1. 目覚め
喧騒で目が覚めた。
ルチルは、部屋の壁にかけられた時計を見る。針が示す時間は、朝食の時間をとうに過ぎていた。
「……?」
初めてのことだった。
ルチルの時間は分単位できっちり管理されている。朝はさまざまな体調確認から始まり、食事の後は勉強と訓練を交互に、午後もそれが続いて、決まった時間にベッドに入る──といった具合である。
それが、大幅に過ぎている。
さらに、この喧騒だ。
バタバタバタと、廊下を走る音もする。それも一つでなく、先ほどから複数。
何かが起きている。
ルチルは寝間着のまま寝台からはい出し、ぺたぺたと小さな裸の足で部屋の入り口に近づく。スライド式の扉をそっと、少しだけ開けて外をうかがってみた。
「──運び出すのはそれだけか!?」
「ああ! できる限り持って行きたくはあるが、身軽なのに越したことはない」
白衣の大人たちが、そんなことを言いながら通り過ぎていった。
「あ、あの……」
呼びかけてみるが反応がない。
まるでルチルなど、姿が消えてしまったかのようだ。
何人かそれを繰り返したところで、ルチルはよく知っている人物が歩いてくるのに気がついた。
訓練の進行状況を記録してくれている女性である。
思い切って、その目の前に飛び出してみる。
「……あの!!」
「ごめんね、今構ってらんないの」
女性は短くそう返すと、ルチルを避けて去っていく。
……どうしよう。
ルチルは困り果てた。
その間にも数人が通り過ぎていった。もちろん、こちらに目をくれることはない。
誰か、話をしてくれそうな大人はいないのだろうか。
仕方なく、施設の中をさまよい歩く。
学習室の入り口では、人がとび出してきて、ぶつかりそうになった。
それも謝罪もせずに走り去っていく。
いつも大人たちが集まっている談話室も、もぬけの殻だ。
やがてルチルの足は、この施設で一番偉い人の部屋に向かった。
導師は在室だった。
しかし彼も忙しそうに、部屋じゅうの扉や引き出しを開けて片っ端からものを出している。
「あの……」
「何だ? ……ああ、お前か」
今度は無視されなかった。
「何かあったんですか?」
「何かあったか、だと?」
だが、ルチルの質問に導師は鼻で笑う。
「もう塔は終わりだ」
「えっ……」
塔とは大人が呼ぶこの施設の名である。
「終わりって……?」
「おしまいだ、おしまい。解散! あとは各自自由行動!!」
邪険に追い立てられて、ルチルは再び廊下に出た。
……おしまいって。
自由って言われても。まだ朝ご飯も食べてないのに。
そうだ、朝ご飯。
とりあえず、食堂に向かった。食べ物が用意されているかもしれないと思ったのだ。
だが、そこもがらんとしている。残されているのは未調理の食材、汚れた鍋、そして食器のたぐい。
すぐに食べられそうな保存食などもない。
(そうか、もうみんな持ち出されてるんだ)
大人たちがめいめいに荷物を手にしていたのを思い出す。
ぐうとおなかが鳴った。どうしよう。
自分には持ち出そうにも、服と毛布ぐらいしかない。
ルチルの毎日は、勉強と訓練の繰り返しで、娯楽だって共用の本ぐらいしか……
そこで、はた、と気がついた。
──スノードラゴンはどうしているだろうか。
*
「──おい、ルチル、起きろ! 寝坊だ、時間過ぎてんぞ!!」




