N04 特攻龍は使命に燃ゆ
俺としちゃあ、あの時代の世界的危機のことはまるで昨日のことのように思い出せるんだ。
原因不明の大雨が何か月も降り続けたことで川が溢れ、土砂崩れや洪水で多くの集落が流されちまったと思ったら、次の日からの数ヶ月はその川も干上がるようなカンカン照り続きときた。
異常気象はそれを皮切りにとどまることを知らず、標高の高い山の上にある俺たちの里でさえ、あれほど積もっていた雪がほぼ溶け消えた。
不安定な大地は端から端まで残らず木々や植物に埋め尽くされて、浅瀬すらまるで海藻の森だった。
各種族の眷属らも各地で暴走し、場所によっては原因不明で昏倒したり死亡した者も多くいると聞く。
下手したら海面すら上昇した、そんな急激な温暖化現象に世界各地が苛まれたあの時代は本当にひどかった。
だが、歴史ってのは残念ながら風化していくもんだ。
長命な龍族である俺ですら当時は幼い子どもだったんだから、世代の入れ替わりの激しい種族の記憶から次第に薄れてしまうのも無理はないかもしれない。
それでも、一度起こってしまった過ちを繰り返していい訳がない。
正しい歴史を知る俺たちはなおさら、率先して彼らの暴虐を止めなければならないんだ。
その中心へ巻き込まれてしまった、不運なこの子のためにも、な。
***
ローベルトが里から出て調査および遊撃することになったそもそもの発端は、里の外に出た同郷者たちが相次いで行方不明となる事件の発生だった。
龍族はもともと赤龍系と黒龍系のたった二種しか存在せず、かの『大繁殖』の際に全員合流し現在は一つの里で暮らしているため、よほどのことでない限りは里の外部で暮らす者はいない。
もちろん任務や一定の交流のため外出する者はいるが、何のためにどれくらいの期間どこへ行くかなどきちんと事前報告する決まりとなっている上に、身体能力が高い龍族が危険にさらされることもめったになかったので、実質近所へ散歩に出かけるのと大して変わらないというのが同郷者たちの共通認識だった。
しかし約十年前、その認識が崩れる事態が起きた。
里の周囲を警戒する役割を持つ偵察隊へ、病気の父親の代わりに納品物を山のふもとの街へと運びに行った娘が一向に帰ってこない、と身重の母親から通報が入ったのだ。
その娘が赤龍系の族長の孫だったこともあり、すぐに臨時捜索隊が結成されたが、その後いくら探しても見つからない。
しかも不幸は重なるもので、捜査の手をこまねいているうちにもう一件、二つ山を越えた先で道の整備の任務についていた同郷者三人のうち、一人の男がいくら待っても休憩から戻ってこないという緊急連絡が入った。
慌てて人員を増やし捜査の手を伸ばすも、二人の影すらつかめない状況が続く。
捜索が難航する要因の一つとして、龍族の里があるガイアデルツ大陸の広大さが挙げられた。
ガイアデルツ大陸は北東に浮かぶもう一つの大陸や周囲に点在する諸島に比べ、はるかに広い面積を持つのである。
この大陸は南東側が山がちな一方で北西側に平地が広がっており、多くの種族が海から出入りし至るところに街や村を築いている。
このようになまじ面積も広く人口も多いものだから、何が原因で行方不明になったのか見当をつけるのが難しかった。
結果、もう数人が各地で行方知れずになってようやく、どうやらこれは人族による誘拐事件であると突き止めるに至ったのだった。
「ローベルト様、本当に向かわれるのですね」
「ああ、会議で決まったからな。それに俺だってまだ現役なんだ、俺にできることは片っ端から試さねえとな」
赤龍系の族長の兄であり複数の偵察隊をまとめる立場にあったローベルトは、各隊と臨時捜索隊が持ち帰った情報をもとに自らも外部へ向かうことになった。
偵察隊員は経験を積ませるという意図もあって年若い者が多く、また戦闘経験も少ない。
長年の経験を生かした実地調査や、場合によっては特攻を仕掛ける必要が出てきた段階で、彼へと白羽の矢が立ったというわけだ。
事件発生から数年が経ち、無事救出できた者もいれば未だ捜索中の者もいた。
それでも幾人かはその存在を確認することができていた。
北西部の平地には黒龍系の同郷者が向かうことになったので、ローベルトの担当範囲は山々がそびえ立つ南東側だ。
点在する彼らを助けるべく、龍族は複数の協力者を募ったうえで数年前より大々的に攻勢に出始めた。
それから現在に至るまで、龍族に大きな借りがある樹族をはじめ、人族の中でも虐げられている者たちやそれに異を唱えて権力へと真っ向から反対の立場をとる者たちを中心に、さらに同じような被害が出ている魚族も一部海の上から手助けをしてくれている。
