Call.11「融通の利かない門番ゴーレムの思考回路は、『自動音声案内(IVR)』に書き換えて最適化致します」
魔王城の地下最下層、『お客様相談室』。
ゾンビ料理長の一件から数日。
私は料理長が必死に思い出しながら書いたレシピを『アブソリュート・ログ』で解析し、異常な数値がないかを調べていた。
一段落を終え、私がゆっくりとコーヒー(紫色)を啜っていると、慌ただしい足音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。
直後、城の物流を担うゴブリンの配達員が、半泣きで窓口へと駆け込んできたのだ。
「いらっしゃいませ。魔王城お客様相談窓口、責任者の麗野まおが承ります」
「た、助けてくれ!城の正門を警備してる『門番ゴーレム』の機嫌が悪くて、納品業者が次々とぶっ飛ばされてるんだ!」
「えぇっ!ゴ、ゴーレムさんが暴走してるんですかぁ!?」
私の横で机を拭き掃除していたティティナが、雑巾を持ったままビクッと肩を跳ねさせる。
私は静かにバインダーを開き、ペンを構えた。
「暴走、ですか。……城への搬入経路が物理的に断たれているとなれば、魔王軍の運営における重大なインシデントですね。具体的に、どのような状況でぶっ飛ばされたのですか?」
「それが、支給された『通行許可証』を持ってないヤツは当然として、鞄の奥底から取り出すのに数秒手間取っただけで、問答無用で『侵入者』と判定して殴りかかってくるんだよ!融通が全く利かねぇんだ!」
「なるほど」
私は状況を瞬時に理解し、ペンを置いた。
暴走ではなく、極めて機械的なエラーによる誤作動だ。
「……入力待機時間の許容値がゼロ。極めてユーザーフレンドリーではない、欠陥だらけのシステムですね。ティティナさん、少し現場の視察に行ってまいります。お留守番をお願いできますか?」
「は、はいですぅ!裏の魔王さま、お気をつけて!」
ティティナに見送られ、私はゴブリンと共に魔王城の正門へと向かった。
――魔王城・1階エントランス。
「ま、待ってくれ!許可証は持ってるんだ、今出すから……あ、あれ、鞄のどこに入れたっけ!?」
『――警告。通行許可証ノ提示ガ確認デキマセン。……タイムアウト。敵対者ト認識シ、排除シマス』
現場に到着すると、まさに巨大な岩の塊である門番ゴーレムが、通行証を必死に探している哀れなオークの商人に向かって、巨大な右腕を振り上げているところだった。
「ひぃっ!ほら、あれだよ!あんなの食らったらペチャンコだ!」
怯えるゴブリンをよそに、私はため息を一つ吐き、オークの商人に向かってスッと歩み出た。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
無慈悲な鉄槌が、オークを粉砕すべく容赦なく振り下ろされる。
私はゴシックドレスの裾を揺らしながらオークの前に立ち塞がり――ふわりと、華奢な左手を上空へと突き出し、その拳をトンッと受け止めた。
――直後。
ドゴォォォォォォンッ!!!!
エントランスに凄まじい衝撃音が響き渡り、爆風が吹き荒れる。
しかし。
「えっ……?」
腰を抜かしていたオークの商人が、ポカンと口を開けた。
私の左手は、ゴーレムの渾身の『岩の拳』を、片手でピタリと受け止めていたのだ。
逃げ場を失った衝撃は私の足を伝って地面へと突き抜け、周囲の石畳にクモの巣上のヒビができている。
私はゴーレムの拳を片手で軽々と支えたまま、極上の営業スマイルを浮かべた。
「……大変申し訳ございません。現在、状況を確認しておりますので、少々そのままお待ちいただけますでしょうか(物理的な保留)」
「な、なんだあんた!?ゴーレムの一撃を片手で!?」
『ギ……ギギ……ッ!?』
混乱するオークと、力任せに拳を押し込もうとして内部から軋む音を立てるゴーレム。
私はその硬い岩のボディにそっと右手を触れ、固有スキル『アブソリュート・ログ』を走らせた。
「さて。それでは本製品の『初期設定』を確認させていただきますね。……スキャン実行」
私の脳内に、このゴーレムに組み込まれた魔法回路のデータがずらりと流れ込んでくる。
その中身を見た瞬間、私は思わず眉間を揉みほぐした。
【条件1:対象を認識後、すぐに通行許可証を提示した場合 ⇒ 通過を許可】
【条件2:それ以外 ⇒ 敵とみなし物理的に粉砕】
「……なんて杜撰なシステム。これまで何も起きていなかったのが不思議ですね」
「それが……。これまではケルベロスが門番をしていたんだが、魔界たまねぎを食べて入院中らしいんだ……」
「左様でございましたか……」
私は呆れ果て、ゴーレムの拳をポンッと押し返して体勢を崩させると、深いため息をついた。
これでは、前世のコールセンターで言うところの『最悪の自動音声案内』だ。
「や、やっぱり、壊れてるのか?」
「いえ、壊れているわけではございません。少し設定に問題がある状態でございます」
そう、これは例えば『1番を押せばオペレーターに繋がる』という案内に対し、『3秒以内にボタンを押さなかった場合は、問答無用で電話を叩き切る(物理)』という極端すぎる設定がされている状態だ。
これでは、顧客はたまったものではない。
聞き返しの概念が全くない、あまりにも0か100かの極端な条件分岐。
上層部の誰が設定したかは知らないが、こんなガバガバな論理ツリーで巨大な暴力装置を稼働させるなど、コンプライアンス以前の問題である。
「……仕方ありませんね。私が直接、貴方の頭脳に『適切なルーティング』を上書きして差し上げましょう」
