心の安らぎとは?
国王は失敗の責任を取らないし、反省しない。その都度、周りの者たちが責任を取らされる。
孤児院の予算流用の件では、乳兄弟だった側近が責任を取って辞職した。
「すぐに呼び戻すから、今回だけは私のために泥を被ってくれ」
と涙ながらに、別れを惜しんだそうだ。
乳兄弟を守れない国王。忠臣に罪をなすりつける国王。
人々の記憶が薄れたら呼び戻せると思っているのでしょう? そう、うまくいくかしら。
愚かだから味方が減っていくのよ。新たな味方を見つけるのがどれほど大変かも、わかっていない。
空いた席には、わたくしの息子を支持している者たちを据えていく。急な譲位があっても回せるような土台が完成しつつあった。
一方で、三年経っても愛人の腹が膨らむことはなかった。
制度に則った側妃ではないので、王位継承権は与えられない。とはいえ、子どもなど争いの種になる。王宮に住む前の身体検査すらしていない女など、信用できない。
当然の手配であり、わたくしが「手を汚した」などと宣うものはいない。
国王を慰める愛妾という、非公式の存在がある。愛妾には既婚者が選ばれるのが暗黙の了解だ。子どもが生まれた場合、正式な夫の子どもという扱いになる。そのような受け皿があるから、目こぼしされる。
それらの方法があるにも関わらず、愛に目がくらんだ愚王に「愛の結晶」など許されるはずがない。
臣下に契約結婚をさせて、白い結婚を命じておいて召し上げる――そんな非道な国王も、過去にはいた。そんな強引な男でさえ、法や慣習に従う。権力があるからこそ、その暴走を抑止する制度に形だけでも沿わなければいけないのだ。
それを無視する者は、暴君と呼ばれる運命にある。
愛人を側に召し上げる前に説明していなかったのか、子ができないことで大げんかをしたらしい。
夫も愛人も、子どもができることを疑っていなかったのか。愛人はともかく、夫は教育を受けているはずなので呆れるばかりだ。
自分たちが恨まれている自覚も、避妊薬を盛られているという発想がないのも、実に王族らしくない。
頭がどうかしてしまったのか、わたくしに夫婦の寝室に来るようにと伝令があった。
気色悪いので「二度と致しません」と、きっぱり拒絶した。もう、何年夫婦の寝室を使っていないと思っているのか。掃除はさせているから埃はないが、気分的には「埃を被ったベッド」である。
わたくしにできる腹いせは、せいぜいこんな嫌味くらい。けれど、耐性のないお坊ちゃまには堪えるだろう。
夜になり、夫婦の寝室へ通じる扉のノブがガチャガチャと音を立てた。鍵をかけているので、開くことはないが、背筋にゾッと悪寒が走る。
……嫌味、通じているわよね?
すると側妃がほしいだの、愛妾が必要だのと言い出した。
まるで性行為を覚えたばかりの青年のように、頭の中がそれで一杯になっているのか。もう、頭が痛くなりそうだ。
「お好きになさって。ただし、きちんと規則通りの手続きを、女性の父親や夫と交わす必要があります。わたくしに相談もせずに愛人を作られたのですから、今度も勝手にやってください」
感情を揺らさずにそう返事したわたくしに、傷ついたような顔を見せた。
「以前はそなたから提案したではないか」
思わず、ペンを顔でも手でもいいから突き立ててやりたいと、発狂しそうになった。今さら、なにを!
脳みその代わりに、おが屑でもつまっているの? なぜ、ここまで踏みにじられたわたくしに、これ以上の献身を求めるのだ。愛情が残っていると思っているのか。
残っていると考えながら要求するなら、なお質が悪い。
王妃として尊重してくれていたら、職務の一環として手配してあげたわよ。
側室と愛妾の違いもわかっていないような男には過ぎたる宝でしょ。選ばれる女性が可哀想だわ。
それにこの三年間で、息子に万が一のことがあったら、大公家から養子をとる話を進めてしまった。
以前、わたくしが側妃を迎えようとしたときに、素直に受け入れておけばよかったのに。
息子を一人しか産めなかったことで、わたくしは方々から責められていた。王国の将来を考え、王妃として当然の仕事だと、涙を呑んで候補者を選んだ。
そのときに「私の愛は君だけのものだ」などと、言うものだから……その言葉に心を許してしまった。王妃という仕事だと割り切るよう、自分に言い聞かせてきたというのに。
側妃がいれば分担できる仕事も、「愛されているなら」と一人で頑張ってしまった。元老からの嫌味にも、微笑んで耐え忍べた。
あなたは、ただ物語の主人公のように、純愛に憧れていただけ。わたくしを愛しているわけではない。
愛人との仲を見せつけられて、それを認めるのは――胸をかきむしるくらい辛かった。
今さら、数年かけて側妃としての資質を見極めるなんて、面倒なことはしたくない。
それをやるくらいなら、息子の側妃候補を見つくろうわよ。結婚生活が順調にいって、側妃など必要ないのが一番だけれど。
息子がしっかり国王の仕事をすれば、王妃の仕事量もこれほど多くないはずだし。
「国王がお相手を探している」
懲りない夫は、そんな噂を社交界に流した。
本当に頭がおかしくなってしまったようだ。性行為の依存症なのかもしれない。
そんな噂が広まれば、野心家の令嬢や夫人が夜会で群がってくる。鼻の下を伸ばして喜んでいる夫に、ほとほと愛想が尽きた。
どうやら三十代も半ばにして、王妃や宰相に細々と世話をされるのが嫌になったらしい。
遅い自律心の芽生え。それで一人で考えて行動した結果が「愛人」というのが、なんとも……。
どうしたいか、何を考えているか尋ねても「君がよいと思うように」としか答えなかった青年を、どう導けば良かったのだろうか。
何度考えても、答えは見つからない。後悔しても、もう遅い。
早々に退場してもらう計画を進めよう。




