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アシュリィ・フェーシ。この体もそろそろ限界が近い。それに、兄さん側の人物であるディラン・リグゼルに会えるとは都合が良い。
「ふぅー」
イツクが逃げていく後姿が目に入った。一時は娘だったが、たとえ中身を入れ替えようが元々ない情が生まれるはずもない。アルヴァ・アングラレークは蟲の王への交渉材料だ。
しかし、こう易々と催眠にかかるヤツも珍しい。必要も無いのに、全力でそこら中を逃げ回っている姿は滑稽を通り越して悲惨さすら感じさせる。追跡はマークを埋め込んであるために不要。アシュリィがイツクを見失うことはない。
「ディランちゃん、声は出るかい?」
そう聞くと、ディランは鋭い眼光を向けた。それはアシュリィの正体を探るような目だった。
「お前は、アシュリィ・フェーシ副団長では無いな」
ディランは核心を突く。アシュリィの皮をかぶった何者かは、そんな当たり前のことをわざわざ言われ、苦笑を漏らした。あるいは嘲笑かもしれないが。
仕方ないことではある。アシュリィもどきも、幾人も自分に誰何してきた過去がある。自分の親しい人や知り合いに、いつの間にか別人が成りすましているなどという悪夢は現実として受け入れがたい。
ディランは手足に力を入れる。しかし動くことはない。首の上からは自由に動くが、体は全くと言って良いほど動かないらしい。
「ぴんぽーん。あ、助けを呼んでも無駄だよ。俺達だけ別言語で喋ってるから」
アシュリィの翻訳の応用だ。言葉が通じなければ意思疎通を図るのは至難の業。勿論、アシュリィの翻訳は言葉だけでなく、仕草の意味さえも通じなくできる。
「こんなことをして、何が目的だ?」
「さあね。君とおしゃべりする時間はないの。その隣の子ともね」
ギリギリと歯を食いしばりながら睨みつけてくる女。センリという名の彼女は両目が白く濁り、失明している。彼女は本質を見抜く聖刻を有しているが、視力をかつてアシュリィを騙る何者かに奪われた。
今では人のオーラのようなものが暗闇の中薄ぼんやりと見えるくらいだ。
「この国には強大な魔物が三体いると言う。北端を住処にする蟲の王以外は余り知られていないが。…もう一体はお前か?」
アシュリィ・フェーシの姿をした何者が笑う。それは出来の悪い生徒が成功にようやく辿り着いたような慈愛の目だった。
「そうだね。俺は千変万化で知られる大魔の一人、ソルフィンだよ」
ディランは目を見開く。センリに聞いていたものの、それだけの大物がセンリの失明と関わっているとはにわかに信じがたかった。
「であれば、お前の目的は…竜王の殺害か?」
アシュリィ——もといソルフは目を潤ませ、頬を上気させ、両手を合わせた。その姿は恋する乙女の様だ。
「だって狡いじゃないか。俺だけの兄さんなのにさァ。みんなして俺から取ろうとするんだからァ。俺だって考えたんだよ? どうやって兄さんを独り占めしたらいいかなって。だから兄さんと一つになればいいなって。そしたら兄さんの体とずっと一緒にいられるでしょ? どこにいっても何してても兄さんがそばにいるわけじゃん? 兄さんが、俺の兄さんが、ずっとずっと永遠に永久に永眠してさ、俺のものになってくれるんだァ」
ニヤニヤと、ソルフは理想をぶちまけた。
「兄、お前の兄は…」
「竜王スメラ。キミのご想像通りだよ」
読んでいただきありがとうございます。
誠勝手ながら、一年と数か月ほど、この小説の更新を止めさせていただきます。今まで応援していただきありがとうございます。必ず戻ってきますので、拙作ながら、まだ読んでいただけるのであればお待ちいただきますようお願い申し上げます。
最期に、ポイントを入れて下さった皆様、ブックマークを付けて下さった皆様、感想を下さったたらこくちびる毛様に感謝申し上げます。嬉しかったです。ありがとうございました。




