29. 現実
「ルチルさん、すみません。すっかりお待たせしてしまいました」
サイが職員を連れて戻ってきた。
ぷは。レジーナに離してもらって、息をつく。
「いえ、お声をかけていいタイミングがわからなくて。……急患のかたは?」
「癒し手の魔法が間に合いましたから、今は落ち着いておられますよ。ルチルさんは、今日はこちらに泊まって行かれますか? 夕食もお出しできますが」
「いいんですか? お願いします」
全員でぞろぞろと、食堂のようになっている区画まで移動する。
すぐに温かい汁物とパンが出てきた。ありがたい。
久しぶりに『銀の天秤』の皆と並んでスプーンを使う。
「ルチル、なんだか浮かない顔してるな」
いつまでも体の緊張を抜けないでいたところを、エドに気遣われてしまった。
「……いえ、すみません、その。……ワイバーン、見つかったならすぐ討伐されると思ってたので……」
「……ああ、それはフェアカヴィルの冒険者連中、みんなが思ってたことだろうけどな……」
エドは難しい顔をした。おそるおそる聞いてみる。
「……大変そうなんですか?」
「そうだな。……飛ぶ魔物だってことを甘く見てたな」
「巣は、見つかったんですか」
「うん、数日前にね。それで、今日は『歌う樽』の人たちが近くの平原までおびき寄せて戦うことにしたんだけど……」
『歌う樽』はその名の通り、吟遊詩人が中心となって立ち上げたパーティーらしい。
「どうだった?」
エドが別のテーブルに声をかける。どうも、あれが『歌う樽』の面々らしい。
髭を生やした太鼓腹のおじさんや、髪の長いお姉さんたちが口々に教えてくれる。
「セオリー通りに視界を広く取れる場所で戦おうとしたんだが、どうもそれがよくなかったな」
「弓矢は風で弾かれる。あれは魔法で落とさないと無理ね」
「その魔法も避けられてばかりでね。狭い場所を選んだ方がよさそうだ」
「狭いってどこだ? 森の中か?」
「やっぱり、巣にいるところを叩くのがいいんじゃないか」
「ふむ……」
「催眠魔法はどうだ? ワイバーンに通ると思うか?」
先輩冒険者たちははじめ、ルチルにもわかりやすいように言葉を選んでくれていたが、だんだん議論に熱が入ってきて、明日はどう攻略するか、その具体的な討論に入っていった。
「ごめんね、ルチルちゃん、わかりにくい話になっちゃって」
レジーナがお茶を渡しながらそっと気遣ってくれる。
「え、いえ! 気にしないでください、全然。……でも皆さん、すごく熱心なんですね……?」
「そりゃそうですよ」
サイが疑問に答えてくれる。
「ここが破られたら、次はフェアカヴィルですから。街にいる数千の人々がワイバーンの餌食になります」
「えっ」
ルチルはスプーンを取り落としそうになった。
オニキスが、はあ、と小さく息をつく。
「なんだ、気付いてなかったのか」
「……いや……言われてみれば、そうなんだけど、なんでだか、門から出なきゃ安全なんだとばかり……」
だから、キティたちを街に残すというチャーリーの話にうなずいたのだ。
だが、前から聞いていたではないか。
──ワイバーンは、空を飛ぶ。
隣の卓とエドはワイバーン攻略の方法を熱心に議論していた。
「投石器はどうだ」
「街の近くまでなら出せるかもしれないな。ここまではちょっと」
「最後の手段ってことね」
「魔法使いを揃えて翼を打ち抜くか」
「飛べる幻獣はどうだ? フェアカヴィルのギルドにも幻獣使いがいたろ」
「あれはそこまでの高さは……。けど、召喚獣なら見つかるかもしれない」
「餌でおびきよせるのはどうだろ。確か、牛を丸々一頭食べるんだよね?」
「農家に協力してもらうか?」
……ルチルは、飛び交う言葉に耳を傾けながら、スプーンを強く握りしめた。




