18. 火蜥蜴
「おいお前ら、平気か!?」
オニキスの声で我に返る。
「私は大丈夫、みんなは!?」
ルチルは首を振って周囲を確かめた。
オニキスの力を借りて構築した防御の力場は、ボウルを伏せたように全員を覆い、淡く光っている。
子供たちは目を見開いて固まっているが、とりあえず誰も怪我などはしていないようだ。力場が炎を防いだのだろう。
「な、なんですかあれ……」
冒険者が魔物を見てうめいた。ルチルも改めて、その姿を確認する。
牛ほどの大きさの真っ赤なトカゲだ。体の周囲から、ちらちらと陽炎が立ちのぼっている。
まさに、森から広場に踏み入ってきたところのようだ。
「サラマンダーだ」
オニキスが魔物の正体を見定めた。
「見た通り、火を吐く。なんでこんなところに──」
「わあっ!!」
ゴオッ。
魔物の口から火が放たれるのを今度ははっきりと見てしまった。
子供たちが悲鳴を上げてしゃがみ込む。ドームは炎に巻かれてもびくともしなかったが、巻き込まれた木の枝が、黒焦げになって落ちてくる。
「いや、とにかく逃げるぞ!」
「うん」
「おう!」
チャーリーがキティを抱えあげる。
「こっちの子は私が」
冒険者がオットーを背負おうと屈みこんだ。そのわずかな時間にサラマンダーは広場を這うように横切り、
ガンッ!
「わあっ」
「きゃあっ」
口を大きく開いて人間たちに襲いかかると、ルチルのガードに阻まれた。
「素早い……!」
「奴さん、炎じゃ歯が立たねえとみて物理で殴りに来たか」
「ど、どうするんです……」
半端な姿勢のまま、冒険者がうろたえる。
チャーリーが問い返した。
「何か攻撃はできねーのか?」
「私は斥候でして…………」
ルチルはオニキスを見る。オコジョは眉間に皺を寄せる。
「……できなくもねえが、それにゃ一度この盾を外さなくちゃなんねえ」
その会話の間にも、サラマンダーはガン、ガンと音を立てて防御に牙を立てている。
「諦めるまで待つしかないってのか」
「…………」
チャーリーの言葉に、一同に悲壮感が漂った。
……ルチルは、子供たちを見た。
自分がオニキスと二人で旅をしていた時も、このぐらいの年齢だった。
危険な魔物の気配に気付いて逃げたことも、もちろんある。
あの時みたいに、飛べたら逃げられるのに。
ルチルが借りられるオニキスの力の中には、空を飛ぶ能力もあった。
だが、全員を運べるほどの力はない。
キティは抱え上げられたままチャーリーにしがみつき、オットーは冒険者におぶわれてじっとサラマンダーを見ている。
……チャーリーだって、自分に比べたらまだまだ子供なのだ。
なのに、立派に子供たちを率いているし、自分のような駆け出し冒険者の面倒まで見ている。
ルチルはたまたま彼らに臨時報酬をもたらしたが、そんなのだって偶然だ。
それに、今日初めて出会った冒険者の男だって、よく知らないから見捨てられる、なんてことはない。
ルチルは口を開いた。
「みんな先に逃げて」
「ルチル? まじで言ってんのか?」
驚くチャーリーをまっすぐ見て、うなずいてみせる。
「うん。みんなを守りながら戦うのは、ちょっと難しい。でも、私一人ならなんとかなる」
「っ……」
子供たちは、ルチルが魔法を使えると思っている。一人でなら、勝ちの目があるように聞こえるといいのだが。
「チャーリーは、メグとか他の子も待たせてるんでしょ。無事に帰らなきゃ」
「それなら私が」
「駄目です。私じゃ、オットーを背負って走れない」
「それは……」
言葉を失う冒険者の男にも、自信ありげに請け合った。
「大丈夫。こう見えても、オニキスは強いから」
「俺かよ」
苦笑いしたオニキスが、ルチルの肩でため息をついた。
「──まあ、そういうわけだ。ここは俺らの力でなんとかする。だが、そのためにゃあまず、お前らに安全なところまで離れてもらわなきゃならない」
「オニキスまで……」
「いいかルチル、合図したら盾の力場を入れ替えろ。俺らじゃなく、あいつを囲むんだ」
「捕まえるんだね」
「ああ」
オニキスの指示を受けて、ルチルは改めてサラマンダーを見た。深呼吸する。
「──逃げる準備はできたか?」
「おう……、……絶対、無事で帰ってこいよ!」
「街に着いたら助けを呼びます、必ず」
「そっちこそ、キティとオットーのことは任せたからな」
「ああ!」
ルチルの視線の先で、サラマンダーは息を切らせて、一度力場から離れ、数歩後ずさった。
「──今だ!」
「っ、防御の盾!!」
サラマンダーの周囲がぱっと光り、先ほどまでと同じようなドームが魔物を囲い込んでいる。
「武運を!」
「また後でな!」
冒険者とチャーリーが口々に叫んで、だっと走り出す。
もはや振り返らずに、獣道を滑り降りるように二人の視界から消えていく。
それを見届けて息をつく。
サラマンダーは、がんがんと盾のドームに体当たりしていた。時折、炎の息がちらついている。
「さて……」




