N03 罪は我が身と共に
ナーシャが運ばれた洞窟は、拾われた小川からそう遠くない位置にあった。
寝かされていた部屋のような場所には、小さな木の棚が置かれていたり蛇口と受け皿のようなものが設置されていたりと、無骨ながらやけに整った内装をしていた。
そのほかにも奥に作られた用途別の部屋などの案内を受ける中、後をついて歩くナーシャが不思議に思い各所を眺めていると、それに気づいたローベルトが親切にも教えてくれる。
「ここは俺たちの協力者であるバナン爺が提供してくれている仮宿だ」
なんでもバナンという老人は樹族のため土や石の加工はお手の物らしい。
さらに眷属である木々や植物の協力もあり、関係者以外には見つけられない、こう言った隠れ家が各地の山の中に点在しているのだという。
ナーシャはいきなり聞き覚えのない種族や専門用語のようなものが出てきたので面食らった。
「樹族というのは?」
「ん? ああ、記憶が混乱しているのだったか。……七つの種族と眷属については?」
「いや……すまないが分からない」
自身が龍族であること、それから関わりがあったから人族について知っている程度のものだ。
この世界ではそんなに種族が分かれているのか、と晶の感覚としては新鮮な気持ちになる。
「そうか。ならば簡単に説明するぞ」
頷いて、ローベルトがよどみなく淡々と説明してくれた内容は以下の通り。
この世界【ジュミシード】には七つの属性を司る種族とその眷属が存在している。
火属性を司る『龍族』の眷属は『竜』、水属性を司る『魚族』の眷属は『魚』。
土属性を司る『樹族』の眷属は『植物』、風属性を司る『鳥族』の眷属は『鳥』。
光属性を司る『霊族』の眷属は『精霊』、闇属性を司る『鬼族』の眷属は『魔』。
そして無属性を司る『人族』の眷属は『獣』。
「各属性の均衡を保ちながら世界を滞りなく回していくのが、古来より我々七つの種族の使命でもある」
そう端的に締めくくった彼は、「ここまでついて来れているか?」と律儀に確認してくる。
いかつい顔のくせに面倒見がいいのか、同族だから気にかけてくれるのか判断はつかないが、一から丁寧に教えてくれるローベルトは案外悪いやつではないのかもしれない、と思いながらナーシャは頷いた。
「かつては世界中を植物が覆った時代もあったんだがな。少なくとも、現在世界で一番はびこっているのは人族とその眷属らだ」
微かに変わった表情を見るに、彼は現状をあまり快く思っていないようである。
ナーシャとしても自分がされてきたことを思えば当然か、と危うくしかめ面になるところだった。
「属性および種族数が大幅に偏ると、世界の均衡は崩れ、天変地異や災害が起こりやすくなる。前回の『大繁殖』でえらい目に遭った者たちと、その関係者や親族は重々承知の事実なんだが……いかんせん、人族はなあ」
ローベルトは重々しく息を吐く。
聞くと、人族の寿命は一番短命な魚族の次に短いため、世代の入れ替わりが激しいので歴史を継承しづらいのだろうとのこと。
晶の感覚からすればわかるが、何百年と生きる龍族と違い、確かに人は百年も生きれば長寿だといえるだろう。
それは結局、飽きずに侵略と戦争を繰り返していた地球の歴史とそう変わらないな、とナーシャは思う。
「……どこの世界の人間も、過ちを繰り返さずにはいられないんだな」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なんでもない。教えてくれてありがとう」
ナーシャからぽつりと漏れた呟きに、聞き取れなかったローベルトが振り返る。
首を横に振ったナーシャは、ちょうど話の区切りがよさそうなので話題を変えることにした。
「ところで、私はこれからどうなるんだ」
