ep.5 凩
「はい、こちらアイスコーヒーでーす」
「ありがとうございまーす!」
教室のあちこちから声が飛び交う。
「ちょっと呼び込み行ってきて〜」
「紅茶在庫大丈夫?」
「次のシフトの人たち遅い!」
文化祭特有の、
少し浮ついた熱気。
喫茶店になった教室は思った以上に繁盛していて、
休む暇もなかった。
「巡、次3番テーブル!」
「今行く!」
トレーを持って振り返ると、
入り口付近で女子グループが騒いでいるのが見えた。
「あの人じゃない?」
「普通にかっこよくない?」
嫌な予感。
「写真お願いしていいですかー?」
案の定だった。
「えぇ……」
巡が困った顔をすると、
周囲が笑う。
「人気者じゃん」
「接客担当エース〜」
真田が茶化す。
その横で。
怜だけが静かだった。
「怜?」
呼びかける。
怜は数秒遅れてこちらを見る。
「あ、ごめん。
聞いてなかった」
笑っている。
でも、
笑顔が少し硬い。
女子たちはそんな空気に気づかず、
スマホを構えていた。
「お願いします!」
「一枚だけなら」
巡が苦笑しながら並ぶ。
その瞬間。
ぱし、と。
怜が巡の腕を掴んだ。
教室の空気が少し止まる。
「……怜?」
怜は俯いていた。
前髪で表情が見えない。
「怜?」
もう一度呼ぶ。
すると怜は、
ゆっくり顔を上げた。
「ボクも撮る」
にこりと笑う。
教室の空気が一気に緩む。
「なんだそっちかよ!」
「びっくりした〜」
「いつも通りだったわ」
斎藤が大袈裟に胸を撫で下ろした。
怜は巡のすぐ隣へ立つ。
肩が触れる。
いや、
ほとんど密着していた。
「近くね?」
「いいじゃん別に」
怜は笑う。
その声は明るい。
けれど。
腕を掴む指先だけが、
少し痛いくらい強かった。
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写真を撮り終えたあと。
「巡ってほんと人気あるよね」
準備室で紙コップを並べながら、
怜がぽつりと言った。
狭い部屋。
段ボールと備品の匂い。
外の喧騒が少し遠い。
「別に普通だろ」
「普通じゃないよ」
怜は笑う。
「みんな巡のこと好きじゃん」
その言い方に、
妙な引っかかりを覚える。
「お前もだろ」
冗談半分で返す。
すると怜は、
少しだけ黙った。
「……うん」
静かな声。
「好き」
空気が止まる。
文化祭の騒がしさだけが、
遠く聞こえていた。
怜は俯いたまま続ける。
「だから、
取られたくない」
巡の喉が乾く。
冗談にできない声だった。
「怜」
名前を呼ぶ。
怜は顔を上げた。
その目は、
真っ直ぐすぎるくらい真っ直ぐだった。
「ねぇ巡」
一歩近づく。
狭い準備室。
逃げ場がない。
「文化祭終わっても、
ずっと一緒にいてよ」
その瞬間。
巡の脳裏に、
どこか聞き覚えのある声が聞こえた。
“......でも......て......もんか”
急な出来事に、頭がずきりと痛む。
「っ……」
思わず壁へ手をつく。
怜が慌てて近づいてきた。
「大丈夫!?」
触れられる。
一体なにが起こったのかわからない。
また冷たい風が吹いた気がした。
準備室の窓は閉まっているはずなのに。
「……巡?」
怜の声。
近い。
近すぎる。
巡は息を整えながら、
無理やり笑った。
「ちょっと疲れただけ」
「ほんと?」
「ほんと」
怜はしばらくこちらを見ていた。
やがて、
小さく微笑む。
「ならいいけど、休憩なら委員長に言っておくよ」
その笑顔は、
文化祭の喧騒から切り離されたみたいに静かだった。
外では、
誰かの笑い声が響いている。
その声は、
巡には届いていなかった。




