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K05 野宿一日目

 山で過ごすなら、天気を当てにしてはいけない。


 エヴェリアーノは今までに三回ほどその忠告を耳にしている。

 遠い記憶の彼方、律夏だった頃に特集を組んでいたテレビの中で一回。

 今世で幼いころ弓を射るため集落の周辺を巡っていた時、珍しく同行していた父が放った経験則から一回。

 そして、師匠のもとで魔力効率上昇の実地訓練として森に分け入った時に一回である。


「なあなあ、まずはこれからどこに行くんだ?」


 泉から出発する直前のカチェリアーノの疑問に、日差しが降り注ぐ空を仰ぎ見て、ついで懐の懐中時計を取り出してエヴェリアーノは現在時刻を確認する。

 三人は日が高くなってから集落を出たため、早めに今日の拠点を決めて野宿の準備を行わなければならない。


「まずは西に進む。そちらに人族の村があるようだから、交流を図り情報収集がしたい」

「その村は近いの?」

「いや、しっかり歩き続けて二日はかかるだろう。だから基本は野宿だ」


 それに彼らが受け入れてくれるかどうかもまだ不明なのだから、下手をしたらしばらく森の中ということもありえる。


「ははあ、オレそんなに歩き回ったことないなあ。足が痛くなりそう!」

「私たち、火おこしはしたことあるよ。任せて!」

「それは頼もしいな」


 内容の割に明るい声のカチェリアーノは、頭の後ろで腕を組みわくわくとした笑顔を浮かべている。

 トルディアーネはというとやる気をみなぎらせているようで、こぶしを握りキラキラとした視線を向けてくる。

 その様子を見て、不便を強いられていた二人にとっては集落の中よりもよっぽど自由に感じるのかもしれないな、とエヴェリアーノは思った。


 殆ど誰にも知られていないが、彼らがいたファータの民の集落はトバルト大陸の東の山の中に存在する。

 その山を西方面に下ると、点在している人族の村や町にたどり着く。

 確か、その村々でひとつの連盟を組んでいたはずだ。

 村の一つにたどり着けば、有益な情報もいくつか入ってくるだろう。

 師匠の書庫で学んだ地理を思い出しつつ、双子と自分の持ち物のすり合わせも行っていく。

 

