あなたの尻拭いは致しません
ある会議で、国王が公爵に対して失言をした。
わたくしが取りなさなかったので、公爵の怒りはその会議を仕切っていた貴族に向かった。国王が取り立てようとしていた、愛人の実家だ。
愛人の実家に手柄を立てさせようと、成功したら一躍時の人になれる、運河の護岸工事の会議を任せた。
馬鹿ね。
それで評価が上がるということは、それだけ難しい舵取りだということよ。流域の領主、現在陸での輸送を生業にしている事業者、戦争が起きたときにどう利活用するか……利権が絡んで一筋縄ではいかないのだ。
国王の「利益を受ける領地だから費用を負担するのは当然だ」という態度が、公爵を怒らせた。
「現在、川の問題で困っているのは我が領地ではありませんからな」
それでも協力しようとしていたのですが、と公爵は国王と愛人の父親を睨みつけた。
陸の輸送で栄えているのは公爵の妻の実家だし、公爵はわたくしの伯父。愛人の台頭を嘆いてくれている一人なのだ。
高位貴族として協力してもいいし、領主としての利益を追求してもいい。そんな流動的な立場を取っていた一人だった。
国王には、公爵をなだめるだけの手札もなく、話術もない。
愛人の父親は、国王が庇ってくれなければ、吹けば飛ぶような弱小貴族だ。護岸工事の話が一向に進まないことを他方面から責められ、当主を退くから矛を収めてくれと公爵に土下座するしかなくなった。
愛人の兄には政治力は備わっておらず、当主になったが、王宮での権力を維持できなかった。
令嬢がその美貌で国王を虜にしたまでは良かったが、その先の行動が穴だらけ。
これが「側妃」であったなら、国の評判に影響するので、没落しないようにわたくしは手を回しただろう。
ところが、ただの愛人だ。没落するならすればいいし、勘違いして大きな顔をしないよう躾ける手間も省けるというもの。
愛人の実家が引っ込んだ途端、公爵は護岸工事の話を進めた。川も陸も荷物を運ぶ同業者。苦手分野を補い合い、敵ではなく共存していきましょうと。
露骨すぎます、伯父様……。
国王はしばらく経ってから、愛人の実家を弱体化させる計画だったのではと疑いを持った。
「彼女を傷つけるために、お前が諮ったのか」とわたくしを責めた。
「彼女とは?」
と、とぼけて聞き返す。人称代名詞だけで通じると思っているのが、おかしい。あなたの「唯一」とでも言うつもりかと、鎮めたはずの怒りが鎌首をもたげる。
「……あなたの『お客様』のご実家のことでしたら、あなたの依怙贔屓のせいでしょう。
彼女の父親がどのような失言をするか、誰を怒らせるか、わたくしに予想できまして?」
と返してやった。
ぐうの音もでないようだ。妙な、歪んだ顔がおかしかった。
あなたなんか、大嫌いよ。
いいえ、駄目だわ。憎しみに心を乱されてはいけない。「どうでもいい」という心境までいかないと。
一歩引いて眺めてみれば、こんな男のどこを愛していたのだろうと疑問が湧く。王妃になることが決まってから、愛そうと努力した結果かもしれない。片目を瞑り、見ないふり、気がつかないふり、傷つかないふり……。
あなただけ、心のままに誰かを愛するなんて、ズルいわよ。
外交のパーティーでも、国王は失敗をする。異なる宗教の話など、わざわざ話題にする必要はないのに。
それについては、すかさずフォローをした。だって、息子が王位に就いたときに、不利になってしまうのは困るでしょう?
一週間ほど宗教学者を呼んで、国王に集中講義をしてもらった。その学者は大学院で授業を担当しているため、時間は夜間だ。
該当する宗教の食事を夜食に出し、きっちりと受講してもらう。愛人が邪魔をしに来たら、一緒に受講させるよう護衛に伝えた。
もし二人で講義を抜け出そうとしたら、その宗教に則った刑罰を与えてよいと伝えたら、学者はとても嬉しそうにしていたそうだ。
たまには国王が徹夜して、わたくしがぐっすり眠る夜があってもいいと思う。
ところが残念なことに、そういうときに限って、興奮しているのか寝付きが悪かった。だって、ようやく一矢報いることができたかもしれないのですもの。
けれど、宗教学者や護衛が「国王」に抵抗できているか心配でもあった。国王の権力を振りかざして、逆に彼らを処刑などされたら堪らない。
心配で早起きしたわたくしを見て、侍女がなんとも言えない顔をした。
後で聞いたのだけど、宰相補佐たちは交替で残業しながら、物音を気にしてくれていたそうだ。それを知っていたら、もっと安心できたかもしれない。
いえ、待って。徹夜で仕事させるなんて、駄目よね?
国王と愛人をぎゃふんと言わせたいだけなのに、周りに迷惑をかけることになっている。
もう、本当にどうしたらいいのかしら。
王妃の立場では、国王を罰することはできない。支えるのをやめて、じわじわと揺らいでいくのを見届けるだけ……。




