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K04 籠より出でし双鳥は

 オレたちには、物心ついた時から両親がいなかった。

 それでも、お母さんに抱かれて温かいなあと安心して眠った記憶があるから、きっといつだってできる限りの愛を注いでくれていたんだろう。

 齢五十の儀なんか待たなくても、オレたち双子が同族から忌み嫌われていることくらい小さいころからわかっていた。

 少ないながら親のいない子たちが集められる施設でも、友達はほとんどできなかったから、オレとトールはいつも二人で身を守るように暮らしてきた。

 そうやってずっと二人でお互いに支え合えていれば生きていけると信じたかったけど、やっぱり世の中は甘くないな。


 それでも、兄ちゃんがいてくれたからこれまで楽しい思い出を糧に毎日頑張れた。

 今だって、兄ちゃんが来てくれたから、未来は苦しいだけじゃないかもって希望が持てるんだ。


***


 北沼地からファルエイユを持ち帰った日、カチェリアーノとトルディアーネが族長のもとへ報告に向かうと、二人を見て驚愕の表情を浮かべた族長が副長らを呼び、その場がにわかに慌ただしくなった。

 さらに呼ばれた鑑定士のもと、その花が本物だとわかるや否や、難しい顔をした族長が待機していた施設長に耳打ちをし、すぐに会議を行うと言って上層部の数人を引き連れて奥へと下がった。

 残された双子は施設長に連れられて施設へと戻り、自分たちの荷物をまとめるようにと言われ困惑を隠せない。


「なあトール。オレたち試練は突破したことになったんだよな?」

「うん、そのはず。でも、上の人にとっては欲しかった結果じゃなかったみたい」


 双子は結果的にエヴェリアーノに助けられ九死に一生を得た。

 二人だってどう考えても自分たちの実力では噂に聞いていた恐ろしい沼の主には叶わないと知っていて、一度は死地に向かう覚悟で集落を出たのだ。

 それを上層部も当然把握していたに違いない、と今ならはっきりわかる。


「つまりどっちに転んでもオレらは用済みってことか」

「そんなの今更わかりきってたことだけどね」


 溜息をついた二人は、言われた通り手早く自分たちの荷物をまとめていく。

 とはいえ、もともと持ち物らしきものはほとんどない。

 着替えが一着と、小さな水筒、櫛や歯ブラシなど自分用の衛生用品が少しと、尖った石で作った即席の小刀など。

 二人が持っている唯一の腰巻き鞄に雑に入れたとしても問題はない。


 習った掟どおりなら直接的に殺されることはないと信じたうえで、再び連れ出された双子を待っていたのは、不正を働いたに違いないので追却という結論だった。


「追却とはこの集落から出て行きなさい、という意味です」


 施設長がなんともない風を装って意味を噛み砕いて教えてくれたが、その声音に恐れと罪悪感が含まれていることに二人は気づいた。

 彼は双子が疎外されても助けず、いじめられても見て見ぬふりをしてきた。

 二人にとってそれが一般的な大人で、それが二人の日常だった。

 しかし今回はおかげで荷物の用意ができ、身一つで追い出されずに済んだといえる。

 複雑な気持ちになったが、外部を恐れる彼なりの唯一できることだったのかもしれない、と双子は思うことにした。

 

 集落外れの小屋で明日まで待機だと言われた二人は大人しく従った。

 いくら今日成人したとはいえ、抗えないことや理不尽なことは世の中にたくさん存在する。

 派手な戦いでところどころ破けた服を繕うことも、汚れた身体を洗うこともできないが、今に始まったことではないのだ。


「あー、今日も飯抜きかあ。オレは水、少しあるけど。トールは?」

「私も水は大丈夫。ほら、カチェ。細身だけどこれ、かじると甘いよ」


 大人が三人寝転がることができる程度の狭い小屋には、申し訳程度の毛布がいくつかあるだけだ。

 この際汚れても気にせず毛布にくるまって寝転がり、そこで空腹に気付いたカチェリアーノ。

 その様子を見て「仕方ないなあ」と苦笑したトルディアーネは、鞄から葉のついた小さな根菜を取り出して渡す。

 暗い闇の中、壊れかけた窓からほのかに月明かりが差し込むのをぼんやり見ながら、体力の温存のために二人は眠りについた。

 いつだって明日というものは期待しても薄暗いから、無駄に考えないに限る。


 次の日、質素な朝食が出されたのを見て、これが最後のご飯だと悟った二人はスープだけ食べてパンは鞄に忍ばせた。

 集落内には今朝から通達を回し、昼頃には周知のもとこっそりと追い出されるのだという。


「いいよ別に。これ以上憐みの目で見られるのはたくさんだ」


 せいせいする、と言って鼻を鳴らしたカチェリアーノだったが、脳内には唯一関わりを持ち続けてくれた人がよぎった。


 彼、エヴェリアーノとの出会いは森の中だった。

 施設の日課である薬草採取のため分け入った森の中で、迷いかけた二人を通りがかった彼が見つけたのが始まりだった。

 ついでに探していた薬草も快く分けてくれたのが驚きで、今もやけに印象に残っている。

 笑顔を浮かべることは少ないが、贔屓目に見ても整った顔立ちで、ファータの民の証ともいえる金髪を緩く短く風になびかせ、そのまっすぐな翡翠の瞳には他の人が浮かべるような憐憫の色もない。

