Call.18「人材を使い潰そうとする組織は、自重で崩壊するのが自然の摂理です」
――下請け工房の応接室。
青年がノックをし、私と一緒に扉を開けて中に入ると、そこにはふんぞり返って葉巻を吹かす豪奢な服の男と、その顔色をペコペコと窺う初老の男がいた。
どちらが元請けで、どちらが工房長かは一目瞭然だった。
「おい『ノア』!今までどこをほっつき歩いていたんだ!商会の方をお待たせして……って、そっちの女は誰だ!」
工房長が私を指差して怒鳴り声を上げる。
私は極上の営業スマイルを浮かべ、彼らに向かって優雅に一礼した。
「……突然の訪問、失礼致します。私は冒険者ギルドにて、ノア様より『企業間取引の契約トラブル』に関するクエストを受理、および受注をしてまいりました、麗野まおと申します。本日は彼の代理人として、見積もりの『要件定義』のすり合わせに参りました」
「代理人だと?ギルドの人間が商談に口を出すな!」
商会の男が不快げに声を上げた。
隣に立つ工房長も、慌てて私を追い出そうと手を伸ばしてくる。
「お、おい!ノア!この女を今すぐつまみ出せ!商会の方のご機嫌を損ねたらどうするんだ!」
「――お話の途中、大変失礼致します」
私は工房長の言葉を冷徹な笑みで遮り、手元のバインダーを開いた。
「恐れ入りますが、本題に入る前にいくつか、事実確認をさせていただきます。……商会様は今回、領主様からの『結界の改修』というご依頼を、下請けである当工房へ発注されている。しかし、具体的な結界の強度や範囲といった『要件定義』を一切行わず、事前調査の費用も出さない。……ここまではよろしいでしょうか?」
「あぁ?当たり前だ!我々は忙しいんだ。細かい計算など、現場の人間が勝手にやって、さっさと見積もりを出せばいいだろうが!」
「なるほど。では、さらに確認ですが。……『不十分な情報のもとで推測で出した見積もり』に対し、実際の作業工程で不測の事態が起き、追加費用が発生した場合。その赤字の補填は『すべて下請けである工房側が被るべきである』。……そのようにご主張されているという認識で、お間違いないでしょうか?」
「当然だ!見積もりを見誤った下請けの責任だろうが!プロなら予算内に収めるのが筋だ!」
偉そうにふんぞり返る商会の男。そして、それにペコペコと頷く無能な工房長。
私は、心の底からの軽蔑を笑顔の裏に隠し、静かに告げた。
「……左様でございますか。要件定義という『発注者の義務』を完全に放棄し、情報も予算も与えないまま推測での見積もりを強要。さらには生じた損害の責任だけをすべて下請けに押し付ける。……それはビジネスの取引ではなく、ただの『優越的地位の濫用』、平たく言えば『恐喝』と呼びますが、いかがお考えでしょうか?」
「なっ……!き、貴様、商会に向かってなんという口を……!」
「それともう一点。……少々お伺いしたいのですが、元請けである商会様が、本件において『中間マージン』……手数料を抜く正当な理由は何でしょうか?」
「はぁ!?我々が領主様から仕事を取ってきてやっているからだろうが!」
「恐れ入りますが、それは誤認でございます」
私はバインダーを指先でトントンと叩き、有無も言わさぬド正論を突きつけた。
「仲介業者が利益を得る最大の根拠は、クライアントの『デカくて強い結界』という曖昧な要望を、専門的かつ具体的な『仕様』に翻訳し、下請けが作業できる状態に整えること。そして、プロジェクトにおける『予算とスケジュールのリスクを担保すること』という付加価値にあります」
「……っ!」
「しかし貴方は、翻訳も仕様化もせず、依頼をただ右から左へと現場に丸投げした。さらに予算の責任や赤字のリスクすらもすべて下請けに押し付けている。……確認ですが、一切の付加価値を生み出さず、リスクも背負わず、ただ間に入って手数料だけを貪る存在を、ビジネス用語で何と呼ぶかご存知ですか?」
「な、なんだと言うのだ……!」
「『トンネル会社』、あるいは『存在価値のない単なる寄生虫』と呼ぶのです」
一切の感情を排した、絶対零度の声が応接室に響いた。
「貴方のように現場の血肉を啜るだけの存在は、サプライチェーンにおいて最も不要なバグです。現場を見ず、仕様も組めない素人が間に立つなど、百害あって一利なしかと存じますが?」
私の言葉に、商会の男は顔を真っ赤にして立ち上がった。
「し、素人だと!?ふざけるな!ただの結界の見積もりだろうが!魔力量と術式の数を計算するだけだ!私がその気になれば、こんなもの、現場など見ずとも1時間もあればすぐにできるわ!」
出た。
現場を知らない人間が、自分の無知を棚に上げて吐く、最も愚かで傲慢なセリフ。
私は、待っていましたとばかりにバインダーをパタンと閉じ、今日一番の冷たい視線を彼に真っ直ぐに向けた。
「……なるほど。貴方であれば『1時間ですぐにできる』のですね」
「あ、あぁ!そうだ!」
「それは素晴らしい。では、本件の要件定義およびお見積もりの作成は、すべて『商会様ご自身』でやっていただきましょうか」
「……は?」
ポカンと口を開ける商会の男に、私は容赦なく言葉の刃を突き立てる。
「ご自身で『すぐにできる』と明言されましたよね?それは即ち、貴方が結界構築に関する高度な専門知識と、見積もりを算出する能力を有しているという何よりの証拠です。能力があるにも関わらず、意図的に仕様書を作成せず、丸投げした上で下請けにリスクだけを背負わせようとした。……これは明確な『悪意ある契約違反』です。すぐにできるのであれば、今ここでお出しください。どうぞ?」
