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巡る風  作者: Tachun
8/8

ep.8 悪風

翌朝。


教室の扉を開けた瞬間、

空気がざわついているのが分かった。


「……なんだあれ」

「巡の机だよな」

「秋月くんって……」


視線が全部、

一か所に集まっていた。


巡はゆっくり自分の席を見る。


そして、止まった。


机。


その上に、ノートが一冊。


そのノートには写真が隙間なく貼られていた。


全部、自分だった。


廊下を歩いている姿。

窓際で寝ている姿。

購買でパンを選んでいる姿。

友人たちと話して笑っている姿。


知らない。


こんな写真、

撮られた覚えがない。


ノートに少しばかり残された余白には、

黒と赤のマジックでぐしゃぐしゃに文字が書き殴られている。


『怜のもの』


『怜のもの』


『怜のもの』


ページをめくる。


全部同じだった。


途中から文字は歪み、

インクが滲み、

紙が破れかけている。


教室中が静まり返っていた。


その静寂の中、

窓際の席では、

これを仕掛けたであろう人物が頬杖をついて外を眺めていた。


こちらに気付くと、

カバンからカメラを取り出して、こちらに向けた。


その姿には、昨日までのいたずら好きな少年の面影はなく、

冷徹なサディストのようだ。


ポケットのスマホが振動する。


『......おはよ、巡。......みんなが見てるね』

『...みんなどう思ってるのかな、「巡くんってそういうことするんだ」...「なんか気持ち悪い」...。』

『早くボクの所においでよ、助けてあげる...。』


だが、巡は異様な空気と現状を前に、

どうしてか冷静であった。


何事もなかったかのようにノートを閉じ、

怜のもとへ行く。


怜の瞳から冷笑の色が抜け落ちていく。


彼の脳内では、巡が慌てふためくか、

あるいは自分に泣きついてくるというシナリオが出来上がっていたのだろう。


「ちょっ、ちょっと。...なんでそんなに普通なんだよ!みんな見てるんだぞ!」


慌てふためく怜を尻目に、いつも通りの声色で話しかける。


「これ、やったの怜?」


怜はハッとして、落ち着こうとして、ゆっくり頷く。


教室がまたざわめく。


「え、マジで?」

「怖……」


そんな声が聞こえる。


「真田とすごい楽しそうだったから」


その声は静かだった。


静かすぎて、

逆に怖かった。


「だから、ちゃんと分からせないとなって」


巡はしばらく何も言えなかった。


妙な感情が胸に広がる。


教室の視線が痛い。


けれど一番傷ついているのは、

多分怜の方だった。


巡は小さく息を吐いた。


そして、

ノートを閉じる。


「怜」


「なに?」


「お前さ」


一歩近づく。


怜の肩が小さく揺れた。


「これ、俺が恥かくと思った?」


怜が固まる。


「え……」


「お前の方がやばいだろ」


教室が静まり返る。


怜の顔から、

ゆっくり血の気が引いていく。


「盗撮して、

ノートまで作って、

 教室に置いて」


巡は怜を見つめた。


怜の唇が震える。


「ち、が……」


「違わないだろ」


初めてだった。


怜が、

本気で怯えた顔をしたのは。


「……ごめ、」


かすれた声。


「ごめんなさい……」


怜は震えていた。


「ごめんなさい......」


もう一度。それしか言えないみたいに。


教室の空気が張り詰める。


「......見捨てないで」


かわいそうだと思った。


同時に。


ーーー嬉しい。


そんな感情が、

確かにあった。


自分だけを見て、

ここまで壊れている人間がいる。


その事実が、

どこか甘かった。


教室に担任が入ってきてこちらに気づいた。


「……はぁ」


巡は頭を掻く。


「先生すみません。ちょっとこいつに頼んでたことあって、それ関連で揉めただけです」


担任はため息をつき、HRの準備を始める。


それから周囲を振り返った。


「まぁ、なんか……

 怜が変なテンションだっただけだから」


無理やり笑う。


「気にすんなって、いつもの彼氏ムーブでしょ!」


斉藤の一言が、

教室の空気を少し緩ませた。


「いや気にするだろ……」

「でも本人らがいいなら……?」


ざわざわと声が戻り始める。


怜はゆっくり顔を上げた。


その目には、

救われたみたいな色が浮かんでいた。


「……巡」


「次からはやめろよ」


そう言うと、

怜は何度も頷いた。


けれど。


その瞳の奥で、

何かがさらに深く沈んでいくのを、

巡は見てしまった。


---

放課後。


誰もいない廊下を歩きながら、巡はぼんやり考える。


普通なら、

距離を置くべきなんだろう。


なんなら、縁を切ってもおかしくない出来事だ。


なのに。


怜を拒絶する想像が、

妙に苦しかった。


窓の外を見る。


夕暮れの空が赤い。


その赤色が、

なぜかひどく落ち着いた。











気づけば、

口元が少しだけ笑っていた。


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