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N01 非道なる実験の末路

いつもお読みいただきありがとうございます。

詳細描写はぼかしていますが、今回はシリアス続きの展開に輪をかけて酷な内容かもしれません。

念のため、ご注意ください。

 意識が落ちる前に嗅いだ薬品のにおいに包まれて、再び目が覚める。

 ここに閉じ込められて、いったいどれくらいの時が経ったのだろう。

 訳が分からないまま連れ去られたあの日がまるで遠い昔のように感じるのは、彼女が移動できるどの空間にも時間を示してくれるものがないからだ。

 そう信じていないととてつもない不安に襲われかねないので、ここに連れてこられて散々抵抗したあとは過去や未来について考えるのをやめた。

 ここは奇妙なほど清潔に保たれたいくつかの密閉空間と、多種多様な生物が隔離されたいくつもの檻のような部屋で構成されている施設で、自分の知らないどこかの山の中にひっそりと建っているようだ。

 どの出入り口も厳重に管理されており、万が一逃げようものならその者には容赦ない制裁が待っているという。

 どちらにせよ、ここから出られない身では考えても詮無きことであるが。


「No.一〇五九、起きろ。時間だ」


 正直なところ、何かを考えるのも億劫で、痛む身体を動かす気力も出ない。

 白衣を着たひとりの人族の男が、焦れたのか彼女の首にかかる鎖を掴む。

 半ば強引に部屋から出された彼女は、またいつものように一つの密閉空間へと連れられて、台の上に拘束される。


 お前は希少な種族だから連れてきたのだと、ある男に言われた。

 せっかくなら薬物や痛み、その他あらゆる耐久性を調べたいのだと、ある女に言われた。

 周りを囲むのはいずれも人族の研究者たちで、皆一様ににやにやと愉悦にまみれた顔をしていた。

 力を物理的に封じ込めて優越感に浸るさまは、ふだん温厚な彼女から見ても醜悪だった。

 しかし彼らの言う通り、毎日のように怪しい実験を繰り返されてもある程度は耐えてしまう強靭な肉体を持っていたがゆえに、彼女に与えられる実験内容は激化していった。


 そしてついに、その時は訪れた。


「今日は、長年研究していた薬を二種類試す予定だ」


 怯える顔が見たいのか成果を誇示したいのか彼女にはわからなかったので無反応を貫くと、にやつきながら宣言した男は一転して苛立った表情に変わった。


「お前の記憶と肉体にそれぞれ作用するものだ。今まで苦し紛れに忘れようとした過去も全部再現されるに違いない」


 彼は暗に今までの実験内容の反復をさせ、より精神に負荷をかける気なのだと言っている。

 どうせ、もうひとつの身体に作用する薬だって苦しめることを第一の目的としているのだろう。

 彼女はちらりと別の白衣の男が持つ注射器に半分開いた目を向け、諦めたほうが苦しまずに済む、といつものように瞼を閉じた。


 ――本当に、それでいいのか?