歩みを止めて真剣な瞳を向けるナーシャに、ローベルトも正面から向き直る。
「そうだな。お前さんがよければ、しばらく俺の所属するところで共に生活してもらう予定だ」
「所属?」
「ああ。俺たちはレジスタンスとして活動している。このままでは世界を破壊しかねない人族に対する、抵抗団体ってやつさ。お前さんを助けたのも、その活動のうちのひとつだ」
そう言ってナーシャを見すえたローベルトの瞳には、ナーシャに対する温かさと同時に後悔も滲んでいるように見えた。
「お前さんのいた研究施設にはな、近々襲撃の計画を立てていたんだ。だがどんな存在が捕らわれているのか、何が行われているのかまでは、外からでは中々把握が難しくてな……結果我々が足踏みしているうちに、爆発してしまった」
「……私のせい、か」
ナーシャがどこから逃げてきたのか、最初からローベルトは知っていたのだ。
きっと予想外のことに慌てて駆けつけ、生き残りを探して回り、そうしてナーシャを見つけたのだろう。
本当は捕らわれていた皆を救いたかったはずなのに、不甲斐ない自分の暴走のせいでそれも叶わなかったのだ。
罪の意識に俯きかけたナーシャだったが、思いのほか優しい手つきで頭を撫でられ顔を上げる。
「いや、それは違う。いいか、悪いのは非人道的な行為を繰り返している一部の人族だ。……いったい何があってそんなにボロボロな状態なのかは後で聞かせてもらうが、お前さんはあくまで被害者であることを忘れるなよ」
力強い言葉に泣きそうになり、再び俯いて唇を噛みしめるナーシャを優しい瞳が見つめる。
「それに何より、その冒してはならない領域に足を踏み入れてしまっている奴らを止めるために、俺たちはいる」
「……はい」
「お前さんも、我々の味方になってくれたら心強い。一緒に来てくれるか?」
「……はい……っ」
誰にどんなに慰められても、きっと犯した罪の意識は消えることはないのだ。
ならばこの後の行動で、より多くの命を救えばいい、とナーシャは決意した。
その結果、最悪の場合自分がどうなろうと二の次でいいと思えば、少しは気も楽になろう。
――まずは身体の具合をひとつひとつ確かめて、ローベルトと今後のことを相談しながら、自分にできることを探していこう。
俯いたままのナーシャの肩の震えが止まるまで、ローベルトは静かにぽんぽんと頭を撫で続けてくれた。
まだ、自分を嬲った人族のことは正直恐ろしい。
しかし親戚のおじちゃんのような、人が好いこの男のことは信じてもいいかもしれない、とナーシャは思ったのだった。
ナーシャが落ち着いた後、ローベルトは「準備ができたら別の場所へ移動するぞ」と言って彼女へと着替えを渡してきた。
そういえば最低限の装いしか身にまとっていなかったことを思い出し、慌てて礼を言って部屋に戻る。
簡素な作りとはいえ動きに支障はなかったので、自作の鱗装備の上からそのまま用意された服を着た。
洞窟内を少し歩いただけで視界がクラリと揺れる状況に、改めて魔力の回復が追い付いていないことを思い知らされる。
健康優良児だった晶からすると、体調不良をおして動くしんどさはいっそ新鮮な感覚ですらある。
三人で一緒に遊んでいたゲームの用語をすらすらと口にしていた美里音なら「デバフの効果ってこんな感じかも!」と言いそうだな、とナーシャは小さく笑った。
着替えが終わり、想像上の幼馴染のおかげで気持ちが浮上したナーシャは、ついでに使用した毛布をたたんでおく。
その後軽い柔軟で体を温めて、目を閉じて深呼吸をひとつ、ふたつ。
そうして開いた黄金の瞳には、再び強い光が宿っていた。
「そうだ、たとえ実験の副作用や後遺症に侵されたとしても、美里音と律に会えるまでは絶対諦めるものか」
龍族、制約を課せられし娘ナーシャは、この世界へ解呪の灯火を捧ぐ。




