2. 既視感
べちっと額に衝撃を感じて、ルチルは目を覚ました。
さっき起きたばっかりなのに、また起こされるだなんて理不尽だ……。
……あ。そうか。
「さっきのは、夢……」
つぶやくと、被った毛布の上に仁王立ちしたオコジョがふんすと鼻息を吐いた。
「なんだ、寝ぼけてんのか。珍しいな」
「……塔の夢、見た」
「ますます珍しいじゃねえか」
確かにそうだ。あれから数年、今ではめっきり夢にも出てこなかったのに。
ルチルは身を起こした。
薄暗い部屋に窓から日の光が差し込んでいる。確かにこれはかなりの寝坊をしたようだ。
寝台から出て、壁にかけてある質素なワンピースに手早く着替える。近所のパン屋の娘さんのお下がりだ。
髪を手で撫でつけて肩掛けのカバンを手に取る。オコジョがちょろちょろと走って、ぽんと頭の上に乗った。
「よし、なんとか間に合いそうだな」
「まあね」
あとは外の共用流しで顔を洗えば支度は完了である。
そう思って部屋から出ると、ざわめきが耳に届いた。
「デジャブ……」
ルチルの住まいはボロ長屋の一室である。
一棟に四部屋ほどが入っており、それがコの字に三棟並んでいた。
庭は共用の井戸や洗濯場、ゴミ捨て場があるのだが、その一角、大通りと面したあたりに人が集まっているようだ。
いずれにせよ、出かけるならそこを通らなければならない。
ルチルは人だかりに近づいてみた。
見慣れた住人たちがやいのやいの言っている。
輪の外側、むっつりと難しそうな顔をしているおじさんに声をかけてみた。
「何かあったんですか?」
「お、ルチルちゃんに、オニキスか。おはよう、見てみな、これ」
オコジョのオニキスは挨拶の代わりに尻尾を振った。
ルチルはおじさんに一枚の紙を渡され、目を落とす。
「えっ」
驚いて取り落としそうになった。
「おう、どした?」
オコジョが頭の上から覗いてくるので、紙を見せてやる。
「どれどれ……建て替えに付きすみやかに立ち退くように。期日は……来週じゃねえか!?」
「そう読めるよね……」
「そうとしか読めねぇな」
オコジョとうなずき合って、おじさんに向き直る。
「どうしたんですか、この紙」
「さっき若い連中が来て、配ってったんだよ。なんでも大家が急死して、後を継いだ息子の部下らしいんだが」
なるほど、それでざわざわしていたのか。
「あっ、ルチルちゃん、おはよう。オニキスも」
人々の間からこちらに気付いたおばさんが声をかけてくれた。夫婦で洗濯屋を営む奥さんである。
ルチルはこの洗濯屋ともう一つ、おばあさんが営む薬屋を手伝って給金をもらい、生活の足しにしていた。
今日は洗濯屋の日だったのだが。
「おはようございます。えっと……」
お店の方はどうしたのだろうか。そう聞きたかったのを察しておばさんは答えてくれた。
「いや、うちの店もね、地主はここの大家さんとおんなじだったもんだから。急に立ち退きって言われて、ルチルちゃんのところもなんじゃないかって見に来たんだよ」
「そうでしたか、すみません。……え、洗濯屋さんも、立ち退き?」
「それだけじゃないよ、どうもこのへん一帯、買い占めて巨大な商業施設を作るつもりみたいだ」
横から近所のおじさんが話に入ってくる。
ルチルはオニキスと一緒に難しい顔になった。
「商業施設……」
「それじゃ、建て替えが終わっても住めねえな」
「そうなんだよ」
「しかも、長屋の連中は立ち退き料もそんなにもらえないみたいなんだ」
「立ち退き料?」
ルチルには初めて聞く言葉だ。住人が口々に教えてくれる。
「そう、普通はこういう時、お金がもらえるもんなんだ。だけどさっきの男が言うには、『長屋はもともと二束三文で住まわしてやってたんだから、立ち退き料もいらないだろ』って……」
「酷い話だよ」
「身一つで放り出すってのかい」
……なんか、ものすごくデジャブを感じる。
「今朝の夢、これの予告だったのかな……」
だとしたら、もっと早めに教えてほしい。




