M08 第一回作戦会議
「……さて。じゃあさっそくで悪いんだけど、ここからは作戦会議といこう。その怪しい動きをしている団体について、もう少し詳細に教えてくれる?」
ハルヴェンスに続く心強い協力者ができてご満悦のミリーネは、早々に被っていた猫を取り払うことにした。
「情報の報酬は言い値で払うから!」と屈託ない笑顔で取引を進め始めたミリーネに商人はきょとんとしたが、すぐに笑って話題に乗ってくれる。
「あっはっは! 砕けた口調もええですねえ。いやいや、突っ込んで話すにしてもすでにハルヴェンスの旦那にもお伝えしとることも含みますんで、追加情報のみのご提供で適正価格からお得意様割引いたしますわ」
今お伝えできることは二つですんで、これくらいで……と提案された額をハルヴェンスとともに確認し了承すると、ルイジェはさっそく手持ちの情報を披露してくれた。
「ほんならお待ちかねの怪しい団体さんの件や。まず一つ目は、人族唯一の貿易商『ジェイデン』。ワイみたいな個人営業主とは違うて、主に国家間の取引に精を出しとる業者です」
「ジェイデン……なんだか人の名前みたいだね」
「その通り。なんでも、創設者の名前を引き継いだらしいで。もう二百年は続いとるから老舗みたいなもんやな」
「ふむふむ」
「そこはワイら魚族のように絶対的な信頼関係が持てなくとも、取引内容や商品が多岐に渡るっちゅー点で重宝されとります」
「……つまり都合の悪いものや後ろ暗いものも取引されている可能性があるわけですか」
「う、逆にあんさんの敬語には慣れへんねんけど……まあええか。そ、ハルヴェンスの旦那の言う通りですわ」
大きく頷いたルイジェは神妙に目を瞑った。
「表向き、食料品や木材、工芸品なんかを主に扱っとるようやけど……実は武器とか人とか密輸してるって噂があんねん」
「なるほど。もちろん対抗業者の嘘かもしれませんが……火のない所に煙は立たぬと言いますからね」
二人の会話に、ミリーネは思わずごくりと唾を飲み込む。
「そこに手を出すならもっと情報が必要だね。生半可な気持ちで食い込める組織じゃなさそう」
「せやで、これは慎重に尾っぽを探るべきですわ。なんにせよ、まずはどうにか関わりを持てるよう画策していかんと」
「そうね……安全第一でゆっくり探ってみるしかないか」
覚悟していたことだが、ともすれば恐ろしさが先に立つほど巨大な組織の名が上がり、これは一筋縄ではいかなそうだぞと思うと武者震いがする。
「それで、もう一つは?」
「『ギルド』と名乗る人材派遣業者です。これもまあまあ昔から幅を利かせとる便利屋みたいなもんやな」
「ギルド! ……組合的な意味じゃなくて、派遣業なの?」
どの冒険譚でもよく出てくる名前だ……! と思わずオタク心に火が灯って声が上ずってしまったミリーネだが、二人が不思議そうに見てくるので咳払いでごまかした。
「ええ、あくまで派遣業を主として活動しとるみたいでっせ」
「僕も耳にしたことがあります。ここは種族性別関係なく希望者を登録して、各人の能力に合わせた仕事へ派遣する仕組みのようですよ」
ハルヴェンスの補足を含め、聞く限りでは男女平等、需要と供給にうまく当てはまり立派に貢献しているように思えるけど……とミリーネは首を傾げる。
「第一印象は悪くないけど、なにか気になることがあるの?」
「せや。人材の扱い方が雑に見えるんがちょーっとな。登録自体は簡単でもここは成果報酬型。やる気の他に、ちゃあんと光る能力を持たんと他の人材に埋もれてまうんやけど、そうすると月の会費が払えんようになって、結果お払い箱って流れになってまう案外厳しいところらしいで」
「えー! 役に立たないと仕事どころか登録も消されちゃうの?」
「それどころか、ここ最近はそうやって抹消されてもうた登録者のうち、何人かが行方不明に……って噂もあるんですわ」
驚くミリーネに耳打ちするように、ルイジェは意図的に声を潜める。
「そしたらいなくなった人たちは、さらわれたかもしれないってこと?」
「ええ、まだ噂の段階やけども。何よりここ十数年で聞かれるようになったっちゅーのが甚だ怪しいんですわ」
「それなら、かつて我々を襲ったやつらもお嬢様を連れていくつもりのようでしたから、直接的な手がかりでなくとも目を光らせておいて損はないかと」
「ワイも同意見や」
有名どころだから根も葉もない噂が流れるのか、それとも実際に埋まっている隠された種があるのか。
いずれにせよ、どんなに規模が大きいものが相手でもミリーネの中に諦めという感情が宿ることはない。
二つの情報を比べたミリーネは決断を下した。
「貿易商ジェイデンよりは噂の真偽が確かめやすいだろうから、まずはそのギルドのほうを重点的に調査してみよう。それ自体が敵の巣でなくても、なにか繋がる情報があるかもしれない」
「それやったら、いきなりギルドの中心地の漁業国家『モルベア』に向かうより、末端から近づいたほうが色々気づかれにくいやろな」
ミリーネの宣言に賛同したルイジェは、再び瓢箪に手を触れて簡易地図を取り出すと、机に広げた紙面上に指を乗せて順番に二つの場所を示す。
「トバルト大陸海岸沿いに位置する林業連盟『ローヘル』。それか、ガイアデルツ大陸最北端に位置する研究国家『エイザトード』。外部調査にしても内部潜入するにしても、これらのギルドの支店から始めたほうが無難やと思いまっせ」
