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もう重圧に苦しむ必要はございませんよ  作者: 紡里


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3/7

王妃の思いやりと反作用

 宰相は大きなお腹を揺らして階段を上り、女官たちの部屋に足繁く通う。

 宰相補佐たちは、部屋が分かれて不便になったけれど、王妃と連携が取りやすくなったと言ってくれた。宰相は来たついでに、わたくしとも雑談を交わす。


「息子の教育はどれくらい進んでいますか?」

 わたくしは王妃教育を受けただけなので、帝王学はわからない。夫が息子の教育に関心を示さなくなったため、宰相に管理を任せている。

「殿下はとても聡明ですよ。陛下のなさりように心を痛めていらっしゃる」

「人前に立つ覚悟のほどは?」

「……愚か者より、若輩の方がましだろうとおっしゃいました」

「なかなか辛辣ね。――ならば、動きましょう」



 国王は、時折体調が悪そうな様子が見られるようになった。

 心配する声がわたくしのところにも届いたが、「陛下はお若い方のお相手で、お疲れなのでしょう」と意味深に返してやる。

 相手は赤面しながら、納得して帰って行く。若い愛人がいて羨ましいという評判を、「年甲斐もなく」というイメージに塗り替える。


 だから、医師を呼ぼうという話には繋がらなかった。

 中には、王妃が騒ぎ立てるなと言っていると解釈する者もいた。「王妃は国王を見限ったらしい」という噂がまことしやかに流れた。



 不調が長引いてから国王は、ようやく宮廷医師を呼んだそうだ。医師は、滋養強壮剤を置いていったらしい。一時的には活力を与えるけれど、根本的な解決にはならない飲み物だ。


 それを聞いたとき、わたくしは今まで世話を焼きすぎていたと反省した。

 国王は、自分の体調不良への対応がわからないのだ。彼が自覚する前に、わたくしたちが医師を呼び、薬の効果を見極めて再度医師に相談する。

 それを当然のこととして受けていた彼を、突然荒野に放り出したようなものか。ほんの少し、今さら無責任だろうかと悩んだ。

 けれど、彼は幼子ではない。彼自身が選んだ「最愛」も側に侍っている。

 押しつけられた政略結婚の相手などが出しゃばるべきではないだろう。控えめにするのが淑女というもの……。


 こんな理論武装をしているわたくしは、なんと中途半端なのだろう。そうしないと罪悪感から世話を焼きそうになる。懲りない自分が嫌になってくる。


 わたくしはもう、彼の体調に合わせた薬など手配しない。朝晩の顔色や食事の量を観察して、必要なハーブを組み合わせたお茶を出すこともない。

 夫の執務室に近づいて、愛人と鉢合わせするなんて、考えるだけでもゾッとする。


 二階で働いている者たちに聞いた話では、愛人は物語の主人公のように振る舞っているという。

 愛のない結婚から、国王を救い出す。王妃を哀れみ、申し訳ないと言っているそうだ。

 実際は贅沢を享受し、怠惰に暮らしている。

 あんな男は惜しくもない。問題は、国家予算をどうするかだ。



 国王は医師にかかるほどではないが、体調が優れないという状態になることが多いようだ。体調を崩しても「思い知ったか」としか思えない。

 だが、もし、ハーブティーに……わたくしの思いやりに気付いて、「また淹れてくれないか」と言われたらどうしよう?

 そんなことを考えたが、時間の無駄だった。一度も乞われなかった。

 彼にとっては、大きなお世話だったのかもしれない。


 結婚してから十年ちょっと。婚約時代も含めて、彼の体調や摂取した物の効果を書き留めた手帳。

「書かなくなってから随分経ったわ。要らないわね。捨ててちょうだい」

 女官長なら、人目に触れることがないように徹底的に破棄してくれるだろう。

「……いいえ。これは大切な記録です」

 女官長は受け取ったものの、廃棄すべきではないと反論した。

「必要とされていないのよ。もう、二度とページをめくることもないわ!」

 思わず鋭い声が出た。要らないのは体調管理の記録というより、「わたくしの気遣い」なのだ。

 なぜ、こんな感情的になってしまうのだろう。こちらから捨ててやると思っているのに。過去の愛情が、記憶が――未練がましく、心の隅にこびりついている。


「王妃陛下。天候と体調の関係などの記載は、研究といえるレベルの貴重な資料です」

 この忠義者は、主であるわたくしへの侮辱に、わたくし以上に腸が煮えくり返っているようだ。一瞬怯んでしまうほど、昏い目をした。何か企んでいるのではと不安になる。

「ご下賜いただければ……責任を持って有効活用いたします」

 女官長は言葉を選んでいるが、悪用しそうな危険な雰囲気だ。


 冷静になってみれば、国王の体調の記録など、国家機密の一つである。

「与えることはできませんが、この部屋で読むことは許します」

 ああ、中途半端な妥協点だ。手帳がわたくしの執務室にあれば、何か起きたときに女官長へ疑いは向かない……はずだ。少なくとも、手元に置いておくのはいけない。

「ありがとう存じます」

 女官長はいつもの顔に戻り、軽く頭を下げた。


 もしかしたら、わたくしも「仕えるに値する主人」かどうか、見極められているのだろうか。

 ――復讐に囚われて、堕ちていないか。王妃であることを忘れていないか。

 試されているのかもしれない。


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