ep.4 疾風
文化祭準備期間というものは、
普段の教室を少しだけおかしくする。
机は端へ寄せられ、
床にはダンボールや絵の具が散乱し、
いつもは寝ているやつまで妙に騒がしい。
「そこテープ足りてねぇって!」
「誰かハサミ取ってー!」
教室中がそんな声で溢れていた。
巡は脚立に乗りながら、
天井へ紙飾りを貼っていく。
「おーい巡、
曲がってる!」
下から真田が叫ぶ。
「マジ?」
「右!もっと右!違う左!」
「どっちだよ!」
教室に笑い声が広がる。
その時。
ぐい、と制服の裾を引っ張られた。
見下ろす。
怜だった。
「危ないから降りて」
「いやこれ貼んないと終わんねぇ」
「落ちたら?」
「落ちねぇよ」
「でも嫌」
真顔だった。
巡は少し困ったように笑う。
「心配しすぎ」
「する」
即答。
その言い方が妙に真っ直ぐで、
少しだけ空気が止まる。
「はいはい、
彼氏面やめろー」
斎藤が茶化した瞬間、
怜がものすごい勢いで振り返った。
「違うし!」
「反応早っ」
また笑い声。
怜は顔を赤くしながら、
不満そうに巡の脚立を支えていた。
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放課後。
残ったメンバーで買い出しに行くことになり、
四人は駅前を歩いていた。
「予算足りんのかな」
「まぁ最悪なんとかなるだろ」
「その“なんとかなる”で毎回終わるよね」
斎藤のツッコミに、
真田が笑う。
「確かに、便利な言葉だな」
その少し後ろ。
巡と怜は並んで歩いていた。
「……ねぇ」
怜が小さく言う。
「ん?」
「文化祭終わったらさ」
怜は前を向いたまま、
少しだけ笑った。
「なんか、
終わっちゃいそうだね」
「何が」
「今の感じ」
夕方の風が吹く。
どこか寂しい匂いのする風だった。
巡は少し考える。
「別に終わんねぇだろ」
「そうかな」
「卒業したって、
遊ぶやつは遊ぶし」
怜は黙る。
その横顔が、
少しだけ大人びて見えた。
「……そっか」
小さく呟く。
その声には、
安心と、
どうしようもない不安が混ざっていた。
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文化祭当日。
教室は大騒ぎだった。
「おい接客行け接客!」
「写真撮るな働け!」
喫茶店仕様になった教室を、
生徒たちが慌ただしく走り回る。
「巡〜」
怜が制服の袖を引っ張る。
「ネクタイ曲がってる」
「朝ちゃんとやったぞ」
「動いてるうちにズレたんでしょ」
怜はそう言いながら、巡のネクタイへ手を伸ばした。
近い。
ふわりとシャンプーの匂いがする。
「……お前、
距離感近いって」
「今さら?」
怜が笑う。
その瞬間。
教室の外から、
女子たちの声が聞こえた。
「あ、巡いた」
「写真撮っていい?」
怜の手が止まる。
空気が、
少し冷えた気がした。
「いいじゃん撮ってあげれば」
真田が軽く言う。
けれど。
怜は笑っていなかった。
その目だけが、
静かに女子たちを見ている。
ひどく冷たい目だった。
「……怜?」
巡が呼ぶと、
怜ははっとしたように笑った。
「ん? なに?」
いつもの声。
いつもの顔。
でも。
ほんの一瞬だけ。
教室に、
あの冷たい風が吹いた気がした。




