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巡る風  作者: Tachun
5/8

ep.5 凩

「はい、こちらアイスコーヒーでーす」


「ありがとうございまーす!」


教室のあちこちから声が飛び交う。


「ちょっと呼び込み行ってきて〜」


「紅茶在庫大丈夫?」


「次のシフトの人たち遅い!」


文化祭特有の、

少し浮ついた熱気。


喫茶店になった教室は思った以上に繁盛していて、

休む暇もなかった。


「巡、次3番テーブル!」


「今行く!」


トレーを持って振り返ると、

入り口付近で女子グループが騒いでいるのが見えた。


「あの人じゃない?」

「普通にかっこよくない?」


嫌な予感。


「写真お願いしていいですかー?」


案の定だった。


「えぇ……」


巡が困った顔をすると、

周囲が笑う。


「人気者じゃん」

「接客担当エース〜」


真田が茶化す。


その横で。


怜だけが静かだった。


「怜?」


呼びかける。


怜は数秒遅れてこちらを見る。


「あ、ごめん。

 聞いてなかった」


笑っている。


でも、

笑顔が少し硬い。


女子たちはそんな空気に気づかず、

スマホを構えていた。


「お願いします!」


「一枚だけなら」

巡が苦笑しながら並ぶ。


その瞬間。


ぱし、と。


怜が巡の腕を掴んだ。


教室の空気が少し止まる。


「……怜?」


怜は俯いていた。


前髪で表情が見えない。


「怜?」


もう一度呼ぶ。


すると怜は、

ゆっくり顔を上げた。


「ボクも撮る」


にこりと笑う。


教室の空気が一気に緩む。


「なんだそっちかよ!」

「びっくりした〜」

「いつも通りだったわ」


斎藤が大袈裟に胸を撫で下ろした。


怜は巡のすぐ隣へ立つ。


肩が触れる。


いや、

ほとんど密着していた。


「近くね?」


「いいじゃん別に」


怜は笑う。


その声は明るい。


けれど。


腕を掴む指先だけが、

少し痛いくらい強かった。


---


写真を撮り終えたあと。


「巡ってほんと人気あるよね」


準備室で紙コップを並べながら、

怜がぽつりと言った。


狭い部屋。


段ボールと備品の匂い。


外の喧騒が少し遠い。


「別に普通だろ」


「普通じゃないよ」


怜は笑う。


「みんな巡のこと好きじゃん」


その言い方に、

妙な引っかかりを覚える。


「お前もだろ」


冗談半分で返す。


すると怜は、

少しだけ黙った。


「……うん」


静かな声。


「好き」


空気が止まる。


文化祭の騒がしさだけが、

遠く聞こえていた。


怜は俯いたまま続ける。


「だから、

 取られたくない」


巡の喉が乾く。


冗談にできない声だった。


「怜」


名前を呼ぶ。


怜は顔を上げた。


その目は、

真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐだった。


「ねぇ巡」


一歩近づく。


狭い準備室。


逃げ場がない。


「文化祭終わっても、

 ずっと一緒にいてよ」


その瞬間。

巡の脳裏に、

どこか聞き覚えのある声が聞こえた。


“......でも......て......もんか”


急な出来事に、頭がずきりと痛む。


「っ……」


思わず壁へ手をつく。


怜が慌てて近づいてきた。


「大丈夫!?」


触れられる。


一体なにが起こったのかわからない。


また冷たい風が吹いた気がした。


準備室の窓は閉まっているはずなのに。


「……巡?」


怜の声。


近い。


近すぎる。

巡は息を整えながら、

無理やり笑った。


「ちょっと疲れただけ」


「ほんと?」


「ほんと」


怜はしばらくこちらを見ていた。


やがて、

小さく微笑む。


「ならいいけど、休憩なら委員長に言っておくよ」


その笑顔は、

文化祭の喧騒から切り離されたみたいに静かだった。


外では、

誰かの笑い声が響いている。


その声は、

巡には届いていなかった。

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