19
「大丈夫?」
目覚めた時、最初に見えたのはアシュリィちゃんの顔だった。その声は安堵が滲んでいて、アシュリィちゃんの瞼が赤く腫れていることに気づいた。
「ここは?」
喧騒が耳に入る。見渡せば、掘っ立て小屋のような簡素な建物に、人が沢山いる。村の中、だろうか。フィンレイの顔が、惨状が不意に頭を過ぎる。
「ここは避難民の受け入れをしている25区だよ」
アシュリィちゃんは手に木椀を持っていた。中に入っているのは青色のスープだ。
「これ炊き出しだけど…食べれる?」
お礼を言ってそれとスプーンを受け取る。どう考えても、体に悪そうな青色のスープ。中にはカブトムシのような虫が入っている。
「スライムとアゴ虫のスープだね」
アシュリィちゃんはスプーンでスライムらしき半透明のジェルを食べていた。
「……いただきます」
お腹は減りすぎるくらい減っている。まだ大丈夫そうなスライムから口に含む。意外とコリコリしている。虫の出汁は深みがあって塩で整えてあるのかしょっぱい。かなりぬるいが、空腹のおかげで虫以外が食べ終わった。
「えっと、村長」
俺の呼びかけにアシュリィちゃんが下を向く。
「アシュリィちゃんって呼んで欲しいな。もう、私は村長って呼ばれる資格もない。誰一人、助けられなかった…」
アシュリィちゃんの目から大粒の涙が溢れる。俺が気を失った後、アシュリィちゃんは村の中でメアリーのようになった死体を見たのだろう。アシュリィちゃんにしてみれば自分の村の人だ。俺みたいに知らない人が死んだわけじゃない。
「…アシュリィちゃん。アシュリィちゃんは立派だと思うよ。こうして僕が生きてるのはアシュリィちゃんのお陰だ」
「…イツク。ありがとう。それでも、私は自分を責め続けるしかない。私は不甲斐ない村長だ」
何と声をかければいいか分からない。それでも、その小さな体で命を背負う少女は弱く見えた。
『おま、おまおまおまええええええ!お前だなあああ?ワタシのワタクシの目を奪ったお前があああああああっっ』
絶叫が聞こえた。こちらを指差し、少女は怒鳴る。しかし、何を言っているか分からない。
「イツク、ごめん、ちょっと黙っててね」
アシュリィちゃんからそう言われた途端、声が出せなくなった。
『センリ、落ち着いて』
現れたのはドレスを身に纏った少女と、好青年だ。
『ッ、ハァーハァーハァーハァー』
『初めまして。竜兵隊第三隊副隊長、ディラン・リグゼル。フェーシ副団長、そしてアルヴァ・アングラレーク。ご同行願えるかな?』
紳士的な青年が、口を開く。何を言ってるかは分からない。アシュリィちゃんが翻訳を止めたのだろう。
『やあ。よく来てくれたね』
アシュリィちゃんは笑っていた。大人びた微笑だった。
『誰からの指示かな? 別に兄さんにイツクを渡してもいいんだけど、妹想いのキミに渡したら殺されそうだ』
『…アシュリィ・フェーシ、何を言ってる? お前は国家反逆罪の嫌疑がかけられている。私の部下をよくも殺してくれたな』
『ああ、キミ無能だっけ? ほんとなんで兄さんはこんなのしか周りに置かないんだろ…。まあ、兄さんが有能すぎるから仕方ないか』
『お前…』
『…兄さんによろしく言っといてよ。兄さんを今度こそ殺すってね』
アシュリィちゃんは振り向いた。
「イツクはどうするの?」
ようやくアシュリィちゃんの声が聞こえた。少女と青年はじっとこっちを見ている。
「え…っと。どういうこと?」
「私は今から蟲の王への敵討ちに行く。だから、イツクとはここでお別れしなくちゃならない」
アシュリィちゃんは俺を見て、仇討ちを宣言した。突然の言葉に俺は戸惑う。
「…でも、俺はアシュリィちゃんについて行きたい」
アシュリィちゃんがいなくなれば、俺はこの先どうしたらいいかわからない。
「イツクは私の切り札だよ。蟲の王を倒す為の」
「…あ、ああ、そう! そうだよ! よく分からないけど、俺はアシュリィちゃんの役に立てる!」
「でもそれは、イツク本来の力があればの話なの。…ごめんね。私じゃ、イツクを守れると思えない」
「…だけど!!」
「もう何も失いたくないの。イツク、私が君を頼れるくらいに強くなって」
「わ、わかった」
「約束だよ」
アシュリィちゃんが俺に近づく。アシュリィちゃんが俺の右腕を下に引っ張ってしゃがむように合図する。その耳元で、アシュリィちゃんは囁いた。
「アイツの名前はディラン。君の敵だよ。私はできるだけ時間を稼ぐから、逃げて」
俺は固まった。しかし、アシュリィちゃんの言葉には不思議と説得力があった。好青年の笑顔が途端に邪なものに見える。逃げなければならない。
「捕まったら、私じゃ助けに行けない。そのくらいディランは強いの。さあ、早く!」
俺は人混みの中へ消えていった。
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