「端からじわじわ攻める作戦ってわけね。拠点も作ろうと思ってたところだし、できるだけ隠れやすい安全な位置から探りたいからちょうどいいかも」
人族のことを調べるなら彼らの住む土地に近い拠点を作る必要がある、というのがミリーネと従者の共通意見だが、あまり近すぎて下手に見つかりたくはない。
「ちなみに他の国が適さない理由とかあったりする?」
急速に人口が増え、二つの大陸のおよそ半分を占拠した人族のことだ。
当然彼らの国は、今名前が挙がったローヘルとエイザトードの他にもいくつか存在している。
調査及び拠点づくりに他の国ではだめなのか、というミリーネの素朴な疑問に答えたのはハルヴェンスであった。
「では僕から申し上げますと、まず我々が目的のため動くにあたって真っ先に注意するべき国が二つございます。一つは主に人族に信仰されているラウス教、その中心となる宗教国家『アデラウス』。そしてもう一つは軍事国家と名高い『オーズギア』です」
ミリーネもマイラとしてこの世界の地理や歴史を学んできている身なので、いずれも耳にしたことはある。
話の補助として、ルイジェが親切にも地図上で位置を示してくれた。
「ラウス教は特殊な宝珠と呼ばれるものから読み取れる神託を最重要視する傾向にあり、中でも『鬼』の神託は不吉の象徴とされるため、我ら鬼族は彼らから真っ先に忌避されがちです」
「そういえば先生も言ってたね。ただの種族特性で、鬼族としての役割を担っているっていう由緒正しい力の行使しかしてないのに……とんだ風評被害というか、被害妄想を膨らませすぎっていうか」
従者の説明に、口をひき結んでミリーネは唸る。
かつてハルヴェンスとともに亡き先生から習った内容では、各種族にはこの世界で生きる上でこなすべき役割があるのだという。
一言で表せるほど単純なものではないのだが、鬼族でいえば、増えすぎて害を成すような各眷属らの駆除や、世界各地に自然発生する魔物の定期的な所在管理などが一例として挙げられる。
それを曲解して、人族にも無差別に攻撃を仕掛けるのではないかと疑心暗鬼に襲われるものが、少数ながら後を絶たないという。
……あくまでそれは自身の心の中で生んだ幻影であろう、と本物の鬼族であるミリーネは呆れるばかりだが。
「ええ。さらに、その影では無属性至上主義を謳う過激派の勢力も散見されるようですから、余計な衝突は控えたほうがよろしいかと」
「せやなあ。ワイは直接関わっとらんから聞き伝えやけど、魚族としても盛んに海路を渡ってくれるんで商売相手として有益なんやけども、あまり積極的に関わりたい相手やあらへんって言われとるな」
ルイジェから聞くところによると、彼らは主にガイアデルツ大陸とトバルト大陸の往復航路を利用しているのを見かけるのだという。
ガイアデルツ大陸ほど人口が多くなくとも、トバルト大陸でも人族は連盟を打ち立てて国に近い政策を行っているようなので、ラウス教としては宣教目的の来訪か、またはすでに仮拠点のようなものがあるのだと思われる。
「ふむふむ。目に見えて警戒できるものではないけど、ラウス教のある国アデラウスにはくれぐれも注意、ね。おっけー」
どこの世界でも宗教には安易に関わるものではないな、とミリーネはしっかり脳内に記録しておく。
「もう一つの国『オーズギア』ですが、こちらも過剰な警戒心という点でいらぬ反発を受けかねないので、細心の注意を払いたいですね」
「んーと確か、ガイアデルツ大陸の中でも砂漠に隣接していて、魔物の討伐や災害が頻繁に起こるからいつもピリピリしてる国だったよね?」
「そうですね。魔物の暴走は鬼族の怠慢だ、砂地の災害は樹族の怠慢だ、水不足は魚族の……と常日頃から文句の多い国として我々の界隈では有名です」
真面目で実直な性格のハルヴェンスにしては珍しく皮肉混じりの口調である。
もしかして、ミリーネが長く寝こけている間に手に入れた貴重な情報の中にしょっちゅう出てきたりでもしたのだろうか。
その従者の言い回しが妙にツボに入ったのか、ルイジェも笑いがこらえきれていない。
「ふっ、くく……たとえ目をかけたり手をかけたりしても、所詮自然の力には敵わんこともあるっちゅーことを、やっこさんはわかってへんねんな」
「確かにね。それにあたしたちだってできることがあるなら努力したいけど、協力要請じゃなくて他人任せで文句ばっかってのもどうかなあと思うよね」
「ええ。ですから八つ当たりされる可能性を考えたら、怪しくなくともひとまずは避けたいところですね」
「うん、もし関わるにしてもその国は後回しってことで」
三人は満場一致で頷き合う。
これで現時点での情報は簡潔に出揃った。
さっそく調査、拠点作りおよび配下の選定に奔走せねばならない。
「ではお嬢様、最初の目的地はいかがいたしましょう」
「どうせなら、よりたくさんの人がいる大陸にお邪魔したいな。トバルト大陸もいいけど、ラウス教の人が盛んに訪問しているんでしょう? それに地図を見て思ったけど、ここから案外近いようだから――まずはエイザトードに向かってみよう!」
従者の言葉に、いよいよ行動開始だとミリーネは挑戦的な笑みを浮かべた。




