表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう重圧に苦しむ必要はございませんよ  作者: 紡里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/7

重圧からの解放

 ある日、国王の寝室から悲鳴が上がった。以前ならすぐに様子を見に駆けつけていた。

 ……いえ、同じ寝室を使っていたら、その前に気がついたわね。


 わたくしは二つ隣の王妃の部屋で、廊下を忙しなく行き交う人々の足音や声を聞いていた。

「今日は執務室まわりではなく、寝室で寝ていらしたのね」

「最近は西翼の客室にお泊まりのことが多うございます。ですが、さすがに連日致されるほどの体力はなかったのかもしれませんね」

 言外にもう若くはないのだからと言っているのだ。

「あら、不敬だわ」

「くすくす。申し訳ございません」

 侍女とそんな会話をしながら、身支度を調えた。



 わたくしはいつもどおりに朝食をとり、午前中の仕事に取りかかった。次の芸術祭の審査員をどうするか。その顔ぶれで、我が国がどんな文化を創っていきたいのかが測られる。


 夫の不調のことなどすっかり頭から抜けた頃に、宮廷医師が執務室に来た。国王は排尿時に激痛が走る病に感染したという。

「あらあら、一大事ね」

 他人事のように言うわたくしに、医師は一瞬悲しそうな眼差しを向けた。結婚前の身体検査や息子を取り上げてくれた医師には、わたくしの変化が痛々しく見えるのだろうか。


「痛み止めを処方するか否か、ご相談にあがりました」

「わたくしに相談するということは、政務に影響が出る可能性があるのね?」

「はい、その通りでございます」

 説明を始めようとした医師の言葉を、わたくしは遮った。


「では、宰相と一緒にうかがいましょう」

 わたくしがそう言うと、女官の一人が宰相補佐に伝え、あっという間に約束が取り付けられた。

 わたくしは三階から二階に降りた。二階には大会議場や国王の執務室があり、諸外国の使者なども多く行き交う。三階は、王妃の執務室や医療、福祉事業などの国内向け部署が集まっていた。

 滅多に二階に降りなくなったわたくしが、医師を連れて歩く。それだけで、人々は噂話に花を咲かせる。


「まず、陛下の最善の治療方法は、病原菌を体外に排出することです。薬草を煮出したものを飲んでいただきます。必然的にトイレの回数が増えます。

 それが辛くて耐えられないと痛み止めを求められました」

 医師がわたくしと宰相を前に説明を始める。

「その痛み止めが、相談をしなければいけないほどのものなんだね?」

 宰相が話を促した。

「はい。治療効果を落とさないことを優先した場合、副作用の少ない痛み止めは飲み合わせが悪く使えません。

 使える痛み止めは痛みを感じなくさせると同時に、思考力を落とします。困ったことに、陛下の病状が進んでおり、短期間で治療が終わりません。この痛み止めは、気持ちが楽になるという方が一定数おられ、常習性が懸念されるのです」

「つまり、痛み止めを服用している間は思考力の低下が見られ、依存症になる可能性が高いということか」

「はい。政治的に、大問題かと……」

 医師の懸念は、宮廷医師としてまっとうなものだ。


「宰相から見て、王子はどうですか?」

 わたくしの問いかけに、宮廷医師が体を硬くした。

「陛下のここ数年のお姿に危機感を覚え、いつでも立てるように精進なさっています。あとは経験を積みながら、自信をつけていけばよろしいかと」

「わたくしが数年ほど後見すれば、国政は回せるかしら」

「及ばずながら、全力でお支えします」

 それはまるで騎士の誓いのようだった。宰相の娘も婚約者として頑張ってくれている。


 わたくしも覚悟を決めた。医師と目を合わせて、はっきりと告げる。

「では、先生。陛下には、痛み止めの副作用を全て説明し、それでも求めるということでしたら処方してください」

 医師はぎゅっと唇を引き締めた。立ち上がり深く一礼してから、国王の私室へ向かった。


「国王のお相手をした方々へも連絡をしないといけませんね」

 宰相が囁くように言った。

「そうね。新聞に『心当たりがある女性は、王宮に名乗り出るように』と記事を出しましょうか。

 国王が治るけれど人に感染する病を得たためと書いたら、王家の権威が落ちてしまうかしら?」

「多少の陰りはあるでしょうが、これで野心家の家門の下心をくじくことができます。その娘は政治的な駒として使えなくなり、次の縁談が難しくなる。家名も泥を被るとなれば、緩やかに家が傾いていくでしょう。

 王子殿下が王位に就く前に、害虫のあぶり出しができますよ」

「あら、あの人も最後に役に立ったわね」

 そう軽口を叩く。


 分不相応な野心を持つ家門が、これほどわかりやすく釣れるとは。息子の代には持ち越したくない。

 とりあえず、王妃を軽んじても構わないと考えた方々に反省を促しましょうか。どう反省の意を表するか――それも試金石となるわね。


「ご病気が原因なのは、ある意味幸いですね。王子殿下に早期に即位するか、療養中の陛下の代理として動くかを選ぶ余地がありますから」

 そう宰相が言い、わたくしたちは視線を交わす。

 自分が表に立って自由に動きたい人もいれば、お飾りでも上に人がいて後ろで動く方が好きな人もいる。

「果たして、息子はどちらを選ぶのかしらね」

 話の流れで、夫か息子のことを口にする――そんな状況でわたくしは息子の話題を選んだ。


 前国王から託された、一人の青年が堕落するのを止められなかった無力感。それは、口に出さずに呑み込んだ。


 密談をした三人にはわかっていた。

 おそらく、国王は痛み止めを飲んでしまうだろう。迷いもせずに――

 それを合図に、国王が表舞台に立つことはなくなる。



 数ヶ月後、夫が愛人に暴言を吐いていたらしい。

 何もかもが狂い出したのは、愛人が図々しく王宮に乗り込んできたせいだと喚きながら。愛人を平手打ちにしたところで、近衛騎士が間に入った。

 国王が「こんなものでは気がすまない」と暴れるため、近衛騎士はやむなく羽交い締めにし、医師が鎮静剤を投与した。


 思考力が落ち、衝動的な暴力衝動を抑えられなくなっている。もう人前に出さない方がいいだろう。退位か療養かは、息子が決める。



 寝室で目を覚ました国王に、王妃は告げた。

「もう、重圧に苦しむ必要はございませんよ。愛人と離宮でのんびりお過ごしください」

 原因を作った愛人を放逐してやるほど優しくはない。お二人には、しっかり最後まで責任をとってもらうわ。愚か者への見せしめとして。


「ち、違う。大事なことは君たちが決めてしまう。だから、私だけが誇れることを探して……」

 国王はイヤイヤをする子どものように、首を横に振った。


「その結果が、これですか。我々が陛下のご意見をお伺いしたときには、何もおっしゃらなかったのに」

「それは、自信がなかったから……」

 若い頃の方が、自分を客観的に見ることができていたのかしら。


 王妃の後ろで、宰相が静かに頭を下げた。

「ご自分の欲のためではなく、国民のためにお考えいただきたかった――」


「国王である前に、一人の人間として許される行いでしたか?」

 王妃である前に、わたくしも一人の人間。心を持つ妻でしたのよ。


「あ、ああ、あぁー」

 国王の軽い嘆きは、もはや誰の胸も打たなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
飾りにすら成れなかった王、飾りにしていた事に無自覚だった王妃。ままならないね。 そして、面白いのが息子の王子が名前だけしか登場しない点。王妃にとってこの先どういう意味を持つのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