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「シャーロット。もういいよ」
口いっぱいの唾液を飲み込みながら、アシュリィは頭部が地面に陥没した異形――シャーロットに声をかけた。
シャーロットは起き上がると頭から脱皮するように皮を毟りとる。ベリベリと頭から皮を破り、無邪気な少年の姿から美しい女性になっていた。
「危うく死んでしまわれるところでしたワ」
気を失ったイツクの姿を見ながら、シャーロットが言った。蟲の王の直系は蟲らしく痛覚を感じないものが多数だ。そのため、シャーロットが上げた悲鳴はイツクへの目くらましであり、演出である。瀕死の傷は脱皮で全快し、シャーロットは気絶したイツクを心配していた。
アシュリィは飢餓の状態だったフィンレイから受けたイツクの傷を診ている。
「そこまで深い傷じゃないよ」
アシュリィはイツクに死んでもらっては困るので、一応の処置はする。しかしこの村の基準であれば単なるかすり傷だ。
「で、信じてもらえたのかな?」
アシュリィがシャーロットをイツクに会わせたのは、蟲の王との契約を果たすためだ。
「まさしく我らの蟲の王であると思われますワ」
とろりと目を潤ませ、シャーロットは言った。
「じゃあ、宿主が見つかったってことだ。蟲の王との契約はこれで遂行したってことでいいね?」
「恐らく。私の方から蟲の王には伝えておきますワ」
「後日伺うよ」
シャーロットが北の方角へ走り去っていった。蟲の王は最北にいる。シャーロットが報告するまでにどのくらいの時間があるのかは分からないが。
「後片付けをしないとね」
アシュリィが村の内部へ入ると瀕死の住民たちが呻き声をあげていた。大部分が自らの腹を掻き破り、肉を食したようで、地面に血が滲んでいる。
「——神に祈る。力を」
火柱が立った。周りから悲鳴が上がる。アシュリィが火を放つ。皮と木柱で出来た家はひどく燃えやすい。風で炎を操り、アシュリィは村全体を燃やしていく。
「そ、そんちょ…?な、何を?」
手を食い散らした少女がアシュリィに尋ねた。彼女は足を弟から食べられており、立つことができない。息も絶え絶えの中、少女は英雄である村長が彼女が生まれ育った村を焼き尽くす様を見て呆然と呟く。
「みんなが、死んじゃうッ!」
「お前らの英雄、アシュリィ・フェーシは既にこの村にはいない。この村どころかこの区にも国にも世界にもな」
少女だけでない。老若男女が苦痛に叫ぶ声を聞きながら、アシュリィはそう言った。多くの人間が炎に呑まれて死んでゆく。その中で火を放ち、自分を家族を隣人を殺したのは村長であるということを誰も知らないのは一種の慈悲かもしれない。
いつだって自分を偽る。信用も信頼も信愛もすべて面の皮一枚で手に入れて、利用して最後には捨てる。それが彼女の生き方だ。そこまでして彼女には手に入れたいものがある。
「まっててね、兄さん」
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