表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本件、責任者の『麗野まお』が承ります。~転生先は魔王城。理不尽なクレーマー魔族は、元SVの私が「接客」で蹂躙致します~  作者: 彩月鳴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/19

Call.10「業務の属人化は、組織にとって重大なリスクです」

「お、俺自身が腐っているだと……!?」


料理長が一歩後ずさった。

しかし、かつて天才と呼ばれた料理人のプライドが、彼を激昂させる。


「なに言ってやがる!ゾンビが腐っているのは当たり前だろうが!アンデッドだぞ!?」


私は小さくため息をつき、バインダーでそっと鼻を覆った。


「……それでは、先ほど申し上げました『二点の認識のズレ』について、順を追ってご説明致しましょう」




私は一つ、指を立てた。


「まず第一に。当食堂を利用されるお客様――つまり魔王軍の社員は、最前線の屈強な戦士だけではございません。魔力消費の激しい魔導士や、一日中座りっぱなしの事務職、果ては徹夜明けのSEまで、多種多様な人材がいるのです。それに対して、一様に高カロリーな食事を提供するのは、短絡的と言わざるを得ません」


「なっ……!だ、だがな!ここは魔王軍だぞ!魔族が戦うためには、大量のカロリーと脂が必要なんだ!お前らみたいなひ弱な連中が好むような、草や酸っぱい汁なんか知ったことじゃねぇ!!」


「いいえ、知っていただかなくては困ります。いえ――厨房を預かる責任者として、知る義務がございます」


「食べる側の胃袋の許容量を無視し、連日大量の脂と塩分を強要するのは、お食事の提供ではなく、ただの『消化器官への暴力』です。食後の深刻な胃もたれや強烈な眠気は、組織全体のパフォーマンスを著しく低下させます。これは単なる好みの問題ではなく、明確な労働環境の悪化ですよ」



「ぐっ……!だ、だが、この極限まで熟成された肉の旨味は――」


「――第二に」


私は言葉を被せ、まな板の上の変色した肉塊を一瞥した。


「料理長。貴方はそれを『熟成』と仰いますが……温度管理もされず、あろうことか貴方ご自身の体から滴り落ちる『腐った体液』が鍋や食材に入っている状態を、熟成とは呼びません」


「な……っ!?」


「それは危険な雑菌が繁殖した、ただの『腐敗肉』です。これを全社員に提供するなど、もはや社員食堂を騙った無差別なバイオテロに他なりません」


「ば、ばいおて、ろ……?ふ、ふざけるな!俺のこの舌が、これが極上の味だと保証しているんだ!!」



激昂し、ナタを振り上げる料理長。

しかし、私は一切動じることなく、スッと左耳のヘッドセットに手を当て、彼に無慈悲な事実(トドメ)を突きつけた。



「……左様でございますか。ご自身の『舌』で保証されている、と。それは大変、興味深い証言です」


「……は?」


「天才的な味覚、ですか。……料理長。大変申し上げにくいのですが、貴方のそのお口の中に、味を感じる器官は残っていらっしゃいますか?」


「…………え?」


「さらに申し上げますと、風味を感じ取るための鼻は?……どう見ても、完全に腐敗して削げ落ちているようにお見受け致しますが」


料理長の動きがピタリと止まった。

その今にも零れ落ちそうな眼球が、凍りついたように私を見つめている。



「提供されるお食事が異常に塩辛い理由。そして、厨房に漂う強烈な異臭に貴方自身が気づいていない理由。……現場の社員の味覚が変わったからではありません。貴方自身の味覚と嗅覚という『品質保証のセンサー』が、完全に死滅しているからです」


「ち、違う!俺は……俺の舌は……っ!!」



「……ご自身の肉体の劣化から目を逸らすのはご勝手ですが、お客様を巻き込まないでいただけますか?」


私は一歩踏み出し、逃げ道のない二者択一で彼を追い詰めた。


「味が分からないまま『過去の勘』だけで調理し、お客様の胃袋に劇物を流し込んでいるのか。それとも、ご自身の感覚器の『故障を隠蔽』し、品質保証を放棄したまま現場に立ち続けているのか。……料理のプロとして、どちらの『過失』を認められますか?」


「あ……あぁ……っ……!」


天才料理人としての根幹を論理的に破壊され、ゾンビの料理長はついにナタを取り落とし、ガタガタと崩れ落ちるように膝をついた。


「そ、それじゃあ……俺はどうすればいいんだ……!このままじゃ、料理人としての俺の存在価値が……っ!」




「……ご安心くださいませ。これより当窓口にて、根本からの『業務改善』を行わせていただきます」


私はニッコリと微笑み、右手に眩いばかりの純白の魔法陣を展開した。

それは、アンデッドを塵一つ残さず消し去る、最上位の『浄化魔法』の輝き。


「ひぃぃぃっ!?裏の魔王様、や、殺っちゃダメですぅぅ!!お料理できる人がいなくなっちゃいますぅぅ!」


「ひっ……!ま、待ってくれ!浄化は……消える、俺が消え……ぎゃああぁぁぁっ!!」


ティティナの悲鳴と、死(二度目)の恐怖に絶叫する料理長。

私は躊躇うことなく、その純白の光を料理長の巨体へと叩きつけた。




――数秒後。




光が収まると、そこには消滅することなく、しかし全身の腐敗が見事にストップし、謎の清涼感(爽やかなミントの香り)すら漂わせる、やけにツヤツヤとしたゾンビの料理長がへたり込んでいた。


「な、なんだ……?俺は、生きて……あ、いや、死んだまま……?」


「――規定に基づく『高圧洗浄』、および『防腐処理』、完了です」


「……え?」



私はバインダーを開き、彼に向けて真っ白な羊皮紙の束を差し出した。


「表面の腐敗菌の浄化と、今後の進行を止める防腐処理を施しました。これで少なくとも、厨房の異臭問題は解決致しました」


「あ、あぁ……」


「……しかしながら、貴方の味覚が戻ったわけではありません。もはや貴方の舌で『品質の担保』は不可能です」


私は今日一番の、最高に美しい営業スマイルを彼に向けた。


「というわけですので、料理長。貴方の頭の中に眠っている生前の『天才的な味覚の記憶』……そのデータだけを頼りに、今から私と一緒に、魔王軍公式の『標準調理マニュアル(レシピ)』を作成致しましょう」


「マ、マニュアル……?俺の、この天才の匙加減を、誰にでも作れるようにする、と……?」



「左様でございます。品質の『属人化』……つまり、貴方だけしか料理ができない仕組みというのは、組織にとって重大なリスクです。味見ができないのなら、味見をせずとも……塩のグラム数から火加減の秒数までを徹底管理し、見習いサキュバスでも寸分違わず同じ味が作れる『仕組み(レシピ)』を作らねばなりません」


私は彼にペンをスッと差し出した。


「さぁ、貴方の全盛期の味を、今度こそ全社員に見せて差し上げましょう。美味しい食事をお客様が笑顔で頬張る……。それこそが貴方の本当の望みではありませんか?」


「……うぅぅ、裏の魔王さまぁ」


ティティナが胸の前で手を組み、グスッと涙を流した。



「……そうか、そうだったな。あんたの言う通りだ!俺がいつか消えてなくなった後も、俺の味がみんなを笑顔にさせる……!それこそが俺の料理人としての矜持だ!!」


こうして、魔王城の社員食堂は、一人の天才の勘に頼る時代を終え、お客様の笑顔が絶えない憩いの広間へと変貌を遂げたのだった。



「――あ、できれば『酢の物』もメニューに加えていただけると、大変ありがたく存じます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