王宮の夜会
舞踏会で、ファーストダンスを愛人が踊った。音楽が奏でられる直前に、割り込んできたのだ。
この国の貴族たちの序列を再確認する、王家主催の夜会で! 常識外れの振る舞い。良心があれば、できるはずないこと。
ああ、この娘は父親が隠居してから、叱ってくれる者がいないのだ。
国王は、わたくしをチラリと見て、許しを求めた。馬鹿か。
優しく嗜めて「若い娘の戯れ」だと収めるとか、いろいろな方法があるでしょうに。……思いつかないから、捨てられた子犬のような目をしているのね。
わたくしが代わりに嗜めて、「陛下は世代が異なる方々からも慕われておいでですね」と茶番劇に落とし込むことはできる。愛人がそれを予想して「ひどい王妃」と泣き出したら、わたくしが悪役にされてしまう。
踊っても踊らなくても、得をするのは愛人だなんて――冗談ではない。
わたくしは宰相と踊ることにした。
「待て。なぜ、宰相を誘うのだ」
「陛下がその方のお誘いを断らないからです。わたくしが壁の花をしていたら、いい笑いものでしょう」
愛人はわたくしを笑いものにしたくて、仕掛けてきたのだろう。何でも要求を叶えるなんて、舐められて、つけあがらせるだけよ?
「あら、宰相閣下はダンスがお上手なのね」
「若い頃は妹の練習に付き合わされたものですよ」
「そういえば、貴公子として人気がありましたものね。妹さんを含めた数多の淑女に、磨かれたのではなくて?」
申し訳ないけれど、当時を知らない若い子たちに言っても信じてもらえない気がする。
「忙しくなると痩せる人もいれば、私のように太る人もいる。ストレス太りと申しましょうか」
「……そうね。愚かな人に仕えるのは大変だわ」
しみじみと同情してしまう。
「王妃陛下はお痩せになられた。たまには甘いものでも楽しんでください」
「ふふ、そうしましょうか。今度、女官や侍女たちとお茶会でもしようかしら」
「部下に独身の者がおります。その者たちも参加させていただけると嬉しいですな」
「それでは、宰相もいらっしゃいな。寡夫でいらっしゃるでしょ」
「もしご縁があるなら――正直なことを申せば、家政を見ていただきたいのです。
王妃陛下にお仕えする方々は、魅力的ですが働くのが好きでいらっしゃる。難しいですね」
「あらあら。残念だわ。いえ、仲を取り持って退職されたら困るわね」
「横暴な上司ですなぁ」
子どもに手を焼くような、やれやれ困った人だという雰囲気を出された。この人はいい父親なのだろう。
「あなたに言われたくはないわ。仕事中毒の集団の親玉のくせに」
「残念ながら、反論ができません」
「改善する気がないのでしょ。口先だけね」
くすくすと笑いがこみあげる。
「あと数年もしたら息子が結婚するでしょうから、家政を見てくれる人がほしいというのは冗談ですよ」
「なんて方なの? 会話の前提をひっくりかえすなんて」
わたくしが目を見開いたことに、観客たちがざわついた。真面目な政策の話ではなく、なんてことはない掛け合いなのですけれど……。
「何をしても、勝手に推測して、好きなように噂をするものですよ」
宰相がウインクをして寄越した。その仕草に、かつて「貴公子」と呼ばれた男の面影が垣間見えた。
人々の視線は正直だ。国王ではなくわたくしたちを目で追っている。
何を話しているのかも気になるだろうが、宰相が十年前に流行ったステップを時々入れてくるのだ。その当時を懐かしがる人もいる。若い人は、初めて見たステップを真似しようか考えている。
流れるように美しく踊れる愛人を、賞賛する人もいるだろう。だが、教科書通りの踊りなど、すぐに見飽きてしまうもの。その若さに舌なめずりする殿方ならともかく――
わたくしは夫に見向きもされない哀れな王妃ではない。若い娘にしか相手にされない国王が哀れなのだ。
そんなふうに噂されることを願って、わたくしたちは二十年前に流行した最後のポーズを決めた。宰相は期待の新人として国政に関わるようになり、わたくしは社交界に憧れてレッスンを重ねていた頃だ――