私はバインダーを小脇に抱え、体勢を立て直そうとする巨大なゴーレムを見上げながら、冷徹な声で告げた。
「これより、当窓口の責任者権限において、貴方の思考回路に『IVR論理ツリー』を構築します」
「あ、あいぶいあーる……?」
背後で腰を抜かしているオークの商人が、聞き慣れない単語に目を白黒させている。
私は彼に振り返ることなく、目の前の巨大なシステムの書き換え作業を開始した。
(自動案内システムの基本は、顧客を迷わせない適切な導線と、エラー発生時の『救済措置』です。タイムアウトで即座に物理攻撃に移行するなど、設計者の正気を疑いますね)
私は内心で上層部の杜撰な仕事を一刀両断しながら、スキルを介してゴーレムの魔法回路へ新たな条件分岐を叩き込んでいく。
「まず、通行許可証の確認に手間取った場合の『エラー処理』を追加します。対象が一定時間内に提示できなかった場合は、即座に攻撃へ移行するのではなく、『リトライのガイダンス』を挟むように設定を変更」
私の言葉に呼応するように、ゴーレムの瞳の奥で魔法陣がカチカチと音を立てて組み替わっていく。
「……次に、入城目的による『動線の切り分け』です。【1番:納品および流通業者】は右の搬入口へ。【2番:面会および一般訪問者】は左の待合室へ。事前に処理を分岐させることで、エントランスの混雑を緩和します」
『ギ……ピピッ……。魔法回路、再構築ヲ確認……』
「そして最後に……明確な殺意を持ち、武器を抜いて襲撃してきた【完全な敵対者】。これに関しては……えぇ、従来通り、問答無用で粉砕していただいて結構です」
私は極上の営業スマイルを浮かべ、最後にエンターキーを叩くように、ゴーレムの装甲をポンッと軽く叩いた。
「――アップデート完了です。さぁ、再起動してください」
『――――システム、再起動』
ブゥゥンという低い稼働音と共に、ゴーレムの瞳に理知的な青い光が宿った。
姿勢を正し、エントランスのど真ん中に静かに佇むその姿は、先ほどまでの融通の利かない暴走機械ではなく、完璧に統制された『受付システム』そのものだ。
私は振り返り、いまだにへたり込んでいるオークの商人に手を差し伸べた。
「お待たせ致しました。お客様、どうぞもう一度、あの門番に通行許可証をご提示ください」
「ひぃっ!?む、無理だよ!また探すのに手間取ったら、今度こそぶっ飛ばされちまう!」
「ご安心くださいませ、お客様。当窓口がシステムの最適化を行いました。決してお客様に危害は加えることはありません」
私の自信に満ちた声に押され、オークは恐る恐る立ち上がると、再びゴーレムの前に立った。
そして、わざとらしく鞄の中をゴソゴソと漁り始める。
「え、えーと……許可証、どこだったかな……」
1秒、2秒、3秒。
タイムアウトの規定時間を超過した。
先ほどであれば、ここで無慈悲な岩の拳が振り下ろされていたタイミングだ。
しかし、ゴーレムは拳を上げる代わりに、その巨体を深く折り曲げ――極めて丁寧な『お辞儀』の姿勢をとった。
『――お越しいただき、誠にありがとうございます。魔王城・総合エントランス窓口でございます』
「なっ……!?」
突然、流暢で丁寧なアナウンスを響かせた岩の巨人に、オークが目をひん剥いて驚愕する。
『ただいま、通行許可証の確認が取れませんでした。恐れ入りますが、もう一度、許可証をご提示ください。……なお、納品、および流通業者のお客様は、「1」の右の搬入口へ。面会、および一般訪問のお客様は、「2」の左の待合室へお進みください』
機械的ではあるが、そこに一切の殺意はない。
完璧な『エラー時の聞き返し』と、『ガイダンス』だった。
「す、すげぇ……!あの頭の硬いゴーレムが、待ってくれてる上に、すんげぇ丁寧な言葉で案内までしてくれてるぞ!?」
「えぇ。システムとは、顧客を排除するためではなく、顧客を正しく導くために存在すべきですから」
オークが慌てて鞄の底からシワシワの通行許可証を取り出して提示すると、ゴーレムの瞳が青く点滅した。
『――許可証の確認が完了いたしました。「1」の、右の通路へお進みください。本日のご利用、誠にありがとうございました』
ゴーレムがゆっくりと道を譲る。
「た、助かったぁ……!ありがとう、あんた一体何者なんだ!?」
「すっげぇや!さすが『裏の魔王様』だ!!」
オークの商人とゴブリンの配達員が、顔を輝かせて何度も私に頭を下げてくる。
私はゴシックドレスの裾を優雅につまみ、完璧なお辞儀を返した。
「お礼には及びません。当窓口は、魔王城の快適なインフラ環境もサポートしております。今後も何かお困り事がございましたら、いつでも地下の『お客様相談室』へお申し付けくださいませ」
この一件の数日後、エントランスのゴーレムは「魔王城で最も親切でスムーズな受付係」として商人たちの間で大評判となり、魔王軍の物流効率は劇的に向上することとなる。
「お帰りなさいですぅ、裏の魔王さま!」
「ただいま戻りました、ティティナさん」
地下の薄暗い相談室。
私は出迎えてくれたティティナの頭を優しく撫でながら、自席のパイプ椅子に腰を下ろした。
「いやはや……それにしても、魔王軍の労働環境は、まだまだ改善の余地ばかりですね」
私は、カップに入れたブラックコーヒー(紫色)を優雅に啜りながら、密かに口角を上げた。
前世で培ったSVとしての知識と経験が、この理不尽な魔界のシステムを最適化し、皆を笑顔にしていく。
その過程は、なかなかに悪くない『暇つぶし』だったのだから。




