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Z02 予知を司る聖女

 一方その頃、時を同じくして、夜空に浮かぶ星々を開いた窓から憂い気に眺める者がいた。

 質素な白服に身を包んだその人影はもう半刻ほども同じ姿勢のまま空を見上げており、見かねた付き人が羽織りを持って訪れるほどであった。


「アンジェリア様、まだこの時期の夜風は大層冷えます。こちらをどうぞおかけください」

「ばあや……そうね、ありがとう」


 ここはアデラウス国内、中央神殿に隣接する居住棟に配置された彼女専用の一室。

 齢五つの時に迎え入れられて以来、ここが彼女の住むところであり、帰るべき場所である。

 高齢の付き人の心遣いに振り返り感謝の礼を伝えた彼女は、渡された薄い羽織りを静かに肩にかける。

 それからまた窓の外に目をやり、今度は中央神殿につながる中庭を見下ろして口をひき結んだ。


 数年に一度のときもあれば、数十年現れないこともある宝珠の魔力。

 すなわちラウス教かなめの神託の証であるそれが、彼女の代で『鬼形』をかたどった。

 いつ何時世界の意志が示されたとしても対処できるよう厳しい修行を重ねたとはいえ、彼女が一二歳の時に正式に前任よりこの役目を引き継いでからまだ六年余りしか経っていない。

 身体が緊張と重圧でこわばるのを、意識して解くように一度深く息を吐いたアンジェリアは目を瞑る。


「わたくしの力をもって裏付けられた以上、かの神託は正しくこの世界の行く末を示すもの。このままでは世界の混乱は必至……」


 考えをまとめるように小さく呟く彼女の滑らかな黒髪が、窓から入る風にゆるやかになびく。


「けれど、これもまた、定め」


 ゆっくりと瞼を開いた彼女の茶色の瞳には強い覚悟が滲む。


「わたくしたちの望みは、誰もが幸せに暮らせる世界を実現すること。今日こんにちまで研鑽を積んできた力、そして知識を……今こそ生かすとき」


 一つ瞬きをして考えをまとめたアンジェリアは窓を閉め、踵を返し背後に控える付き人へと指示を出す。


「大変急なことだけど、明日の朝食後に今一度聖会議を行います。緊急事態だから対象は大祭司と聖女三名の計四名でいいわ。それぞれに伝えてもらえるかしら」


「グレイソン様、クレア様、ヴィクトリア様、それからイザベラ様ですね。かしこまりました」


 復唱して深く頭を下げ一時退出した付き人を見送り、アンジェリアは寝室へ向かった。

 就寝するにはいささか早い時間だが、明日の会議に必要な情報を少しでも取得しなければならない彼女はそのまま寝台へと寝そべり、消灯する。


『我が夢を訪れし御身のお言葉、今宵も何卒賜りますよう……』


 身体へと掛けた薄布の下、胸元で手を組んだアンジェリアは目を閉じて、自身に備わる無の魔力を身体に行き渡らせるように巡らせる。

 すると寝台に広がる彼女のつややかな黒髪までもうっすらと光ったあと、その魔力は額上に向かって収束し、やがてそのぼんやりとした光も消失した。


 そうして彼女は朝まで深い夢を見続ける。


 その夢こそが、このたびの宝珠の神託を裏付けたもの。

 そして世界の真実を垣間見ることができるもの。


 そう、アンジェリアは自身の魔力を操ることで予知夢を見ることができる、アデラウス国ひいてはラウス教の切り札。

 数十年に一度、全四名選出される聖女のうち、たった五歳でその貴重な力を見出され、前任の役目を引き継ぐこととなった『予知を司る聖女』であった。


***


 アンジェリアが見る夢の全容について、いったいどう表現すれば周囲へ正確に伝わるだろうか。 

 未来の出来事が明確な映像として流れる場合もあれば、時には意味深長な文字の羅列であったり、また時には津波のごとき魔力の奔流であったりと様々で、ひとたび呪文を唱えれば彼女の夢は確実に来たる欠片を拾うことができる。

 しかしもちろんこの特殊な術は無制限に使えるわけではない。

 脳を休めるべき夜を通して魔力を使い続けるため、たった一度でも呪文を行使した次の日はひどく消耗するのである。

 それゆえ本来はせめて一週間に一度程度の間隔で行うべきなのだが、世界の緊急事態にそうも言っていられない以上、彼女は宝珠の魔力が顕現した日から毎日のように予知夢の儀を行っていた。


