ep.2 空風
昼休みの屋上は、妙に静かだった。
フェンスの向こうで、春の空が白く霞んでいる。
巡は鉄の扉を閉めると、小さく息を吐いた。
「……で、大事な話って?」
屋上の端。
フェンスにもたれた怜が、ゆっくり振り返る。
風が吹いて、白っぽい髪が揺れた。
「ちゃんと来るんだ」
「来いって言ったのお前だろ」
「それでも」
怜は少し笑う。
けれど、いつもの馬鹿にするような笑い方ではなかった。
落ち着かない沈黙。
遠くで体育の笛の音が聞こえる。
怜は視線を逸らしたまま、小さく呟いた。
「……最近さ」
「ん?」
「真田と仲良すぎじゃない?」
「は?」
思わず変な声が出た。
怜はむっとした顔でこちらを見る。
「だから、その……なんか嫌なんだけど」
「なんだそれ」
「別に」
怜はすぐそっぽを向く。
耳だけ赤い。
その顔を見た瞬間、巡は妙に面白くなってしまった。
「あー、嫉妬?」
「ちがっ……!」
怜が勢いよく振り返る。
けれど言葉が続かない。
その反応が、答えみたいなものだった。
少し、ほんの少しだけからかってやるつもりだった。
友達が奪われるのが嫌なのだろう、それぐらい位に思った。
巡は数歩近づく。
「怜」
「……なに」
「俺が他のやつと話してるの、そんな嫌?」
怜の喉が小さく動いた。
フェンスを掴む指先に力が入る。
「……嫌、だよ」
消えそうな声。
その瞬間だった。
胸の奥で、何かがひどく満たされた。
誰かにこんなふうに求められることなんて、今までなかった。
だから巡は、
少しだけ悪い笑みを浮かべた。
「じゃあ怜だけ見てれば満足?」
怜の呼吸が止まる。
風が吹いた。
長い髪が揺れる。
怜はしばらく何も言えなかった。
やがて、逃げるみたいに顔を伏せる。
「……ずるい」
「何が」
「そういうこと平気で言うの」
震える声だった。
その声を聞いて、
巡は初めて理解する。
あぁ、こいつ。
本気なんだ。
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それからだった。
怜が、前よりずっと近くなったのは。
朝、教室に来れば隣の席に座っている。
帰り道も当然みたいについてくる。
購買へ行けば腕を引っ張られるし、
真田たちと話していれば、
いつの間にか怜が間に入っている。
「お前さぁ、最近ほんと巡好きだな」
ある日、斎藤が笑いながら言った。
「は!? 別に!」
「いや顔真っ赤じゃん」
「うるさい!」
教室に笑い声が広がる。
その中で、
怜だけが一瞬こちらを見た。
その目は、
冗談みたいな空気の中なのに、
妙に真剣だった。
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放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、
真田が隣にしゃがみこんだ。
「最近どうなん、怜と」
「どうって?」
「いや、付き合ってんのかなって」
「違うだろ」
「ふーん?」
真田がにやつく。
その時だった。
背後から、
妙な視線を感じた。
振り返る。
人混みの向こう。
怜が立っていた。
笑っていない。
ただじっと、
こちらを見ていた。
目だけが、
異様に冷たかった。
「……怜?」
声をかけた瞬間、
怜ははっとしたように笑った。
「なにしてんのー?」
明るい声。
けれど、
何かがおかしかった。
巡の胸の奥に、
小さな違和感が残る。
それが、
壊れ始める前触れだと知るには、
まだ少しだけ時間が必要だった。