 不思議な人だと思ったが、その時はこれっきり関わることもないだろうと礼をして施設に戻った。


 けれども彼とはそのあともなんだかんだと遭遇した。

 そのたびにとりとめのない会話をし、森の中で出会うことが多かったので知らなかった草花の知識を教えてもらい、採取のおすそ分けをしたりされたり、双子にとってはたいそう充実した時間を過ごせた。

 一度なぜ自分たちに関わるのか尋ねたことがあるが、エヴェリアーノは珍しくきょとんとした表情をした。


「俺はすでに二人を友人だと思っていたが、違うのか」


 その言葉にカチェリアーノは歓喜し、トルディアーネは顔が熱くなった。


 エヴェリアーノは二人が見る限りいつも一人で過ごしていた。

 仲良くなるにつれ、自分たちほど邪険にされるわけではないが、変わり者扱いでいくらか遠巻きに見られていることも知った。

 彼自身は特に気にしていないようだったが、自分たちの初めての友達が彼にとっても初めてなのかもしれない。

 二人はなんだかこそばゆい気持ちになった。


 そんな彼が昨日、絶体絶命の死地に助けに来てくれた。

 助けるべき相手だと思ってくれていたと、うぬぼれていいだろうか。

 ここから追い出されたあとも、もう会えないとしても、心の支えにしていいだろうか。


「カチェ……」


 精一杯の強がりを口にして、そのまま黙ってしまったカチェリアーノの心情を察するに余りあるトルディアーネも口をつぐむ。

 辛かった記憶の中に光る思い出として、心に大事にしまっておこうと決心した二人だったが。


【――カチェ、トール。聞こえるか】


 唐突に、小屋の中、彼ら以外に誰もいないはずの空間に小さく響いた声は紛れもなくエヴェリアーノのものだった。

 信じがたくきょろきょろと周囲を見回す二人が見えているのかいないのか、聞き覚えのある声が言葉を紡ぐ。


【静かに聞いていてくれ。俺は今日この集落を出て、世界を巡る旅に出る】


 驚きに声をあげそうになったカチェリアーノの口を、トルディアーネが慌てて両手でふさぐ。

 どうやら一方通行のようで、何らかの方法で声だけを届けてきたらしい。

 外の見張りにばれないよう息を潜めて、紡がれる言葉を受け止める。


【探したいものがあるんだ。だが場所はわからない。だから二人がよければ、俺を手伝ってくれないか】


 双子は互いに顔を見合わせた。

 こんなに長く喋っている彼はなかなかお目にかかれないぞ、と思いつつも、その内容は二人にとって渡りに船だ。


【もし合意してくれるのなら。二人が集落を出たら『始まりの泉』のほとりで落ち合おう】


 日暮れまで待っている、そう言い残して声はそれっきり聞こえなくなった。

 しばらく息を潜め続け、周囲に何も起こらないことを確認してから肩の力を抜いた二人は、どちらからともなく笑顔になりクスクスと笑い声を零した。

 もちろん罠の可能性もあるだろうけれど、エヴェリアーノは二人に対してどんな時も嘘をつくことはなかった。

 薄汚れた世界の中で、少なくとも兄ちゃんは信用に値する、と二人は判断した。


 日が昇りきり、木々を風が揺らす中、最低限の人員の監視のもと双子は集落を後にした。

 今更恨み言はない、言っても無駄だと知っているから。

 それよりも、と頭を切り替え、二人は少し遠回りをしてから指定場所へと足を向けた。

 『始まりの泉』とは、最初にエヴェリアーノから薬草をおすそ分けしてもらった、思い出深い場所のことだ。

 尾行の影はなく、目の前の泉の傍に小さな鳥たちを携えて佇むのは、やはり双子の命の恩人だった。


 ――ほらね、兄ちゃんはやっぱり優しい人だ。


 二人は彼に向かって駆け出した。

 ここが彼らの起点となり、いずれこの世界も案外悪くないと心から笑えるようになることだろう。

 合流した三人を包む暖かな日差しが、まるで見守るように澄んだ泉を優しく照らしていた。


***


 私たちは、ファータの民に生まれるはずのない忌み子。

 それでも、お父さんに褒められて大きな手で頭を撫でてもらった記憶があるから、きっといつだってできる限りの愛で見守ってくれていたんだろう。

 お父さんは事故で亡くなって、お母さんも後を追うようにいなくなったって聞いているけど、それも果たして本当のことか、私は疑っている。

 だって私たちのことをよく思っていない人からの言葉なんて、信じられると思う?

 信頼できるのはカチェだけ、だから私たちは慎重に周りの隙を伺いながら身を寄せ合って過ごしてきた。


 そんな中で出会った兄ちゃんは、私たちの小さな黒い世界に現れた唯一信用のおける人。

 悔しいけどまだ私たちだけでは生き抜く力が足りないと歯噛みしていたら、いとも簡単に手を差し伸べてくれた人だ。

 兄ちゃんだって余裕がないはずなのに、いつも助けてくれてありがとう。

 足手まといにならないようにたくさん頑張るから、見ててね、兄ちゃん。


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