各地に拠点を作り、情報を密に交換し、理不尽な扱いを強いる者には容赦しない抵抗団体として、国家権力を背後に控え膨らんでしまった人族の野望を砕くべく、湧いて出るような悪行の数々といたちごっこの日々。
そうして誘拐事件の始まりから約十年、ついにある山奥に巧妙に隠されていた研究施設が発見された。
さっそく仲間が偵察に向かい判明したところによると、今まで対峙してきたどの施設より警戒が厳重だという。
そこに出入りする人族にとって非常に重要な機密を扱っているとみられ、ただちに襲撃対象として挙げられた。
ただ厄介なことに、あまりに相手側の隙がない。
むやみに突撃して仲間を失うわけにいかず、ローベルトたちは外から手を出しあぐねる日々が過ぎた。
しかしつい先日、その堅牢な研究施設は一夜にして崩壊した。
その原因と考えられるのは、ボロボロの姿で見つかった一人の龍族の娘。
そう、それは一番最初に行方不明になったまま見つからなかった赤龍系の族長の孫、その本人だった。
「……着替えは済んだか」
「はい」
「身を清めたり食事も必要だろうが、ここは最低限の備えしかないんでな。これから向かう先で提供するから安心してくれ」
「ありがとうございます! 助かります」
背の高いローベルトを見上げるようにして説明を聞く彼女は、少し接しただけでも素直だとわかるいい子だった。
弟の孫という血縁関係にはあっても、接点は殆どなく時折名前を聞く程度の関係だったのだ。
つらい目にあったろうに、彼女のくるくると変わる表情からは喜怒哀楽が失われていないこともわかり、彼は非常に安堵した。
その健気な様子に心打たれたローベルトの様は、傍から見れば近所の子どもを可愛がる爺さんと変わらない。
一方で、彼女の中で「この男は味方だ」と納得がいったのか、最初こそ警戒してぶっきらぼうだった口調も丁寧になり、目上の者を敬う形に変わったようだった。
ローベルトは発見時の彼女の姿を何度も思い返しては、手遅れにならなくて良かったと強く思う。
あの夜聞こえた地響きのような音。
一番素早く駆けつけることができたローベルトが見たのは、燃え崩れた施設の残骸といびつな生物の死骸、それからところどころに散らばっていた赤黒い鱗。
見覚えのある色の鱗はまさに探していた龍族のもの、しかしその大きさからどう考えても通常の形態ではないことを察したローベルトは急いで広範囲探知を行った。
これは火の魔力の応用として経験を積んだものが使える技で、一定の距離に存在する熱源を探知することができるものだ。
すると森に入った形跡があり、なぞるように進んだ彼がその先の小川の近くで見つけたのが、行き倒れるように蹲っていた彼女だったというわけだ。
目を覚ました彼女、ナーシャは記憶がうまく思い出せず曖昧なようだったが、少なくとも自身の名前は覚えていた。
身体にいくつも残る傷痕や各所に残る注射針の痕など、彼女に一体何があったのかは想像に難くない。
さらわれ、救出できたいずれの同郷者も似たり寄ったりの姿だったからだ。
一方あの時施設で何が起こったのか、推測は出来ても確実な情報ではないため、酷な話だが彼女に尋ねるしかない。
そしてその口から飛び出すであろう過酷な現実を受け止め、何らかの対処をとらなければならないだろう。
ナーシャを案内するため、隠し通路を先導して歩く彼は思考する。
一部の人族はおそらく各種族の頂点に立たんと目論み、他種族を支配しようと画策しているのだろう。
そして数の少ない龍族にも当然目をつけ、その際にあらゆる文献や資料を密かに漁ったのかもしれない。
なにせ長命のローベルトをしても噂程度にしか聞いたことのない、もはや伝説並みの話なのだ。
――ヒト型である龍族の『完全龍化』など。
眉唾な話だと一蹴せず、一時的に里に戻るなりしてよく調べる必要があるな、とローベルトは小さくひとりごちた。
また、ナーシャの精神的な部分も注意してやらねばならない。
いま彼女の態度からうっすらと垣間見える罪の意識や悲壮な覚悟、これはおそらく彼女の幸福な未来にとって枷になってしまいかねないものだ。
彼女の頼れる者を増やし、よく話を聞いて、小さな変化にも敏感になる必要がある。
よって長期戦も覚悟せねばならんな、と一人頷いて考えをまとめた。
そうして「ひとまずどうにかナーシャの負担を軽減してやらねば」と考えるローベルトは、歴戦の猛者の経歴といかつい見た目に反して、まさしく同族想いの優しいおじさんなのであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
これにて第一章は終了です。
次回、幕間を挟んでその後から第二章となります。
(作者、こんなに長く小説を書いたのは初めてでびっくりしています)
主人公たちの境遇とこれからの行動に思いを馳せて、ぜひ楽しみにお待ちいただければ幸いです。