「ぐっ……!?そ、それは……っ!」
「それとも何ですか?『本当は自分には知識など欠片もないが、下請けを脅して安い金額を提示させるために、知ったかぶりをして嘘をついた』とでも仰るおつもりですか?」
「あ……う……っ!」
完全に退路を断たれた二者択一。
商会の男は、もはやパクパクと口を動かすことしかできなくなった。
私は彼から視線を外し、今度は隣で青ざめている工房長へと向き直った。
「……そもそも、一つ疑問だったのですが」
私はノアを手のひらで示しながら尋ねた。
「これほどの大規模な都市防衛結界の改修。なぜ、彼一人にすべてを押し付けているのですか?他のベテランの術士も活用して、チームで解析と見積もりを行えば、彼が徹夜で命を削る必要もないはずですが」
「そ、それは……」
工房長が、脂汗を拭いながらボソボソと答えた。
「で、できないんだ……。この都市の結界は『古代結界』だ。何百年も前に作られてから、歴代の領主どもが自分勝手な無茶な要望を出すたびに、ツギハギだらけの改修を繰り返してきた……」
「ツギハギ、ですか」
「あぁ。もう内部の術式はグチャグチャに絡み合って、一つの術式をいじれば、どこで暴発するかも分からない。そんな複雑怪奇な状態の結界を、安全に解読して、崩壊させずに書き換えができるのは……うちの工房でも、いや、この都市でも、その『ノア』だけなんだ……」
……なるほど。
前世のIT業界でもよく見た、最悪の『技術的負債』。
そしてそれをたった一人で支え続ける、極限の『属人化』である。
私は、背後でオドオドとしているノアを振り返った。
何百年も続く古代の知恵の輪を、たった一人で解き明かし、都市の防衛を維持している。
……なんという、オーバースペックな才能なのだろうか。
私は、彼らへの『トドメの刺し方』を完全に決定した。
「……工房長。そして商会様」
私は静かに息を吸い込み、ビジネスマンとしての最大の敬意と、目前の愚か者たちへの最大限の嘲笑を込めて宣言した。
「貴方たちは、決定的な『価値の誤認』を犯しています。『単一障害点』――即ち、代えのきかない絶対的な人材である彼を、ただの安い労働力として扱い、あろうことか使い潰そうとした。……一責任者として、これほど優秀な人材が、このような劣悪な環境で腐っていくのを看過することはできません」
私はノアに向き直り、慈愛に満ちた笑顔を向けた。
「ノア様。貴方のその才能、当窓口……いえ、『弊社』で存分に振るってみませんか?年収は現在の10倍、完全週休二日制、有給消化率100%、そして何より、貴方の技術を正当に評価する完璧な評価制度をお約束致します」
「えっ……!?じゅ、10倍!?週休二日!?」
突然の好待遇での『ヘッドハンティング』に、ノアは目を丸くして腰を抜かし、ブンブンと首を縦に振った。
「な、なにを勝手なことを!ノアはうちの技師だぞ!」
「そうだ!そいつがいなくなったら、領主様からの結界の依頼はどうなるんだ!」
慌てふためく工房長と商会の男。
私は彼らに向かって、氷のように冷たく、そして残酷な事実を提示した。
「どうなるも何も、貴方たちの『破滅』が確定するだけです」
「……は?」
「お忘れですか?商会様はすでに、領主様から『結界の改修』という依頼を受注されています。しかし、現場で唯一その古代結界に触れられるノア様は、本日をもって弊社へと転職致しました。……さて、残された貴方がたは、誰にその作業をやらせるのですか?まさか、先ほど『1時間ですぐにできる』と豪語された商会様ご自身が、現場に立たれるおつもりでしょうか?」
「あ……」
商会の男の手から、葉巻がポロリと床に落ちた。
「代わりの技師など、この都市には存在しません。つまり、貴方がたは絶対に実現不可能な契約を領主様と結んだことになります。……領主様への『債務不履行』。莫大な違約金、商会の取り潰し、最悪の場合は……首が飛ぶかもしれませんね」
「ひっ……!?」
「工房長、貴方も同じですよ。彼という唯一のアセットを失い、商会からの違約金を被り、工房は倒産。……すべては、現場の声を聞かず、たった一人の優秀な部下を守らなかった、貴方自身の無能さが招いた結果です」
「そそ、そんな……ノア!待ってくれ!給料は上げる!だから辞めないでくれぇっ!!」
「頼む!お前がいなきゃ私は領主様になんと報告すれば!!」
床に這いつくばり、ノアにすがりつこうとする二人。
しかし、私は彼らとノアの間にスッと入り込み、見えない『結界』を張ってその汚い手を弾き飛ばした。
「お見苦しいですよ、お二方。自ら手放した優秀なアセットが、都合よく戻ってくるなどとという甘い考えは、今すぐお捨てください」
私はバインダーを胸に抱き、絶望の底に沈む彼らを見下ろして、優雅に一礼した。
「――ご納得いただけたようで何よりでございます。本日は、麗野まおが担当致しました。……貴方がたの会社の『最後の日々』が、少しでも実りあるものになりますよう、心よりお祈り申し上げております」
こうして、理不尽な多重下請け構造と、天才を飼い殺しにしていたブラックな労働環境は、彼ら自身の傲慢さという名の自爆スイッチによって、見事に崩壊を迎えたのだった。
――帰り道。
「あの……ところで僕の新しい職場はどこにあるんでしょうか?」
「あぁ。伝えるのを失念していましたね。大変失礼致しました」
私は極上の笑顔と共に、被っていたローブのフードを優雅に脱いだ。
「――魔王城です。…………当窓口の、直属の技術スタッフとして採用させていただきますね」




