8. 先輩
ひったくりをふんじばったのは、体つきのがっしりした青年だった。
ルチルよりも頭一つ分はゆうに大きい。オレンジの髪がぴょこぴょこと元気に跳ねている。
ルチルの拍手に、からりと笑ってみせた。
「なんのなんの。いや、それより君のほうこそ、助かったよ。さっきのは魔法? 瞬時の判断力といい、すごいな」
「あ、えっと……」
さっそく、説明を求められる場面が来てしまったようだ。オニキスが咳払いする。
「うんにゃ、俺の力を貸してるようなもんだ」
なるほど、そこまでは言っていいんだ。
青年は落ちたカバンを拾い、縛ったひったくりを立たせながら、へえ、と返した。
ルチルの肩のオニキスと視線を合わせる。
「君は雪の幻獣かな。合ってる? 召喚師か、調教師ってとこだろ」
「ま、そんなところだ」
オニキスはもったいぶった。
そのまま青年が大通りの方へひったくりを引っ立てていくのに、なんとなく着いていく形になる。
「俺はエド。冒険者をしてる。君は?」
「えと、ルチルって言います」
「オニキスってんだ」
「あ、いたいた、エド!!」
ちょうど角のところで、今度は女性の声が上がった。
見れば、老婦人と若い女性の二人連れがこちらに歩いてくるところだ。
「あ、捕まえたのね」
「おう。こっちのお嬢さんが手伝ってくれたんだ。そりゃもう鮮やかなお手並みだったぜ」
「あら。ありがとうね」
そう言ってルチルに向き直った女性の顔立ちは、エドと名乗った彼とどことなく似ている。
身長はルチルより少し高いくらいで、肩の下まであるふわふわとしたピンク色の髪が印象的だ。
「あ、はい、いえ、たいしたことでは」
ちらちら見比べていると、察したようでエドから注釈が入る。
「これ、うちの姉ちゃん」
「人をこれとは何ですか。──レジーナです。よろしくね」
「あ、どうも。ルチルです」
エドがルチルより少し上、レジーナはさらにもう少し上だろうか。
エドはさっき拾ったカバンを老婦人に渡している。
「婆ちゃん、これで間違いないか?」
「まあ、本当にありがとうねえ」
「なくなってるものとかないか? ちゃんと確かめてくれよ」
「そうね、そうさせてもらうわ」
「ああ。……サイは?」
弟が聞いたのは、二人の知り合いの名前のようだ。
「警吏を呼びに行ってる」
「さすが、頼りになるな」
「誰かさんが後先考えず走って行っちゃうからね」
「治安維持に協力したら、謝礼が出るだろ?」
肩をすくめる姉に、弟は飄々として返す。
えっ、謝礼。……お金ってことだよね? ルチルは思わずひったくりをしげしげと見てしまう。
——そこに、呆れたような若い男の声が続いた。
「凶悪犯ならともかく、ひったくりを捕まえたぐらいじゃもらえませんよ」
「そうだっけ?」
青鈍色の髪のやせた男性と、鎧姿の警吏がすぐそばまでやって来ていた。
噂のサイたちだろう。
エドはすっとぼけている。警吏も苦笑いだ。
そうか、ひったくり程度ではもらえないのか。……残念。
「いやはや、毎度ご協力ありがとうございます。あとはこちらで引き受けますんで」
「そっか、んじゃよろしくな。婆ちゃん、何もなくなってなかったか?」
「ああ、ありがとうねえ、全部あったわ。お嬢ちゃんもありがとう」
老婦人はルチルのほうにもお辞儀をして言った。
「皆さん、今度お礼をするから、広場の菓子屋に顔を出してちょうだい。カロンズっていう店よ」
「えっ。いや、私は何も……」
「見事な足止めだったじゃないか。くれるって言うんだからもらっときなよ」
さっきは謝礼と聞いて思わず前のめりになったが、改めて言われるとうろたえてしまう。が、すかさずエドが言い添えた。
「え、えっと、じゃあ、そのうち……」
「待ってるわね」
ひったくり犯を牢に入れて詰め所で調書を取るというので、そのまま警吏とひったくり、老婆の三人を見送った。
さて。
「じゃ、俺らはギルドに戻るか。ルチルたちは? 何か用事の途中だった?」
伸びをするエドに尋ねられた。ギルドというのは、もしかするのだろうか。
ここは正直に答えてみる。
「私たちは、冒険者ギルドに行こうと思ってて」
「あら、あなたも冒険者だったの? それとも、依頼で?」
やっぱり、三人は冒険者だったらしい。
「いえ。まず話を聞きに行ってみようかと」
「なるほど、冒険者志望ということですか」
「はい」
「へえ……」
エドが納得したようにうなずいた。
「……実力はたぶんあると思うぜ。俺が保証する」
「ありがとう、ございます?」
「いや、まだ見てみるだけだからな」
「わ、喋った」
警吏たちがいた間はルチルの肩で無言を貫いていたオニキスが、突然口を挟んで、レジーナにびっくりされた。




