4. 契約
薬屋のおばあさんに礼を告げて、ルチルとオニキスは長屋への帰り道についた。
「さて」
「おう」
切り出すと、打てば響くように相槌が返ってくる。
それに励まされるようにして、本題を告げた。
「やっぱり、お金は大事だと思うんだよ」
「第一声がそれかい。いやまあ、異論はねえけどよ」
「でしょ」
大げさにため息をついてみせたオコジョに、ルチルは笑った。
「あの時だって、オニキスがへそくりを溜め込んでおいてくれたから助かったわけだしね」
「へそくりなんて言うんじゃねえや、人聞きの悪い」
*
数年前。今朝ちょうど夢に見た、あの日のことだ。
──スノードラゴンは、どうしているのだろう。
塔の解散を告げられたルチルは、ふと、その存在を思い出した。
幼いルチルには知らされていないことも多かったが、この塔は、定期的に生まれる魔王と呼ばれる存在への対抗手段を編み出すための施設だと教えられていた。
その手段というのが一つや二つではなく、ルチルが受けさせられていた訓練もそうだし、他のいくつかの中にスノードラゴンの研究もあった。
先般亡くなった塔の前責任者、アイザック師が主に携わっており、ルチルも訓練の合間にスノードラゴンと会話をさせてもらったことがある。
アイザック師の亡き後、誰がその研究を引き継いだのかは知らない。
もう誰かが解放していたり、連れ去っているのならばいい。
だが、もしそうでなかったら。
彼も、何が起こっているのかわからず、混乱しているのではないか?
ルチルは足をスノードラゴンの居室に向けた。
果たして、ドラゴンは変わらず、ガラス張りの部屋の中にいた。
ルチルの部屋よりよほど大きな空間だ。そこに、小屋ぐらいの大きさのドラゴンが丸くなっている。
全身真っ白な鱗と翼、長い尾。爪と二本の角、そして瞳は真っ黒に艶めいている。
「やっぱり、いた……」
あたりに大人は誰もいない。だが、ドラゴンは伸びをするとこちらに向き直り、ため息をついた。
「どうした。今日は何やら騒がしいが」
「……あ、えっと……」
そりゃ察してるよね、ドラゴンだもん。
この存在は本来はこのようなところにいるはずではなく、純粋に彼の厚意によって留まってくれているのだ、とアイザック師は話していた。
知能は人間に匹敵し、単体としての戦力ならば人間を高く凌駕する。らしい。
それなら、妙にごまかしたりしないで、正直に話したほうがいい。ルチルは意を決した。
「あの、塔はおしまいで、解散だって」
「…………は?」
ドラゴンはたっぷり数秒の間目を丸くした後、ルチルには聞き取れない言葉でなにか吐き捨てた。
あれはドラゴンスラングみたいなやつだったんじゃないかなと、今のルチルは思う。
「……アイザックがいなくなってから、色々と雲行きが怪しいとは感じてたが……展開早すぎねーか。これだから、人間っちゅうのは……」
「ご、ごめんなさい」
「ああいや、嬢ちゃんを責めてるわけじゃねぇ。こっちこそすまん」
ぶつくさぼやくドラゴンについ謝ってしまったら、逆に謝り返された。
「っつーかよ、解散って。言うに事欠いて、解散かよ。ったく……。なあ、嬢ちゃんはどうすんだ? 行くとこあんのか? 一緒に行動する大人はいるか?」
「…………えっと…………」
「…………あー……」
ばっさり斬り込まれて口ごもる。
察したドラゴンは気まずげに、翼の爪で頭の後ろあたりを掻いた。器用である。
「俺のことだけならなんとでもなるっちゃなるが、まあ……。でも、寝覚め悪ぃよな。他の大人が自分のことでいっぱいいっぱいだっつうのに、嬢ちゃんだけ俺んとこに走ってきてくれたんだもんな」
「え、えーと……」
うんともううんとも言えず、ルチルは曖昧な顔をした。
「よっし、決めたわ」
ドラゴンがそう言うと、目の前のガラスの壁にヒビが入り、みるみるうちにさらさらと砂のようになって崩れ落ちた。
なるほど、気持ち一つでここにいてくれたというのは、言葉通りだったらしい。
「俺、しばらくの間、嬢ちゃんの保護者ってやつ? やってやるから」
「えっ、……えっ?」
「保護者。って言うんだろ? 人間の、親じゃないけど親みたいなやつ」
「あ、えっと、うん……?」
のしのしと歩いてきて壁だったところを乗り越え、ドラゴンはぽんと片方の前足をルチルの頭の上にのせた。
口を歪めて牙を見せる。これはもしかして、笑っているのか。
黒い瞳がきらめいた。
「嬢ちゃん。ルチルって言ったっけな。……俺はオニキスってんだ。改めてよろしくな」
「あ、うん、よろしく……?」
「おう」
ルチルの返事を聞いたドラゴンは満足気に尻尾を床にべしべしと打ち付けて、そのへんの小物がちょっと倒れた。




