Call.13「クレーム対応の基本は、まず製造の『現場』を知ることです」
魔王城の地下最下層、『お客様相談室』。
本日は珍しく、ひどく派手で騒々しい来客があった。
「――ってわけ!ガチで最近の軍の公式卸売、終わってない!?仕入れた商品店に並べたら、ウチにクレーム来すぎてもはや無理!ガチで詰んでるんですけどっ!!」
ドカッとパイプ椅子に深く腰掛け、派手にデコレーションされた長い爪をカチカチと鳴らしながら愚痴をこぼすのは、魔王軍公認商会の代表を務める商人だ。
着崩した露出の多い服と、独特の抑揚を持つ口調。
完全に、前世で言うところの『ギャル』と呼ばれる人種のそれである。
ティティナと同じ『サキュバス』という種族でありながら、純真無垢な彼女とは完全な対極に位置するような、派手な女性だった。(もっとも、本来サキュバスとはこういうものなのだろうが)
「……なるほど。魔王軍開発局から仕入れた、軍でも支給されている『公式品』の品質が低下しており、販売店である貴方様の商会に、顧客からのクレームが殺到して業務に支障が出ていると」
「そー!そーなのよお姉さん、マジ話わかるじゃん!剣は秒で折れるし、ポーションとかガチで泥水系テイストだし!ウチはただ仕入れて売ってるだけなのに、『不良品つかませやがって!』とか客にキレられるの、マジ理不尽すぎて薬草も生えないんだけど!?」
彼女がバンッ!とテーブルを叩く。
その音に、隣で聞いていたティティナの肩がビクッと跳ねた。
「ひっ!お、落ち着いてくださいぃ。『ルクリア』さんん」
私は彼女に同情しつつ、手元のバインダーにペンを走らせた。
「お察し致します。販売店が製造元の品質不良のクレームを最前線で被り続ける。……流通の末端が最も疲弊し、顧客満足度が著しく低下する、典型的なサプライチェーンの欠陥ですね」
「さぷらい……?まぁいいや。てかお姉さん、ここの責任者なんでしょ?開発局の連中に『もっとマシなモン作れし』ってガツンと言ってやってよ!」
「えぇ、承知致しました。しかし、ただ『品質が悪い』とクレームを入れるだけでは、根本的な解決には至りません」
私はペンを置き、立ち上がった。
そして、戸惑いながら私を見上げるルクリアに向かって、極上の営業スマイルを向ける。
「百聞は一見に如かず。お客様、ただいまより私と共に『開発局』へご同行願えますか?クレーム対応の基本は、まず製造の『現場』を知ることですから」
――魔王城、中層エリア『総合開発局』。
熱気と金属を叩く音が鳴り響く、巨大な工房。
私とルクリアが足を踏み入れると、そこには煤にまみれて目を血走らせた職人たちが、絶望的な顔で作業に追われていた。
「あぁ!?お客様相談室だぁ!?悪いが今、絶賛生産中なんだよ!アイテムの相談なら適当な紙に書いて、そこの箱に突っ込んどけ!!」
工房の奥から苛立たしげに怒鳴り声を上げて現れたのは、筋肉質な体に革のエプロンを巻いた、頑固そうなドワーフの工房長だった。
こちらを睨みつけるその目の下には、真っ黒なクマが刻まれている。
「残念ですが、それは致しかねます。本日は公認商会の代表であるルクリア様より、貴局で製造された武具やアイテムの『品質低下』についてご相談を受け、事実確認に参りましたので」
私の事務的な言葉に、ドワーフの工房長はギリッと歯を食いしばり、手にしたハンマーを床に叩きつけた。
「品質低下だと!?ふざけるな、俺たちだって好きでこんなナマクラを打ってるわけじゃねぇ!!」
工房長は血を吐くような声で、ルクリアと私に向かって吠えた。
「上層部から予算をガッツリ削られて、安モンの粗悪な鉄や素材しか仕入れられねぇんだよ!しかも現場の馬鹿どもは、持たせた剣をすぐポキポキ折って返品してきやがる!その尻拭いのための『再生産』に追われて、まともなモンを作る時間も金もねぇんだよ!」
「予算と納期の圧迫による、負のスパイラルですね」
「それだけじゃねぇ!現場の連中に『どう使ったら折れたんだ』って聞いても、『普通に使ってたら折れた!』しか言わねぇんだよ!普通ってなんだ!?硬い岩でも叩いたのか、手入れをサボったのか、それとも重装甲の騎士を無理やり斬ろうとしたのか……ッ!!」
工房長は頭を抱え、ギリギリと歯軋りをした。
「俺たちは職人だ!どこにどう負荷がかかって壊れたのか、『データ』さえあれば、安い素材だって設計の工夫で補強できるんだよ!だが、現場からはただの文句しか上がってこねぇ!原因が分からねぇものを、どうやって改善しろってんだ!!」
それは、あまりにも切実な、モノづくりを担う製造現場の悲痛な叫びだった。