 宝珠の異変を感知した日の夜、意を決して唱えた呪文により、夢には数々の魔物が山や海を越えて平和な土地へなだれ込む映像が流れた。

 その次の日の夢では、畏怖すら感じるほど低く威嚇するような巨大な鳴き声が轟き、一日中頭から離れることはなかった。

 たとえそういった怖い夢や苦しい夢だったとしても、極力引きずられないようにしながら、真面目な彼女は淡々と責務をこなしてきた。


 そして今宵――アンジェリアは夢の中で目を開いた。

 一般人でも時折見る者が現れるという、明晰夢に似ている感覚がする。

 空中に浮いているように存在する彼女がそう思いながら辺りを見回すと、目に映るのは薄暗く淀んだ森や荒れ果てた大地だった。

 せっかく鮮明な映像として垣間見ることができたのに、それはとても生き物の住める場所ではなく、決して見ていて気持ちのいいものではない。


 平和を望む純朴な彼女の心が沈んでしまいそうになったそのとき、ふと視界を横切ったのは一羽の大きく美しい鳥であった。

 めったに鳥類を見かけないガイアデルツ大陸に住む者として、珍しさに思わずその輝く姿を目で追うと、その先に小さな二対の鳥が羽を休めているのが見えた。

 よく見ると、美しい鳥は口元に二粒の実をつけた枝をくわえており、それを二対の鳥へと与えているようだった。


 その様子にアンジェリアが連想したのは子を思う親の姿だった。

 真相は定かではないが、実を食した二対の鳥は瞬く間に元気になり、大きな美しい鳥とともに空へと飛び立っていく。

 その三羽の鳥たちが羽ばたくと、みるみるうちに空気は清められ、枯れた木々や大地が次々と瑞々しさを取り戻していくのがわかる。

 やがて彼らが遠くへと飛び去り、大地の果てから朝焼けが差し込もうとしているところで――アンジェリアは夢から覚めたのだった。


***


 このように未来の一端を覗くことができるとはいえ、正確な順番通りに実現するわけではないので、その後すぐ起こる出来事なのか、幾日も猶予があるのかまでは判断がつかないのが難点といえる。

 それでもいつも見ている暗い行く末ではなく、今回の予知夢からは未来の希望を感じ取ることができた。

 素早く朝の支度を終えたアンジェリアは、運ばれてきた朝食をとったのち、自らが招集をかけた会議へと臨む。


 居住棟一階、少し入り組んだ先に用意された部屋がもっぱら聖女用の会議室となっており、アンジェリアが入室したときには残りの聖女三名が席に座って待機していた。


「皆様、おはようございます」

「あ、おはようございます!」

「はよ……ざいます……」

「アンジェちゃん、おはよう~」


 三者三様の挨拶を受けながらアンジェリアも指定席に座る。


 真っ先に挨拶を返して朗らかに笑っているのは『守護を司る聖女』であるクレアだ。

 豊かな黒髪を二つの三つ編みへと結び、前髪を両サイドへ流している彼女は、三年前に抜擢されてここへやってきた。

 温かな瞳でいつも周囲を案じている、明るく優しい少女である。


 一方、非常に眠そうな声を出し机上へ突っ伏しそうになっているのは『勝利を司る聖女』であるヴィクトリアだ。

 ただでさえくせ毛で跳ねぎみの短髪が、朝早く準備に追われたためか寝癖と相まって普段以上にふわふわと跳ねている。

 攻撃特化型の魔力を生かして、約五年前から役目を務めている元気はつらつとした少女だが、朝が苦手なのは昔から変わらない彼女の弱点のようだ。


 そんな様子を「あらあら」とばかりに微笑ましく見ているのは『治癒を司る聖女』のイザベラである。

緩くなびく黒髪をハーフアップにまとめた彼女は、ゆったりとした仕草や細められた目元からは想像できないほど強く大きな魔力に溢れている。

 また聖女たちの中で最年長でもあるため、祭司たちも含め周囲から頼れるお姉さんのような存在として親しまれている。


 以上三名が、この先さまざまな脅威に立ち向かう際に非常に頼りになる仲間である。

 そして、たった今入室してきたこの男もその一人。


「いやあ、遅れてしまい大変申し訳ない」

「構いませんわ。こちらこそ、お忙しいところ急にお呼び立てしてしまい申し訳ありません」

「いやいや。聖女アンジェリア、君が招集をかけたということは特に重要な内容なのだろう」


 視力矯正のための眼鏡をかけた、柔和な雰囲気を醸すこの壮年の男は名をグレイソンと言い、ラウス教の大祭司――つまり、実質祭司たちの頂点に立つ者だ。

 真面目なアンジェリアの返答に苦笑した彼は、聖女四人が見渡せる位置へと着席する。

 あくまでも聖女はすべての祭司たちと対等な立場であるため、大祭司といえども見下ろす資格はない。

 神妙に頷いた彼女はさっそく議題を切り出した。


「はい。最初に、本日までの予知夢のご報告を皆様へ」

「ほほう」

「まず、これまでの夢では魔物が平地へ押し寄せてくるもの、怪物の声が闇夜に轟くもの、いくつもの操り人形が助けを求め続けるものなど、およそ不吉なものばかりでした。ですが本日の夢に映し出されたのは、輝く鳥が廃れた土地を浄化していくというものでした。近々、希望をもたらしてくれる存在が現れるかもしれません」

「なるほど。私は夢の報告は逐一聞かせてもらっているが、前半の重い予知夢だけでなく、良い兆候が見られるのだとしたらありがたいことだ」

「ええ。……その結果を踏まえて、今後のラウス教の方針について提案があります」


 アンジェリアは一拍置いて、強い意志を乗せた瞳で全員の顔を見渡した。


「かつての『大繁殖』時と異なり、どの種族が原因の危機なのか未だ不明な以上、今回通達した人族の国々だけでなく、他種族の方々にも全面的な協力を仰ぐべきとわたくしは考えます」


 古来より、ラウス教は主に人族へと浸透してきた宗教である。

 それゆえ、今まで教義や祭事へと表立って他種族を巻き込んだことはなかった。

 アンジェリアの言う『大繁殖』の時ですら、原因は樹族によるものだとはっきりわかっていたのもあり、龍族など一部の種族が人族と協同したにすぎないのだ。

 

 話を受けて比較的肯定的に捉えてくれているらしい他の聖女たちとは反対に、保守派の祭司も多く存在する。

 まずは真正面、最上位の立場の者へ提案が通るか否か。

 アンジェリアの決意を乗せた声と、それに応対するグレイソンの声がしばし会議室内に響き合ったのだった。


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