27. 葛藤
「なんだって!? ワイバーン!?」
「ああ、間違いない。ルイバス山から東の方に飛んでいった」
「東の方って言うと……」
誰かが奥から広い周辺地図を持ってきた。大テーブルに広げられ、たちまちその周囲は職員や中堅以上の冒険者でいっぱいになる。
「なるほど、ワイバーンが棲み着いたから、他の魔物が移動したのか……」
「その可能性はあるな。強いやつから順になわばりを追い出されたってわけだ」
その後も、ああだこうだ、こうじゃないそうだ、などと議論が交わされる。
ルチルはオニキスとその様子を見守っていた。
ワイバーン。塔にいたときに、図鑑で見たような気がする。
「……ドラゴンの一種、だっけ」
「……あんまり一緒にされたかねえがな。腕のないドラゴンみてえなんで、翼で空を飛ぶやつだ。妖魔よりゃ知性はあるが言葉を操るほどではねえ。つまり、話は通じない」
「なるほど……ごめん」
そこの違いは大きい。オニキスが気を害しても当然だ。ルチルは素直に謝った。
ギルドは即座に、緊急依頼の内容を切り替えた。周辺調査から、対象をワイバーンに絞った捜索、および討伐である。
『銀の天秤』や、さらに経験を積んでいる『歌う樽』など、名の通った冒険者パーティーは、通常の依頼を受けずにそちらに専念することになった。
一般の依頼も、護衛がぐっと増える。
採取の依頼も、今まで自分で街の外に出かけていた層から出されるようになっているという。
逆に言えばルチルが食いっぱぐれることはないのだが、漂う緊張感は拭いきれないものだった。
*
ルチルはその日の依頼を終えて、報告のためにギルドへ戻った。
窓口で報酬を受け取っていると、ふっと影が差し、誰かが背後に並んだことを察する。
銀貨をしまって振り返ると鎧姿のエドである。
「エドさん!? お、お疲れですね……」
「ん、あ〜……、ルチルか……」
「うわあ、こりゃ参ってんな……」
エドは見るからにくたびれた様子で、埃にまみれていた。
「そんなに難航してんのか? ワイバーン探しは」
「まあな。……ああ、地図を貸してくれ」
エドは窓口の職員に広域の地図を出してもらっていた。横からのぞき込むと、既にいろんな場所に印がついている。
「うちが今日見たのはここからここにかけてだ。痕跡はなかった。今日は魔物にも遭ってない」
「そうですか、おつかれさまでした」
職員が、エドの示した区域に印をつける。
「なるほど、これが探索済みの場所ってわけですね」
「ああ。複数のパーティーが動いてるから、重複がないようにしてるんだ」
「しかし、向こうさんも動いてるんだろ。それだけじゃ見落としができるように思うが」
「……それはあるんだがな」
エドは難しい顔をした。
「なにしろ、最初の目撃情報が、ルイバス山の東ってことしかない。手当たり次第に探してみるしかないんだ」
「あれから誰も見てないんですか?」
「うん」
「……──」
トッと、軽い音を立ててオニキスが窓口のカウンターに降り立った。
「ちょっと見せてくれ」
そう言うと、しげしげと地図をのぞき込む。
しばらくして。
「……東なら、ここの山とここらの森の洞窟。だが、どっちかっちゅうと北側のここの山が怪しいな」
「わかるのか?」
「これでも幻獣を何十年もやってるんだ、翼竜に関してはお前らよりも詳しい自負があるぜ。……信じるか信じねえかは、お前ら次第だがな」
「……いや、オニキスはサラマンダーの気配にも一足先に気付いてたんだろ。他のやつらとも相談してみなくちゃならないが、参考にはしてみるよ。ありがとう」
「おう」
「北か、盲点だったな」
「あいつら、だいぶ移動するからな。翼があるのは伊達じゃねえ」
助かる、とつぶやきながらエドは仲間たちのほうに戻っていった。
それを見送っていると、レジーナたちがルチルに気付いて手を振ってくれる。
ルチルもぺこりとおじぎをして、宿に帰ることにした。
……何かが引っかかる。オニキスの態度だ。
その正体に気付いたのは、夕食を済ませて寝に入る直前だった。
「……オニキス」
「どうした」
寝間着に着替えて、ベッドに入ってから、ルチルはオニキスに低く呼びかけた。
すぐに返事が返ってくる。
慎重に、その問いを声に出した。
「……もしかして、オニキスならすぐにワイバーンの巣がわかるんじゃないの」
彼がエドに与えたのは、ワイバーンがいそうな場所の知識だ。
だが、サラマンダーの時のように、近くに寄れば、もっと確実に具体的な場所がわかるのではないか。
オコジョはぼりぼりとあごをかいた。
「──やれやれ、気付いちまったか」
「……黙ってたの?」
「たりめーだ。場所がわかったからって何になる。お前、自分がワイバーンに歯が立つなんて考えちゃいねえだろうな」
「それは……」
ぐうの音も出ない。確かに、オニキスとルチルがワイバーンの巣を見つけたとする。
だが、その後どうするのか。
ワイバーンを見つけられるということは、ワイバーンからも見つかる可能性が高いということでもある。
経験不足のルチルに、あとを先輩冒険者たちに引き継いで、うまく撤退できるだろうか。
「……わかった。おやすみ」
「おう、おやすみ」
ルチルは横になって灯りを消し、上掛けをひっぱって自分に被せた。




