28. 基地
オニキスがエドに知識をもたらした、その結果はすぐに出た。
「『銀の天秤』がワイバーンを見つけた? ほんとか!?」
「本当だ、なんでも北のラザル山のあたりを飛んでたらしい」
「北か……! だがこれで絞れるな」
「ギルドは山の麓に攻略基地を作ったそうだ。『歌う樽』や、他の連中も皆そっちに向かったってよ」
そんな会話がギルドのあちこちで聞かれる。
ルチルはほっと胸をなで下ろした。これなら、すぐにワイバーンは討伐されるだろう。
しかし、その考えが甘かったことを、意外な形で思い知ることになる。
*
その日、ルチルは掲示板に珍しい依頼人の名前を見つけた。
薬師の老婆の娘夫婦がやっているという、あの道具屋である。
内容は荷運び。危険度はそれなりだとあったが、長石級の依頼だ。
さっそく、受諾手続きをしてお店に向かった。
「おや、ルチルちゃんがあの仕事を受けてくれるのかい?」
「はい。運ぶ荷物はどれですか?」
お店に行くと、老婆が出迎えてくれた。
既に背負子に荷造りがしてある。
「このポーションと薬草だよ。ちょっと重いが、大丈夫かね」
「平気ですよ、もう子供じゃないんですから。……ほら」
梱包されたガラス瓶はそれなりの重さになるが、このぐらいなら余裕で運べるだろう。
ルチルは軽々と背負って、力こぶも見せておいた。
「そうかい? 気をつけるんだよ」
お昼代だよと心ばかりの駄賃もつけてもらって、目的地に向かう。
今日はパンにハムを挟んで出発だ。
目的地はルイバス山の北、ラザル山の麓──噂のワイバーン攻略基地である。
「……気をつけろよ」
オニキスはルチルの肩で前方をにらんでいる。
最近は、城門から出るときはいつもこんな感じだ。その警戒態勢に緊張を感じないと言えば嘘になるが、逆に言えば、何かあればいち早く警告をもらえるということでもあろう。
前向きに受け止めて、今日も黄みがかったレンガを踏みしめた。
朝早くフェアカヴィルを出て、基地に着いたのは夕方だった。今日はここで一泊させてもらうことになるだろう。
張り巡らされた幕の外から声を上げた。
「すみません、ポーションの配達です!」
すぐに入り口とおぼしき場所がめくられて、ギルドの職員が顔を出す。
「お、助かった! こっちに運んでください」
「はい!」
幕の中に招き入れられると、そこにもいくつかの天幕が並んでいた。
そのうちの一つへと案内される。
──久しぶりに嗅いだにおい。
これは、消毒液だろうか。
「ここに広げてくれますか、中身を検分したいので」
「はい、えっと、ポーションがこれとこれで、こっちの包みは薬草で……」
台の上に運んできたものを並べていると、にわかに外が騒がしくなった。
職員がルチルに断って天幕を出て行く。
「血のにおいだ」
オニキスがぴくりとひげを動かす。外から会話が聞こえてきた。
「どうしました」
「急患だ! 『歌う樽』のやつらが怪我した。深傷だ」
「! すぐにベッドへ! 癒し手がそっちにいます」
そのまま、基地は慌ただしい空気に飲み込まれる。
ルチルは荷物を広げたまま、オニキスと二人取り残された。
*
数刻経っただろうか。
ルチルは空腹を抱えてテントの中の暗がりにいた。
そろそろ様子を見に行っていいんじゃないか、と言うオニキスの言葉にうなずき、とりあえず外に顔を出してみる。
「!? うおっびっくりした、ルチルか」
「ルチルちゃん!? なんでここに」
なんと、ちょうど『銀の天秤』の三人が通りかかったところであった。
「なんだろうな、つくづく縁があるな、お前ら……」
「それはこちらの台詞ですよ」
あたりに立てられたたいまつの灯りの中、オニキスとサイは呆れたような顔を見合わせている。この二人、案外気が合うのかもしれない。
「さすがに討伐に来たわけじゃないよね?」
レジーナに心配され、ルチルは事情を説明した。
「ああ、なるほど。もう落ち着いたでしょうから、その職員を呼んできますよ」
さっとサイがその場を離れた。
見送ったルチルは、『銀の天秤』の皆が泥にまみれ、浅い傷を負っていることに今さら気付く。
「えっ!? 皆さん、大丈夫なんですか!?」
「え? ……あ、ああ、このぐらいはなんてことないよ。怪我は姉ちゃんが治してくれたしな」
「そうですか……? いえその、皆さんを信用してないわけじゃないんですけど。大怪我をしたっていう人がいるらしいから、心配になって」
ルチルが後半はもごもごと言い訳すると、レジーナにぎゅっと抱きしめられた。
これも恒例になってしまっている気がする。
「ありがと、ルチルちゃん。でも元気だから、気にしないで」




