Call.14「現場のクレームは、製造元を動かし莫大な利益を生む『宝の山』でございます」
――突然、私の話を遮ったルクリア。
彼女の気怠げだった態度は完全に消え去り、その瞳には、獲物を見つけた獣のような、鋭く冷徹な『一流の商人』の光が宿っていた。
「……ねぇ、お姉さん。アンタ、自分の持ってるそのデータの『本当の価値』、わかってんの?」
「……と、仰いますと?」
「なんの利益も生まずに渡すなんてもったいないこと、絶対させないから。……ここからは、アタシのターンだし!」
ルクリアは派手にデコレーションされたネイルの指先を工房長にビシッと突きつけ、ニヤリと悪魔のように(悪魔だけど)笑った。
「おい、そこのおっさん。この最高に使える『データ』、今後もタダで開発局に提供してあげてもいい。これで不良品が減れば、アンタらも無駄な再生産のコストが浮くっしょ?」
「ほ、本当か!? あぁ、助かる! このデータさえあれば――」
「――その代わり」
ルクリアの目が、スッと細められた。
「ウチの商会が、このデータで改善された【新型テスト品】の先行販売権と、【品質マシマシな特別ロット】の独占販売権をいただく。……お互いウィンウィンだし、これくらいトーゼン飲んでくれるっしょ?」
「なっ……!ど、独占販売だと!?」
「イヤなら別にいーよ?一生現場の脳筋どもにナマクラ作って、怒鳴られてれば?……選ぶのはアンタ。どっちにする、工房長?」
商人のエグい交渉術。
工房長は数秒だけ悔しそうに歯噛みしたが、すぐに深くため息をつき、「……わかった。その条件を飲もう」と首を縦に振った。
「よっしゃ、決まり!」
ルクリアはパチンッと指を鳴らすと、今度は私の方を振り返った。
「で。お姉さん……裏の魔王、だっけ?」
「あ、いえ、麗野まおです。……それで、いかがなさいましたか、ルクリア様」
「アンタのそのデータ収集能力と、原因を分析する知識。……マジでヤバいわ。……ね、ウチの商会と、正式に『業務提携』結ばない?」
彼女は私の目の前に、スッと右手を差し出した。
「アンタは毎月、現場のクレームデータを分析してウチに提供する。その情報提供料として、ウチの商会の利益の数パーを、そっちの相談室に毎月振り込んだげる。……ウチは高品質な商品を独占できて大儲け。アンタは楽して報酬ゲット。どう?悪くない話じゃない?」
私は、目の前に差し出されたその手を見つめた。
……なるほど。
魔王城に勝手に居着いている非公式の当窓口にとって、これ以上なく強固で、確実な収入源……『マネタイズ』のご提案だ。
――だが。
「……申し訳ございません。その条件では、お受け致しかねます」
「はぁ?」
ルクリアの綺麗に整えられた眉が、ピクリと動く。
「当窓口が保有するのは、魔王軍の兵士たちから寄せられたクレームログです。個別の使用状況や戦場の詳細は、軍の『最高機密情報』にも該当します。それを特定の商会へ直接売却するような真似は、流石に当相談室のコンプライアンス上、重大な問題がございます」
「……はぁー、なるほど。そういうお堅いタイプなんだ、お姉さん」
ルクリアは差し出した手を引っ込めて腕を組み、つまらなそうに数秒だけ黙り込んだ。
そして次の瞬間。
彼女は悪びれる様子もなく、ニヤリと口角を上げた。
「――じゃあ、こうしよっか」
彼女は再び、派手なネイルの指を立てる。
「アンタが提供するのは『個別のデータ』じゃなくて、『統計化されたデータ』だけ。兵士の名前も部隊も戦場も全部カット。用途外使用が何%とか、メンテ不足が何%とか、そういう傾向データだけに加工するの」
――データの匿名化。
私は無言で、彼女に続きを促した。
「そのデータは、ウチから開発局に共有してあげる。開発局は品質改善できてハッピー。ウチはその改善された装備のテスト販売パートナーになる」
……なるほど。たった数秒で、コンプライアンスの壁を越えるスキームに修正してくるとは。
「つまりこれは、軍事機密の売買ではなく――三者間での『品質改善プロジェクト』。という認識でお間違いないでしょうか?」
「そそ!アンタは『顧客データの分析担当』。ウチの商会は『販売と市場データの担当』。開発局のおっさんは『製造担当』」
彼女は極上の笑顔で、再び私の目の前にスッと右手を差し出す。
「そのプロジェクトの正当な『分析費』として、ウチの商会が毎月、情報利用料をそっちに支払う。……これなら問題ないっしょ?」
私はほんの一瞬だけ思考を巡らせ――今日一番の、極上の営業スマイルを浮かべた。
「……素晴らしいリスク管理ですね、ルクリア様」
そして、差し出されたその派手な右手をしっかりと握り返した。
「その条件であれば、当窓口としても喜んでお受け致します」
「ふふっ、よろしく頼んだかんね?裏の魔王様!」
ルクリアは満足げにニヤリと笑い、私の手を力強くギュッと握り返した。
「……お姉さんと一緒なら、ガチで世界取れると思うんだよね!」
魔王城最下層の片隅にある、非公式の「お客様相談室」。
そこの責任者である私は、こうして魔王軍の開発局を動かす『強力な横の繋がり』と、公認商会という太いスポンサーからの『莫大な活動資金』を、同時に手に入れたのである。
「……ふぅ。予期せぬご提案でしたが……。これでようやく、ティティナさんに毎日美味しいおやつを買ってあげられますね」
帰り道。大儲けを確信してホクホク顔で歩くルクリアの横で、私は密かに、しかし確かな満足感と共に口角を上げた。
魔王城の労働環境は、今日も少しずつ、しかし確実に向上していく。
クレームという名の『宝の山』を、正しく採掘し、研磨する者たちの手によって。