 ちくりと腕に刺さる針の痛みと、脳内に声が響いたのは果たして同時だったか否か。


「う……っ、ぐぁ……!」


 瞬時に回ったのだろう薬物が血を巡る熱さに呻いた彼女は、その後すぐに訪れた重い頭痛に押し殺した悲鳴を上げた。

 いや、痛いというより強烈な記憶の奔流に意識が押し流されそうになっていたというのが正しいか。

 手足を拘束されているのでうまく衝撃を逃がせず、それでももがく身体によりガシャガシャと拘束具が鳴る。

 彼女の様を見て高笑いしている研究者たちを尻目に、本人はその瞳に次々と映る走馬灯のような記憶を眺め、そして。


「……」

「? なんだ?」


 俯き、急に動きを止めて黙ってしまった彼女を研究員の男は訝しげに見やる。

 なぜなら別の被検体に投与した際には存分にもだえ苦しむ様子を記録できていたためだ。

 理解できない現象に首を捻り、意識の有無の確認のために覗き込むと――す、と顔を上げた彼女の強い意志を宿す瞳と目が合った。


「……こんなもので、私を思い通りにできると思うなよ」


 彼女は野心高い卑劣で野蛮な人族とは違い、質実剛健、孤高に生きる『龍の一族』の娘である。

 龍族の特徴である額の角の下、金色の縦長の瞳孔に睨まれた男は、駆けのぼる恐怖に情けない悲鳴を上げてのけぞった。

 身体は数々の実験により疲弊しボロボロだったが、幸か不幸か薬効により思い出したのだ。

 彼女の中には確かに、この非道の数々を糾弾できる強靭な意識――高梨晶として生きた人生の記憶があることを。


 にわかにざわつく研究員たちをも睨むようにゆっくり見渡した晶は、現状を素早く顧みる。

 薬物の効能なのか、いつにもまして回転する思考と熱い視界。

 しばらく使っていなかった脳を動かすにはちょうどいい、とうまく動かせない身体の代わりに小さく唇をなめる。

 どうやらここは晶が生きてきた世界とは根本的に別の世界のようだが、この世界で龍族として生きてきた自身の記憶に違和感はない。

 経緯を端的に言うと、龍の里で生まれ育った自分は、用事を済ませるため里から出た先で不運にも人族のハンターに捕まり、ここに売られて今に至るわけだ。 

 もちろん同族と過ごした昔の記憶もあるにはあるが、現在は被験の弊害かうすぼんやりと霞んでしまっている。


 そのことに少し胸が痛んだ彼女の内心など知らない研究者たちは、おのおの思い通りにいかない実験対象に焦る者、苦い顔をする者、ぶつぶつと呟く者と様々な反応だったが、棘のような空気を放つ晶を恐れて皆近づこうとしない。

 その中で、先ほどから発言を控えていたひとりの人族の女が溜息とともに新たな注射器を携えて口を開いた。

 

「まったくどいつもこいつも情けないわね。一つ目の成果が出ないのなら、さっさと二つ目の実験を始めてしまえばいいじゃない」


 呆れを隠しもしない声音で周囲を見渡す女に晶は身構えるも、拘束された身ではろくな抵抗ができない。

 晶の記憶のほうが衝撃が強かったためくずおれることはなかったが、先ほどの薬の影響で研究員が期待したように数々の実験の記憶もフラッシュバックした身だ。

 そのため、どうしても晶の気丈な瞳に微かに反射的な怯えが混じる。

 それを見た人族の女はにやりと悦楽を滲ませた表情で笑う。


「この薬はね、あなたたちの一族の伝承にある眉唾な能力を最大限に引き出せるよう調整したものよ。この研究が成功すれば、あなたたち龍族は人族の配下につかざるをえなくなる」


 女は喜びが抑えられないとばかりにつらつらと言葉を吐き続ける。

 効能に詳しく成果が待ちきれんばかりの態度だ、もしかするとこの女がこちらの薬の研究の第一人者でもあるのかもしれない、と晶は頭の片隅で思う。


「恐ろしくて声も出ないかしら? ふふ、細胞を活性化させると同時に、意志系統を制御するようにできているこの薬を継続的に投与することで、あなたはわたしたちの指示のもと強大な力を振るい続けることになるわ。だから」


 満面の笑みで「安心してその身を委ねてちょうだいな」と言い聞かせるように呟いた女は、無情にも晶の首に薬液を投与した。


「ふざ、けるなよ……っ、ぐ、」


 状況把握のために口を噤んでいた晶も、あまりの言葉にさすがに悪態をついたが、容態はすぐに悪化する。


 ――熱い、熱い、熱い!


 ドクンドクンと心の臓が大きく波打ち、呼吸が乱れ、血が沸騰しているかの如く全身に熱く巡る。

 頬や腕などの表皮に浮かんでいた鱗肌の面積がどんどん広がっていき、軋む身体が痛みとともに膨張していく。

 赤く染まる視界には研究員たちの姿も映るが認識する余裕などなく、先ほどの薬品など比較にもならないほどの熱量が頭と肉体を覆う。

 聞こえる悲鳴は口から勝手に漏れ出る己のものだった。

 抗いたいのに、耐えきれない。

 

「あっははは! そうよ、もっと変化しなさい! これが、これがわたしの最高傑作の……!」


 焦燥と悔しさを置き去りに晶の意識が途切れる直前、ひどい耳鳴りの中、とても醜い笑い声が遠くで響いたような気がした。

 

***


 日が昇りはじめたのか、朝焼けに染まる空がやけに赤く感じる。

 焼け焦げたような建物の残骸が幾重にも地に転がり、ところどころから黒い煙が上がっている。

 遠くのほうには無事な木々が見えるも、近辺の木々は燃え落ちなぎ倒されて無残な有様だった。

 山の中、不自然に開けた空間に日が差し込みはじめる。


 再び晶が意識を取り戻した時には、周囲に生き物の気配はなかった。


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