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Nina Simone
を 聴きながら 書いていますが、
……前の項で挙げたように、評価とは、単純に美しいとされている相対評価に沿って(基準にして)主観的な美を判定する(順位を決める)……という側面の他に、
前の前の項で挙げたように『今まで相対的評価にも挙げられては来なかった(誰もが気づけてはいなかった新たな美の側面(見方)を見出し(発掘し))それを相対評価にまで(押し上げて)美の価値を上げる(新たな美を見出す)(新たな価値観、美を評価させる)』という評価の一面が存在します。
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……小説家になろうでは、このような現象は、ランキングの順位表のような現象だ……と、説明すると理解されやすい現象なのでしょうか、(説明がもし解りづらかったら申し訳ない)
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……このような、新たな美の発掘、『新しい美の切り口を見出しその評価の場を切り開く』という側面は、数多くある評価をするという行為の一面です。
……そもそも、価値とは……価値基準とは、……美の基準とは、『誰が決めたのか』『そしてそれが美ではないと何故決めつけられるのか』
目の前のあなたは、明確な答えを持ってらっしゃるでしょうか……?
……私は、このように思考致します。
……それは、『美ではないと決め付けられた訳ではなく』『今ある評価基準の中では美とされていないだけで、それそのものに美が存在しないとは誰も言ってはいない』のです。
そう、『それそのものがその場で評価されなかったとしても、それそのものに価値が無いとは誰も言えないのです』『ただ、今の現状、それそのものを美と判断する新しい美の切り口を誰も見つけられてはおらず、』『気づくことが出来ていないからこそ』『評価されていないだけなのかもしれない』
……評価とは、一面的なものではありません。……多面的な視点で見つめていけば、切り口はいくらでもあるでしょう。美は、どのように切り口を見出してもよいのです。その切り口に共感して下さる多くの共感者が存在すれば、それは新しい美の切り口として、周りに認識されていきます。
……これが、評価の一面、構造となります。




