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M01 封印より目覚めし者

 多くの人族が住むガイアデルツ大陸からはるか北北東。

 大海原を越え辿りつくものも稀な海域に、幾多も並び立つ孤島群がある。

 中でもいっそう奥まった場所に存在するある島には、まるで覆い隠すようにうっそうと茂った森があり、その少し開けた場所には寂れた洋館がひっそりと建っていた。

 白と赤の煉瓦で作られた外壁が、夜闇の中で月光に照らされぼんやりと光っている。


「……ん」


 やけに頭と瞼が重い。

 ゆるりともたげた意識がぼんやりと動き始め、最初に感じたのは手足に当たる柔らかな布触りだ。

 ぼやける視界に何度かゆっくりと瞬き、彼女は月明かりが落ちる静かな暗闇の中で目を覚ました。


「ここ、は……?」


 思わず己の喉から出た声は長らく喋ることがなかったかのように掠れ、あっという間に小さく溶けて消えた。

 だんだん意識が鮮明になるにつれて、頭だけでなく手足や体も鉛のように重いことがわかる。

 動かしづらい身体の代わりに視線だけであたりを見回してみる。


 どうやら自分が寝かされているのは天蓋付きの寝台の上で、ここは見知らぬ広い部屋のようだった。


 ――なぜこんなところに、なぜ、あたしは?


 そこまで思考したところで、つきりと頭痛を感じると同時にひどい違和感に襲われる。

 そしてまるで走馬灯のように記憶が溢れてきて、美里音は呻いた。


「知らない場所、じゃないや……ここ、あたしの部屋……?」


 直近の出来事で思い出されるのは、幼馴染たちと調査した祠のこと、白い文字とまばゆく光る視界。

 しかしそれと同じく少し遠い思い出として、この部屋で遊んだりお茶を楽しんだりしていた記憶もある。


「どうして……?」


 身体は依然としてほとんど動かないので、美里音は混濁しそうな記憶を引っ張り出し整理する作業に努める。

 明らかなひとつの記憶は尾坂美里音のものだ。

 花の女子高生、十六歳、両親がいて兄弟はいない一人っ子。

 幼馴染二人とともに家の近くの高校に通い、バイトに部活に日々駆け回っていた人間の学生の記憶で間違いない。

 もうひとつの記憶は、この見慣れた部屋の主である人ならざる者の人生のようだ。

 しかしこちらも思い出せば思い出すほど自分のものと感じられる。


 美里音は未だ鈍く痛む頭にどうにか震える手を当て、落ち着くための深呼吸を一度、二度行う。

 起き抜けで混乱したが、美里音はゆっくりと把握した。

 なんといっても幼馴染の中で一番こういった展開に強いのだ、ライトノベルがバイブルのオタクをなめてはいけない。

 また多くの日本人の例に漏れず、神の存在は曖昧でも魂の輪廻は信じている彼女だ、この世界で生きてきた自分が何らかの要因により美里音の記憶を思い出すことになったのだろうと結論づけた。


 ではなぜ、これほど消耗した状態で目が覚めたのか。

 その疑問に頭を巡らせようとしたところで、美里音はふいに部屋の外に気配を感じ身体を強張らせた。

 その後すぐに等間隔で二回、コンコンと扉を叩く音がして、聞こえてきたのは男性の声だった。


「失礼いたします、お嬢様」


 中から返事がないことに戸惑いもなく、その人物は音を立てることなく両開きの扉を開けて部屋へと入ってくる。

 足音もしないのは、床に絨毯がひいてあるからだろうか。

 美里音のいる寝台へまっすぐに歩を進めたその人は、一瞬驚きに目を見開いたのち、気遣わしげに美里音をそっと覗き込んできた。


「お嬢様……お目覚めですか」


 窓から入る月明かりに照らされて、白い肌がいっそうあやしく映える。

 大人というにはまだ若く見える二十歳前後のその男の顔には見覚えがあり、美里音は警戒を解いて確かめるように彼の名を呼んだ。


「……ハル」


 彼の濃く赤い瞳が優しく細められる。

 普段からあまり表情が動くことのない彼だが、その感情は瞳に如実に現れるのだということを、付き合いの長いこの世界の美里音は知っている。

 ハルと呼ばれた従者――ハルヴェンスは、ざっと美里音の状態を確認し、心から安堵したという様子で息を吐いた。 


 それからハルヴェンスの介助もあり上半身を起こすことができた美里音は、大量に用意されたクッションに埋もれるように上体を預けて座り、一息ついた。

 筋力が衰えているのか、体力が落ちているだけなのか、はたまた栄養が足りないのか。

 ほんの少しの動作でも持続させるのが厳しい。

 起きて早々これは重症のようだ、と思い、美里音は改めて身体の調子を確かめてみることにする。


 右手左手、開いて閉じて。指は動くが腕を上げるのは一苦労だ。

 足はどうか。膝はわずかに曲がるし足先も感覚はあるが、この様子だと今歩けるかは怪しい。

 そして首、顔、と美里音が順番に確認する姿を見て、思うところがあるのかハルヴェンスが口を開いた。


「マイラお嬢様は、今日まで長く長くお眠りになっておられましたゆえ、一時的に身体が弱っていらっしゃいます。ですが、きちんと養生なさればすぐにでも元のお力を取り戻せるでしょう」


 元気づけようとしてくれているのだ、と美里音は感じた。

 なぜなら、その瞳からはひたすらこの身を案じている様子しか感じ取れないのだから疑いようもない。

  

「ありがとう、ハル」

 

 この優しい人は、ずっと昔の幼いころから美里音の付き人として傍に居続けてくれている。

 先ほど整理したことで思い出した悲しい思い出の中で、彼は最後まで泣いていた。

 なぜ美里音がベッドの上で病人のように横たわることになったのか、その原因である事件を、絶望に胸を満たした過去を思い出した以上、美里音のハルヴェンスにかける言葉は決まっていた。


「ただいま、ハル。心配かけてごめんね。あたしを助けてくれて……ずっと待っていてくれてありがとう」


 その言葉に、六十年もの間変わらず側に控えていた黒髪の従者は、耐えきれず一筋の涙を流した。


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