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M05 墓参りと後図と謎の笛

 ――しとしと、昼に降り始めた雨は夜になっても降り続けている。


 ガイアデルツ大陸より北北東、鬼が住むといわれる諸島の最奥に位置する孤島。

 ここには明確な四季が存在しており、現在は梅雨の時期のため、ミリーネが目覚めた日から数日経っても日の照る時間はあまり多くない。

 ヴァンパイアは鬼族の中でもひときわ日の光に弱いので、このように空が曇る日や泣き出す日は調子が良い。

 そのため、ミリーネはこれ幸いとばかりに、ハルヴェンスの協力のもと身体へと機能訓練リハビリをほどこした。

 それからたっぷりと栄養をとって回復を図り、介助なしで自力で歩けるようになった美里音は、同士たちの墓参りへ訪れていた。


 小雨が降りしきる中、森の開けた場所に立ち並ぶたくさんの墓石は、ハルヴェンスのおかげで綺麗に区画ごとに分けられて整頓されていた。

 中でもひときわ大きく中央にそびえる石には、『我らが同士、永遠にここに眠る』と彫り込まれている。

 見た目は自分の記憶にある日本式の墓とそう変わらないな、とひとつひとつの墓石を眺めてぼんやり考えたミリーネは、おもむろに中央の石の前にしゃがみこんで用意した花を生ける。


「……お父さん、みんな、遅くなっちゃってごめんね」


 それから立ち上がり、目を閉じてしばらく無言で祈り続けた。

 その一連の様子を一歩離れたところで見ていたハルヴェンスも、同様に目を閉じる。


 ここからミリーネたちの復讐が始まるのだ。

 楽しかった思い出は胸の奥に秘めて飾りつけて、悲しい過去を原動力にして。


 心中の思いを告げて目を開けた二人は、墓石を背にゆっくりとした足取りで洋館へ戻る。

 道中、ミリーネは雨避けにと被った灰色のローブのフードの隙間からちらりとハルヴェンスを窺い、穏やかな笑みを浮かべた。


「もしみんなが生きていたら、そんな危ないことはやめろって言うかもしれないね」

「ええ、そうかもしれませんね」


 従者も同じく淡く微笑み返すと、足を止めたミリーネはどこか俯き加減に呟く。


「だから、これはあくまであたしの自己満足なんだわ」

「……僕の自己満足でもありますゆえ。どこまでもお供しますよ」

「ハル……ありがとう」


 赤い目を細める従者の言葉が本心であると一抹の不安もなく信じられるのは、長年の信頼と眷属化したもの特有の繋がりがあるからだ。

 そう考えながら洋館へと戻ったミリーネは、ふと思いついたとばかりに手をたたく。


「そうだよね。戦う相手が人族の何某かはまだわからないけど、こっちも頼れる仲間を増やせばいいのよね」


 うんうん、と一人頷くミリーネを見て、彼女が脱いだローブを受け取ったハルヴェンスはわずかに顔を赤くして首を傾げる。


「それは……僕にしたのと同じような手段で、ですか」

「そっ……いやいや! あれは、その、非常事態だったし、特別に特別を重ねたやり方でっ」


 にわかに恥ずかしさが込み上げたミリーネは、慌てて口ごもりながら弁解した。

 実際のところ、眷属化の儀式はミリーネ自身が対象の血を吸ったあと、一定期間中に彼女の血を分け与えることで成立する。

 そう、与える分には、杯に注いで渡しても指先からでも問題はないわけで。


「……その、迷惑だった……?」

「い、いえっそんな滅相もない! むしろ嬉しくて、天にも昇る心地でした……」

 

