Call.17「曖昧な依頼で安価な見積もりを強要するのは、『商取引』ではなくただの『恐喝』です」
――人間界・とある街にある冒険者ギルドの受付カウンター。
本来ならば、屈強な戦士たちが魔物討伐の依頼を受けるためのその神聖な場所で。
私は極上の営業スマイルを浮かべ、一人の青年に向かって深く頭を下げていた。
「……事情は完全に理解致しました。BtoB――即ち『企業間取引』における仕様不備、および多重下請けの契約トラブルですね。……そのクエスト、当窓口にて責任者の麗野まおが正式に受理致しましょう」
――事の発端は、数時間前に遡る。
魔王城の地下最下層での平穏な昼下がり。
「え?人間界ですか?行きますよぅ。昨日もお塩とお砂糖が安かったので、買い出しに行ってきました」
お茶を淹れながら、ティティナが隣町へ行くようなテンションで言い放った。
「……え、そんなに簡単に行けるんですか?勇者の侵攻ルートを逆走するような、命がけの旅ではなく?」
「はいぃ。裏の魔王様も、お耳を隠して少し変装すれば、普通に人間の街を歩けると思いますぅ。あそこの市場、魔界より品揃えがいいんですよぅ」
魔族のくせに、やけに生活感に溢れた理由である。
「そんなに気軽に行き来ができて、普通に経済活動ができるのに、なんで戦争なんかしているんでしょう……」
「さぁ……。独り占めしたいんじゃないですか?」
「どこの世界も、他人同士が手を取り合うのは簡単ではないのですね……。無駄に血を流すより、関税をかけて貿易協定を結んだ方がよほど利益が出るというのに」
とはいえ、今はそんなマクロな政治批判より、気軽に人間界に行けるという事実の方が重要だ。
幸い、私の普段の容姿は魔族特有の角や羽がない、ほぼ人間のそれである。
最近の魔王軍の労働環境改善も一段落し、ふと「人間の世界のサービスレベルや市場調査」に興味が湧いた私は、フード付きのローブを深く被り、軽い視察(という名の息抜き)に出かけることにしたのだった。
――そして現在。
活気に溢れる人間の街を優雅に散策し、市場の物価をチェックし、カフェの接客態度を心の中で採点しながら歩いていると……冒険者ギルドの建物から、悲痛な叫び声が聞こえてきたのだ。
気になって中を覗くと、ボロボロのローブを着た青年が、受付嬢に必死にすがりついているところだった。
目の下に色濃く浮かんだクマ、青白い肌、そして虚ろな瞳。
前世のコールセンターで幾度となく見てきた、デスマーチに追い込まれた人間の顔だ。
「お願いです!誰か、元請けの『商会』に乗り込んで、都市防衛結界の『仕様』を確定させてきてほしいんです!」
青年は半泣きだった。
「依頼の内容がフワッとしすぎていて、詳細が全く分からないんです!なのに元請けは『調査費用は出せない。とりあえず以前と同じ安い額で見積もりを出せ』と脅してきて……!うちの工房長も、元請けの言いなりで、僕に徹夜してでもやれって……!」
対する受付嬢は、完全に困り果てていた。
「ええっと……お客様。当ギルドはモンスター討伐や素材の採取、護衛などがメインでして……その、『商談の代行』や『仕様の確認』といったクエストはちょっと、管轄外と言いますか……」
『要件定義の丸投げ』。
『下請けへの不当な圧力』。
『社員を守らない上司』。
――私の脳内で、ブチッと何かが切れる音がした。
前世の記憶から数えても、私の最も忌み嫌う『ブラック企業の地獄のコンボ』が、今まさに目の前で展開されている。
気がつけば、私は無意識のうちにギルドの中へ足を踏み入れ、受付カウンターへ真っ直ぐに歩み寄っていた。
そして、困惑する受付嬢の肩を優しくポンと叩き、極上の笑顔で彼女を裏へと下がらせる。
「え?あ、あの……?」
「お疲れ様です。ここからのクレーム……いえ、ご相談は私が代わりますので、少し休憩に入られてくださいね」
圧倒的な『現場責任者』のオーラに呑まれたのか。
受付嬢が呆然と頷いて奥へ消えるのを見送り、私はカウンターの内側にスッと立った。
そして、目の前で涙ぐむ青年に向かって、極上の営業スマイルを向ける。
「お待たせ致しました。本件、ここからは私が担当致します」
「あ、あなたは……?」
突然のシフト交代(?)に目を白黒させる青年に、私はカウンターの下で魔法により構築したバインダーを取り出しながら微笑みかけた。
「通りすがりの、しがないカスタマーサポートです。……さぁ、お客様。詳しいお話をお聞かせ願えますか?」
青年の話を整理すると、こうだ。
彼は都市の防衛結界を保守する下請け工房の優秀な結界技師らしい。
彼らの工房……つまり下請けに、元請けである巨大商会から、さらにその上のクライアント……領主が発注した結界のアップデート依頼が降りてきた。
しかし、その内容は「とにかくデカくて強い結界にして」という、小学生の作文以下の曖昧なもの。
見積もりを出せと言われるも、当然ながらそれだけの情報で、緻密な計算と術式構築が必要な結界の『要件定義』を行い、正確な見積もりなど出せるわけもない。
詳細な事前調査をさせてほしいと訴えるも、元請けは「調査費用は出せない」の一点張り。
青年が「では、以前の依頼と同程度の規模だと仮定した見積もりなら出せる」と提案したものの、「それだと、もし実際の費用が膨れ上がった時に、我々の利益が減るではないか」と撥ね除けられたのだ。
「でしたら、不測の事態に備えて、最初から少し高めに見積もりを出しておけば問題ないのでは?」
青年が必死食い下がったところ、返ってきた元請けの答えは、ビジネスの常識を覆す最悪なものだった。
「それでは高すぎて、今後の発注がなくなってしまう恐れがある。弱気なことを言うな。これまでの経験で、お前たちなら完璧な見積もりができるはずだ。それでも見誤って費用が膨れ上がったときは、それはお前たちの責任だ。お前たちの工房が利益を削ればいいだろう」
……と、一蹴されたという。
あまつさえ、彼の上司である工房長までもが「商会のご機嫌を損ねるな!文句を言わずにやれ!」と、青年に全責任を丸投げしている状態らしい。
私はペンを止め、深く、静かに息を吐き出した。
(……どこの世界にも、中抜きしか能のない寄生虫と、部下を守れない無能な管理職は存在するのですね)
「……ご事情は完全に理解致しました」
私はバインダーをパタンと閉じ、青年に向かって、一際美しく、そして冷ややかな凄みを帯びた笑顔を向けた。
「BtoB――『企業間取引』における仕様不備、および多重下請けの契約トラブルですね。……そのクエスト、当窓口(個人)にて責任者の麗野まおが、正式に受理致しましょう」
「ほ、本当ですか!!?」
青年が、女神様でも拝むように私に向かって両手を組んだ。
「えぇ。それではお客様。早速ではございますが、今から私と一緒に、その元請けの商会と、貴方の上司がいらっしゃる会議室へ向かいましょう」
私はバインダーを小脇に抱え、カウンターから優雅に歩み出た。
「……彼らの致命的な『ビジネスの瑕疵』を、根本から修正して差し上げます」




