ep.7 湿舌
朝、いつものように靴を履き替える。
騒がしい声がする。
「ジャンケン勝っただろー。今日の昼奢りな!」
「そんなん聞いてねぇよ!」
...真田と斎藤だ。
いつも通りな彼らに混ざって、教室まで行く。
教室に入ると、巡の席に怜が座っている。
怜がこちらを見た。
怜の表情が、
一瞬だけ凍りついたように固まる。
「おはよう、怜」
そう声をかけるが、いつものような返事はない。
「...怜?」
肩を叩きながら声をかける。
怜はハッとして答える。
「...あ。おはよう、みんな」
「なんだ〜、俺らのこと忘れたかと思ったわ」
斎藤が張り詰めていた空気を緩める。
怜はいつもの笑顔で接していたが、
その笑顔が作られてたものであると気づいたのは
巡だけだっただろう。
教室にいつもの空気が戻る。
担任が入ってきて、
HRが始まろうとしていた。
急に怜に袖を引っ張られる。
指先が白くなるほど、
強く。
「放課後、屋上」
無機質にそれだけ伝えたあと、
つかんでいた指は離された。
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屋上に着くと、
怜が風にその髪を靡かせて待っていた。
「で、どうした」
怜を探るように問う。
「朝、楽しそうにしてた」
意味が分からない。
いつも通りに接してたはずだ。
「巡、前言ったよね。ボクだけを見てくれるって、恋人気分でいいって」
肯定はしない。
ただ、否定もできなかった。
「大丈夫、怜が1番だから」
言ってしまった。
こう言えば、こんな嫉妬から抜けられると思った。
怜の瞳から、
ふっと熱が抜けた。
「...いちばん。...ボクが、1番。...えへへ。なんだかおなか空いてきちゃった、帰ろっか」
先程までの険しさは微塵もなく、
ただ、蕩けるような笑みがあった。
巡はホッとして、怜の後を追った。
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翌日
巡が席に着き、授業の準備を始める。
ふと、手元のペンケースに手をやる。
あるはずの四角い感触がない。
怜の仕業か。
そう思い怜の方に目を向ける。
目が合う。
怜はイタズラが成功した子供のように口角を上げ、
その消しゴムを自らの胸ポケットにしまう。
イタズラは、
時間を追うごとにエスカレートしていく。
怜の過剰なまでの束縛と独占欲は、
少しずつ巡の生活に影を落とし始めた。
怜は奇妙な高揚感を感じていた。
自分が、巡の思考を支配しているという感覚。
休み時間になり、
教室がざわつき始める。
「昨日借りたノート返すわ」
真田からノートを受け取る。
それと同時に、
焼き切れんばかりの視線も感じる。
「ありがと。えーと、、うまく言えないけど、夜道には気をつけろよ」
巡自身、
何を警戒してそんな言葉が出たのか分からなかった。
「なんじゃそりゃ」
真田は少し首をかしげつつも、
席に戻る。
息を整えるまもなく、
怜が隣に来る。
「夜道に気をつけろ?それってボクから真田を遠ざけようとしてくれてるの?それとも、ボクを怒らせないための、嘘?」
怜の瞳の奥で、
狂気と期待が混ざり合って火花を散らす。
「1番がいるなら2番もいていいだろ。怜だけとしか関われないなら私生活終了だって」
とてつもない重圧のなかで、
苦し紛れに言う。
「そっか。じゃあ、明日、巡の机の中にイタズラしておくから。ボクが巡の1番の理解者だって思い知らせてあげる」
ジメジメとした不快な風が流れる。
怜は
巡の瞳の奥にある何かを
ゆっくり舐め取るみたいに見つめていた。