 向かい合った二人は初々しく照れた様子で、小さな声で確認し合う。

 齢十八で封印されてしまった少女と、齢二十から島で一人時が止まっていた青年の経験値は推して知るべし、であった。


 気を取り直して、ミリーネは自分の部屋でハルヴェンスとともに計画を立てることにした。

 まだ長時間動くことはできないのでベッドの上でクッションに囲まれた状態だが、窓の外から聞こえる雨音を背景につらつらと思ったことを挙げていく。


「まず目標は、あたしたちを襲ったやつらを見つけ出して、二度と悪さができないように叩きのめすこと」

「はい。人族であることはわかっているので、どこの所属なのかを見極める必要があるかと」

「ああそっか、人族が全員悪党ってわけじゃない……のよね? でもハルも酷い目にあってきてるし、もしかすると種族的にあくどい人が多い可能性もある……?」


 決意にぐっと握っていたこぶしを緩めてミリーネが怪しみ始めたので、ハルヴェンスはほんのわずかに眉を下げた。


「それは僕にも無実を断言できないところが悲しいですが……いずれにせよ六十年も前のことですから、当時の実行部隊で生きている者はほとんどいないと思われます」

「確かにそれもその通りか。じゃあ個人というよりも、復讐の対象は……集団か、組織かな」

「ええ。おそらく、我々の見立てでは今も対象は組織立って動き続けているのではないかと」

「? どうしてわかるの?」


 不思議そうな彼女の問いに、従者は今まで温めておいたとっておきの情報を告げた。


「実は僕にも一人協力者がおりまして、彼にできる限りの情報を集めてもらっていたのです」


 その数ある情報の中で、いくつか注意すべき組織や今回の件に該当する可能性がある団体について拾い上げておいたのだとハルヴェンスは言う。


「ちなみに彼は、かつて僕が命を救った魚族の民の一人です」

「魚族……大丈夫なの?」

「全幅の信頼を預けるつもりは今のところございません。しかしもう数十年の付き合いがあるので、いわば勝手知ったる協力者、といったところでしょうか。特殊な合図で呼べば、最短ではるばる海路を渡ってきてくれるので重宝している存在です」


 ハルヴェンスの中に仲良くしきれない複雑な気持ちが渦巻くのは、同士たちを滅ぼした人族を招いたのもまた魚族であるとわかっているからであろう。

 そのため彼は、目覚めた主に今後関わりを持ち続けるかの判断を委ねる気でいた。

 一方のミリーネとしては、慎重な性格の従者が長年付き合ってきた存在なら信じるに値する、と判断した。


「おっけー、彼と一度話したいな。ゆくゆくはこの島からも出ることになるんだし、全面的にお手伝いしてくれるのかどうか確認させてもらうことにしよう」

「かしこまりました」


 主が許可の意味を込めて頷いたのを確認して、ハルヴェンスは窓際へ足を向ける。

 そして懐から小さな笛を取り出すと、雨が入り込まないよう配慮して開けた窓の外に向けて、その笛を吹き鳴らした。

 といっても直接的な音はミリーネには聞こえず、数回に分けて息を吹き込んでいる従者にも聞こえている気配はない。

 それでも海まで距離があるここから、さらに先のどこかの海上にいる魚族の彼に伝わるのであれば、ミリーネにはわからない水の魔力や音波的要素が関係してくるのかもしれない。


 やがて合図が終わったのか窓を閉めたハルヴェンスは、ミリーネに見せるため笛を机上に置いて説明してくれた。


「あくまで、こちらからあちらへの一方通行の手段になりますが……二回吹けば定期訪問の利用、三回吹けば情報収集の利用、五回短く吹けば緊急連絡、というように簡単な連絡手段として使うためにもらったものになります」

「へえ、魚族にも便利なものがあるんだね」

「はい。今回は五回吹きましたので、明日には血相を変えて訪問してくれることでしょう」

「へっ? 明日?」


 いびつなオカリナのような形状の笛を感心して眺めていたミリーネは、真面目な口調の従者の言葉に素っ頓狂な声を上げる。


「周囲とずいぶん距離があるこの島に、明日には来れるの?」

「ええ、そういう約束ですから。それに、ミリーネ様がお目覚めになられたのを緊急と言わずなんと申しましょうか」


 絶対来ると疑わず確信に満ち溢れる彼を見て、思わずミリーネは魚族の彼に心の中で「……急かしちゃってごめんね」と謝罪した。


「では話を戻しますと、その組織立った動きのことは明日、彼から最新の情報とともに説明されると思いますがよろしいでしょうか」

「うん、了解。それで仮にその組織に対抗するとなると、さっき言ったように頼れる仲間を増やす必要があるよね」

「ええ。安全な方法が確立されているのであれば、こちらも少数ながら組織的な規模で動いてもいいかもしれません」

「あとこの島は人族の住む大陸からは遠いから、あっちで拠点を作る必要があるよね?」

「それがよろしいかと。場所は吟味する必要がありますが」


 二人での会話は慣れたもので、ぽんぽんと話が進んでいく。

 幼いころは自分が先導していたずらを企てたときもあったなあとミリーネは懐かしく思う。


「……なんだか、昔を思い出すね」

「同士の皆様に隠れて、こうやっていたずらの計画を立てていたときのことですか?」

「ふふ、そうそう」


 ハルヴェンスも同じことを考えていたとわかり、ミリーネは胸が温かくなった。

 今は二人ぽっちのこの世界にいつか仲間が増えるかもしれないと思うと、勇気も湧いてくるというものだ。


「じゃあ、まずは明日。魚族の彼に会って、お眼鏡に適えばだけど、おススメの街や計画の構成を一緒に考えてもらえたらいいね!」

「はい、そうですね」


 はたしてその人は彼女にとって幼馴染以外で二人目の背中を預けられる者となるか。

 ほどほどに立てた計画を持って、不安と期待を混ぜた心持ちでミリーネは明日を待つのだった。


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