最初は文句を言う気満々だったルクリアも、そのあまりの惨状に言葉を失っている。
「……なるほど。状況はすべて理解致しました」
私はバインダーをパタンと閉じ、工房長を真っ直ぐに見据えた。
「つまり工房長。現場の兵士たちが『いつ、どこで、何を相手に、どのような使い方をして破損させたか』。……その具体的な『使用状況のデータ』さえあれば、限られた予算内であっても、品質の改善は十分に可能である。……そのお言葉に、間違いはございませんね?」
「あぁ!?あぁ、間違いねぇよ!だが、そんな都合のいいデータ、どこにあるってんだ!」
「都合のいいデータなら、ここにございますよ」
私は極上の営業スマイルを浮かべ、自らのこめかみをトントンと指先で叩く。
そして、スキル『アブソリュート・ログ』を起動し、指先を軽く弾いた。
パチンッと小気味良い音が鳴った瞬間。
工房の空中に、青白い光を放つ巨大な『映像』が浮かび上がった。
『オラァっ!人間ども!開けやがれ!!』
映像の中で再生されたのは、魔王軍の最前線――人間の砦の攻略戦のワンシーンだった。
一人のオーク兵士が、支給されたばかりの新品の剣を、あろうことか『分厚い鉄の扉の隙間』に深々と突き立て、テコの原理で無理やりこじ開けようとしている。
ギギギ……パァンッ!!
当然、縦に『斬る』ための刃が、そんな横方向の負荷に耐えられるはずもなく、剣は根元から無惨にへし折れた。
『あーあ、また折れやがった!最近の支給品はマジでナマクラだな!』
『本当にな!不良品ばっかでやってらんねぇよ!』
兵士たちは悪びれもせず折れた剣を放り捨て、文句を言いながら別の武器を取り出している。
映像が消え、工房に重苦しい沈黙が降りた。
「な……っ」
ドワーフの工房長は、血走った目を見開き、ワナワナと震えている。
「あ、あんの馬鹿どもぉぉぉっ!!剣をバール代わりに使いやがったのか!?あんな使い方すりゃ、どんな名剣だってへし折れるに決まってんだろうが!!」
「仰る通りです。……当窓口に蓄積されたログデータを解析した結果、剣の破損原因の実に『40%』が、扉や宝箱をこじ開ける際の『用途外使用』による根元からの破断でした」
私はバインダーを開き、淡々と事実を告げる。
「さらに『30%』は、戦闘後に血液や脂を拭き取らず、鞘に放置したままの『メンテナンス不足による腐食』。……純粋な戦闘での強度不足は、全体のわずか一割未満です」
「な、なんだと……!だが、なんで最近になって急に、そんなクレームが増えやがったんだ!」
「理由は簡単です。以前の潤沢な予算で作られていた剣が、無駄に頑丈過ぎたからです」
「無駄に……頑丈?」
「えぇ。かつての剣は、このような無茶な使い方をしても耐えられるほど、剣としては過剰な耐久性を持たされていました。しかし、予算削減に伴い、貴方様が『本来の仕様』……即ち、『斬ること』に特化した適正な強度へと見直した結果――」
私はバインダーを叩き、冷徹な事実を告げる。
「――現場の兵士たちが続けてきた『悪習』が、ついに物理的な破損として浮き彫りになったのです。彼らは自身の使い方が間違っていることに気づかず、相次ぐ破損を『最近の支給品は品質が落ちた』と誤認してクレームを入れている……これが、今回の炎上のカラクリです」
「……っ!!そ、そういうことか……!!」
「……現場からの『すぐ折れる』という主観的なクレームだけでは、貴方様は一生、無駄に刀身を分厚くするしかありませんでした。しかし、この客観的な『VOC』――本当の顧客の声のデータがあればどうでしょう。……例えば、剣の根元の構造だけを重点的に補強する。あるいは、多少メンテナンスを怠っても大丈夫なように、安価なコーティング剤を塗布する。それだけで、破損率は劇的に低下するはずです」
「あぁ……!あぁ、その通りだ!!原因さえ分かれば、今のカツカツの予算と素材でも、対策の打ちようはいくらでもある!!」
工房長は歓喜に震え、手にしたハンマーを強く握り直した。
「あんた……一体何者だ!?なんでこんな、誰も知らないような『現場の生きたデータ』を持ってるんだ!!」
「私は、魔王城お客様相談室の責任者です。……クレームとは、ただ謝罪して終わらせるものではありません。製品の欠陥と顧客の誤用を正確に切り分け、開発へフィードバックすることで、企業全体の品質を向上させる。それこそが、当窓口の真の存在意義で――」
「――はいストップ、お姉さん」
私が綺麗に締めくくろうとしたその時。
横からスッと、ルクリアが割り込んできた。