「次に二人の持ち物を教えてくれ」

「うん、オレもトールもこの鞄の中に全部入れてきたよ」


 腰に下げた鞄を開けて見せてくれた中には、着替えと水筒、石の小刀、パンがひとつと最低限歯ブラシや櫛などの衛生用品のみ。

 一方相対的に大きな防水鞄を背負う彼も、中身を最終点検がてら双子に見せる。

 双子と同様着替えおよび水筒、小刀、衛生用品。

 その他に塩や油などが入った小さな瓶が複数と、火打石や、キノコや種や枝や実などはそれぞれ小さな袋に分けておいてある。


「これらは何に使うんだ?」

「俺たちの食事の足しに。それと、交流の際にも使えるかもしれないからな」


 これからしばらくの間行動を共にするのだ。

 普段口数が多いほうではない彼も、双子の質問にはできるだけ丁寧に答えるように心がける。

 そして弓と矢筒を背負ったエヴェリアーノは二人を連れて歩き出した。


 手入れのされていない森の木々というものは、想像以上に自由に育つものだ。

 木々の間を縫って日当たりを競い合うように生えている植物も同様である。

 時折現れる獣道に気配がないことを確認しながら、三人は草木を避け、時に小刀で払いながら進む。


「今日の目標は川の近くに拠点を作ることだ」


 目でも耳でもぜひ探してくれと双子に言い含めた彼は、足元に生える植物を検分し、時折摘み取りながら歩いた。

 ほどなくして幸運にもさらさらと流れる小川を発見することができたので、増水しても安全な位置を確保し、拠点づくりを開始する。


「カチェは少し戻ったところに生えていた大きな葉を、トールは出来る限り乾燥した枯草を集めてくれ」


 そうしてエヴェリアーノ自身はというと、川にほど近い近い位置に立つ若い木々の幹と枝を上手に使いながら、しなりやすい植物の枝と蔦を使って簡易的な枠組みを作る。

 余った枝は適当な大きさに折って焚き火用にとっておく。

 戻ってくるのが早かったカチェから厚みのある大きな葉を受け取り、落ちない程度に止めながら枠組みへと被せて屋根にした。

 次にカチェには川から大きめの石を集めるように指示。

 その間に、腕に厚手の布を巻いたうえで魔力を乗せた指笛を吹いて二種類の鳥を呼び出す。


 一羽目は沼の主と闘ったアーブルの二頭より若干小柄だが、眼光の鋭い鳥『ファルド』。

 見た目と生態は鷹のようで肉食だが、同じ鳥類は食らわないらしい。

 腕に停まった彼にはいつも通り先に魔力を与え、小柄な獣を狩ってきてくれるようお願いする。


 腕から勢いよく飛び立つ姿によろけないよう踏ん張りながら見送ると、次に少し離れたところから様子を窺う小鳥たちを集めた。

 彼らは小柄なので、木の実を取ってきてくれたらお礼をすると伝え、それぞれに探しに行ってもらう。

 集団で飛び去った小鳥たちを、枯草をかかえて戻ってきたトールがしげしげと見送っていた。


「泉で待っていてくれた時も小鳥たちが集まってたよね。エーヴェ兄ちゃんは、鳥とお話しできるの?」

「ああ。仲良くなったからな」


 とことこと歩み寄り顔を見上げてきたトルディアーネに、彼は小さく頷いた。


 思い返せば、鳥類との意思疎通など師匠以外誰もできないし、そもそもやろうともしないことだった。

 なぜなら鳥も食料として献立に並ぶからである。

 律夏の記憶でも鳥肉は好物の一つだったし、この世界の現代でもなんらおかしいことではない……が、師匠が言うには眷属との交流というのは思った以上に繊細なものなのだそうだ。

 実際に、エヴェリアーノは幼いころからそれなりに長い期間交流を続けてきており、加えて鳥肉は食さないと契約のように約束を交わしている状態だからこそ実現している関係と言えた。


