なるほど。『疲労を感じない』から『休ませなくていい』と。……それは極めて非科学的な精神論、いえ、ただの無責任な根性論ですね」


「なんだと?」


「失礼ながら貴方様は、『痛覚がないこと』と『物質の耐久限界』を完全に混同しておられます。いかに魔法で動かしていようと、物理的に稼働し続ければ、骨格の摩耗や関節の劣化は必ず生じます。強固な機械でさえ、定期的な稼働停止(メンテナンス)が必要不可欠なのです」


「ふん、機械と一緒にするな!私は常にこいつらに己の魔力を分け与えている!私の魔力がある限り、こいつらは無限に動けるのだ!」



「……左様でございますか」


私は冷ややかな目で、書類に埋もれるスケルトンたちを一瞥した。


「お言葉を返すようですが、魔力はあくまで『燃料』であり、『保守』ではありません。油の切れた歯車に、無理やりフルパワーで電気を流し続ければどうなるか。……現に彼らの骨は粉を吹き、いつ砕けてもおかしくない状態です。劣化した器に魔力を注ぎ続けるのは、著しくエネルギー効率の悪い『無能な采配』と言わざるを得ませんが?」



「む、無能だと……っ!えぇい、現場を知らないヴァンパイア風情が何を偉そうに!!仮に骨が砕けたところで何の問題がある!墓地に行けば死体などいくらでも転がっている!壊れたら新しいヤツを補充すればいいだけの話だ!こいつらは『使い捨ての道具』なのだからな!」


ネクロマンサーはバンッと机を叩いて立ち上がった。

私は小さくため息をつき、今日一番の冷たい声を作った。


「……使い捨て、ですか。人事の採用コストおよび、教育コストを完全に無視した、素晴らしい暴論ですね」


「なっ……教育コストだと?」


「はい。彼らが担当しているのは、ただの単純作業ではありません。複雑な経理の帳簿づけと、兵站の膨大な在庫管理です。新しい死体を連れてきたところで、その煩雑な業務フローを一から教え込むのにどれだけの手間と時間がかかるか、計算したことはおありですか?」


「…………っ」


「業務に習熟した『経験者』を、たかだか休憩をケチった程度で使い潰して破棄する。……それは管理者としての怠慢を通り越し、魔王軍の貴重な資産を意図的に破壊する『器物損壊』および『背任行為』に該当します」



「き、貴様ぁ……!屁理屈ばかり並べおって!今は人間たちと戦争中なのだぞ!兵站と経理が24時間稼働しなければ、前線が崩壊するのだ!仕方ないだろうが!」


顔を真っ赤にして喚き散らすネクロマンサー。

ついに「繁忙期だから仕方ない」という、無能な管理職が最後に切る常套句を出してきたか。



私はバインダーをパタンと閉じ、彼にトドメを刺すべく、一歩前に出た。


「……なるほど。現場の連続稼働が止まれば、前線が崩壊する。つまり、たった一つの工程が止まるだけで全体が破綻するような『脆弱な業務フロー』を、あなたが構築したということですね?」


「なっ……!?」


「人員のバッファ(予備)も持たず、シフト制も導入せず、ただ末端の極端な過労に依存することでしか成立しないスケジュール。……それは現場の責任ではなく、100%、管理者であるあなたの『設計ミス』です。己のマネジメント不足を、部下の根性に責任転嫁しないでいただけますか?」


「あ……あぁ……っ……!」


ネクロマンサーはついに返す言葉を失い、ふらふらと椅子に崩れ落ちた。

魔法による反撃は『コンプライアンス・オーダー』によって封じられ、論理的な逃げ道もすべて塞がれたのだ。

私はすかさずバインダーから一枚の同意書を取り出し、彼のデスクにスッと差し出した。



「今すぐ彼らに『定期メンテナンス期間(有給休暇)』を付与し、シフト制を導入してください。……もし拒否されるというのであれば――」


私は極上の笑顔のまま、一切の感情を込めずに告げる。


「あなたが意図的に軍の資産を破壊し、損害を与え続けているという事実の報告書と、スケルトン500体分の『新規採用・教育費用の賠償請求書』を、上層部へエスカレーション(上位報告)させていただきます。……さて、いかがなさいますか?」


「ひっ……!」


上層部への報告と、莫大な賠償請求。

言い逃れのできない事実を突きつけられたネクロマンサーは、完全に顔面を蒼白にさせた。


ギリギリと歯ぎしりをしながら、彼は己の身を(物理的にも階級的にも)守るため、震える手で自ら羽根ペンを握り……憎々しげに、だが確かに、業務改善の同意書にサインを書き殴った。



「……ご署名、確かに承りました」


私は素早く同意書を回収し、優雅に一礼する。


「では、彼らにはこれより順次、規定の『メンテナンス休暇』を取得していただきます。……あぁ、シフトが安定するまでの間、滞った業務につきましては、すべて管理者である『あなたお一人』でカバーしてくださいね。彼らと同じように、24時間休まずに、です」


「なっ……!?冗談ではない!この膨大な量の書類と荷運びを、私ひとりで――」


「本日は、麗野まおが担当致しました。またのご利用を、心よりお待ち申し上げております」


私は彼の悲鳴を華麗にスルーし、執務室を後にした。

背後からは、念願の休暇獲得にカチャカチャと歓喜のステップを踏むスケルトンたちの骨の音と、書類の山に埋もれて白目を剥くネクロマンサーの絶望の叫びが、いつまでも心地よく響いていた。

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