34. 雪竜
「なんだあれ……?」
あえぐような声はエドからだった。
見ていればわかる。ルチルは、敢えて説明をしなかった。
最初に翼が広がった。次に尾が飛び出して、黒い爪の生えた手足が伸びる。
最後に、黒い角をそなえた頭がぶるりと振られた。
うん、やっぱりワイバーンじゃ比較にならない。角ひとつとってみても、立派だしつややかにきらめいている。
スノードラゴンは瞼を上げると、黒い瞳でワイバーンを見据えた。
「新手か!?」
『歌う樽』から上がった声に、さっと冒険者たちに緊張が走る。それぞれの装備を構え直した。
が。
「いや、見ろ……!」
「ガッ……!?」
異様な気配を感じてワイバーンが振り返る。対峙した雪竜は、カッと口から冷気の息吹を吐いた。
それは大きな氷の塊になって、ワイバーンの翼に次々と突き刺さる。
「ギャオオオン……!」
飛行する力を失ったワイバーンは、どうっと地面に墜落した。
その余波で、ルチルたちの立っている場所も揺れる。
雪竜は簡潔に、一言。
「……頭が高え」
その声に、真っ先にエドが我に返った。
「今だ!」
「今なら、攻撃が通ります!!」
ルチルも続いた。
その言葉を信じて、魔法や矢が浴びせかけられる。
ワイバーンはダメージをことごとく受けてのたうち回った。
じゅうぶん弱らせたとみて、エドが剣を抜く。他のパーティーの近接職もそれにならった。
だっと駆け寄り、真っ先にたどり着いたエドが角を叩き折った。
「これで……!」
やがて、人間たちの攻撃に、ワイバーンはぴくりとも動かなくなった。
巨大なスノードラゴンの姿は、最初からなかったかのように消えていた。
*
「やあ。一時はどうなることかと思ったけど、誰一人欠けずに勝利を収めることができた。よかったよ」
大岩の一つにもたれて座り込んでいたルチルのもとに、『歌う樽』のリーダーのおじさんがやってきた。
「君たちには、お礼を言わないといけないのかもしれないね」
彼のまなざしは、ルチルの肩にいるオコジョを見ている。
オニキスがルチルに代わって口を開いた。
「やめてくれ。あんたらの作戦をかき乱したのも事実だしな。すまんかった」
「……そう言われてしまうと、こちらも何も言えなくなってしまうのだが……」
リーダーは苦笑した。
「まあ、そのうちゆっくり酒でも。君はかなりいける口だと聞いたけど」
これは間違いなく、ルチルではなくオニキスのことを言っている。
「ああ、おごりなら付き合うぜ」
オコジョがにやりと笑うと、リーダーはひらりと手を振って仲間たちのところに戻っていった。
あとには『銀の天秤』の面々が残っている。
「……まあその、なんだ……」
皆歯切れ悪そうな顔をしている。その気持ちはルチルにもよくわかる。
そのうち、代表してエドが口火を切った。
「……そりゃ、喋るよなあ。納得したわ……」
「そこかよ!?」
「いやそこ、大事ですよ」
反射的に突っ込んだオニキスにサイが被せた。やはりここ、息が合うのかもしれない。
レジーナも苦笑してルチルの横にしゃがみこんだ。
「言ってくれればよかったのに。信じたかどうかはともかくとして」
「正直ですね……」
「うん。美徳でしょ?」
しれっと言うのでルチルも笑ってしまった。そして、気が抜ける。
向こうの方では、報告を受けて山を登ってきたギルドの職員たちがワイバーンの検分と解体に立ち会っていた。
日が高く、昇っていた。