 トルディアーネは、そう言って目元を細めて微かにほほ笑んだエヴェリアーノを見て、よっぽど仲がいいんだ! と目を丸くする。

 と、そこで双子の兄から声がかかった。


「おーい兄ちゃん、トール、石集め終わったぞー」


 こちらに手を振る彼の前には円状にまとめた石が並んでおり、それを見たトルディアーネは頷く。


「じゃ、さっそく焚火の用意だね」

「ああ。被せる枝は準備してあるから」


 お手並み拝見だな、といたずらっぽくからかうエヴェリアーノの姿に、双子の妹は俄然気合を入れた。


 無事にパチパチと爆ぜる音を鳴らす立派な焚き火が出来上がった頃、小鳥たちが次々に戻ってきたので、木の実を受け取り報酬の魔力を分け与えていく。

 日も落ちてきていたので、鳥たちと彼の間で淡く光る薄緑色の魔力が幻想的な光景に双子は見惚れた。

 受け取った木の実は三種類あったので、仕分けがてら葉で作った急ごしらえの器に入れておく。

 そうしているうちに今度はファルドが舞い戻り、足で掴んでいた野兎を落としていく。


「助かった、ありがとうな」


 そのまま頭上で一回転して飛び去る姿に礼を言い、獲物を拾い上げたエヴェリアーノは双子に掲げて見せた。


「さあ夕食にしよう」


 素早く解体処理した肉を一部残して枝に差し、焚き火で焼いていく。

 内臓は食べないので早々に地中へ埋めておく。

 皮は夜通し干したら薄い肉をそぎ落として持っていく予定だ。


 道中で積んだ食べられる野草と、焼いた肉と、程よく酸っぱくて甘い小さな木の実が今日の献立だ。

 塩を振りかけただけの質素なものでも、程よく脂がのった肉は美味だった。

 双子は持ってきたパンを半分だけ食べて明日に残すらしい。

 食べ終わって持ってきた水を飲み、川で汲み満たした水筒をしまった双子は手持無沙汰に焚き火を眺める。


「本当にこれで自由なんだな……」

「うん……」


 揺れる火の明かりを瞳に映して神妙な顔をする二人に、エヴェリアーノは鞄から取り出したプルーニャの実を手渡す。

 そして彼自身は何を言うわけでもなくさっさとかじり始めたものだから、二人はなんだか少し気が抜けた。

 そこで無意識に緊張で体が強張っていたのだと気づいたカチェリアーノは、この半日で感じたことを素直に吐露する。


「エーヴェ兄ちゃんはなんでもできるんだな」

「……なんでもではないな」

「でもさ、拠点の位置とかご飯とか、手際よかったじゃん」

「俺も、できるのは教わったこととかつて訓練したことだけだぞ」


 静かな声を返す兄貴分に、一番聞きたかったことを尋ねる。


「なんでオレたちを連れて行こうと思ったんだ?」


 一人でもなんとかなりそうなのに……と続きそうな口調に、エヴェリアーノは何と答えたものかと顎に手を当てる。


「……そうだな。ひとりは寂しいと思ったから、だ」

「兄ちゃんも寂しいって思うときあるの?」

「ああ。人は一人でも生きてはいけるが、『独り』では生きていけないと、そう思うからな」


 トルディアーネの疑問の言葉に、目を閉じて真っ先に思い浮かぶのは、隣で笑ういつもの二人。

 それとクラスメートや妹の姿だ。

 そうしてゆっくりと目を開いて、焚き火に照らされる目の前の双子をじっと見つめる。


「だから、お前たちがいてくれると、とても心強い」


 一言ずつ丁寧に、気持ちを込めて伝える。

 彼らも齢五十の儀を終えたとはいえ、ファータの民は長寿であり、律夏のような人族に換算するとまだ中学生くらいの年の子だ。

 居場所がないと思って不安そうにしている目の前の子どもたちを安心させてやるために、努めて優しい声を出すことを心掛ける。


「朝にも伝えたが、俺には探したい人がいる。だが、一人では正直厳しい。だから、お前たちにぜひ協力してもらいたいんだ」


 基本的な面倒は自分が見るし、責任も自分がとる覚悟がある。

 見返りには、自分が師匠から教わったあらゆることを伝授する心持ちでいるのだと。

 そう、いつかの独り立ちのために、自分を利用する気概があるくらいでいいのだ。

 そのようなことを噛んで含めて伝え、それからもう一度大切なことを繰り返す。


「友人と旅をしたいと思うのは、そんなに悪いことか?」


 大変な目に遭ってきた彼らに「俺を信じてくれ」というのは酷なことだが、それでも願わずにはいられないだろう。

 どうせなら一緒に楽しく旅がしたいんだ。


 普段寡黙な彼がここまで言う、その真摯で正直な気持ちが伝わったのだろうか。

 燃える火に照らされてなお赤い顔で二人は唸る。


「ず、ずるい……そんなこと言われたらオレらだって」

「私も、一緒に楽しく旅したい。……探し物、というか探し人だね。ちゃんと手伝うから、私は世界も見て回りたい」


 言い募る二人に、ふっと笑いが零れる。


「そうか。改めて交渉成立、だな。ありがとう、付き合ってくれて」


 信用しようとしてくれる二人には、信頼を返したい。

 さて、詳細をどこまで話そうか……と、焚き火の音を聞きながら思案する。


「俺には……古い友人が二人いるんだが、その人たちを探してほしい。おそらく、名前はこう名乗っているだろう」


 エヴェリアーノには奇妙な確信があった。


「――ミリーネと、ナーシャだ」


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