未完なるもの
じいさんが差し出した古く汚い朱色の小さなそのお守りを、美沙は一瞬見つめ…。
その後、俺と摸のほうをチラリと見る。
そんな美沙に俺と摸が小さく頷くと、美沙はじいさんのほうに視線を戻して
「…じゃあ、あたしが…頂きます」
そう言って、そのお守りを受け取ると、その感触を確かめるように袋の上から触った後…。
制服の上着の内ポケットにそっとしまった。
正直…。
あまり信心深くない俺と、今のところKRZ48が心の中の彼女らしい摸には、縁結びのお守りなんて、必要ない。
それに俺と摸が貰ったところで、そんな小さなお守り…すぐに失くしてしまうのがオチだ。
その点美沙なら、しっかりとしてるから大丈夫だろう。
まぁ…その気の強さで縁結びのお守りを一つくらい貰っても、彼氏なんてそう簡単には出来なさそうだが…。
口に出せば、確実に摸の二の舞になりそうなことを俺は心の中で思いながら、そんな美沙のことを何気なくボッ~と見つめていると…。
次の瞬間、美沙が…まるでそんな俺の心の中を見抜いているかのように、こちらへフッ…と顔を向けた。
俺は慌てて美沙から視線を逸らすと、じいさんのほうに向き直り
「…えぇっと、凛さんを助ける方法は…鬼を、悪鬼を身体の中から追い出す方法は、ないんですか?」
美沙の視線から自分の心の中を覆い隠すように、じいさんにそう問い掛けた。
じいさんは、厳しい顔で腕を組み直すと
「それが出来ておれば、わしがこの手で…。例えこの命、引き換にしても…凛のことを救っておるのじゃが…。」
悔しそうに小さくそう言った後、今度は自分の感情を押し殺すように
「…凛が受けた人封の札の術は、生きておる人間を道具として使用する強力な術ゆえ…それゆえに、厄介な問題も出てくるのじゃ…」
落ち着き払った声に戻ってそう言うと、俺のことを見つめ直す。
「厄介な問題とはぁ、何ですかぁ~?」
涙を流したことによって少し落ち着いたのか、摸がそう尋ねる。
「…うむ」
じいさんは摸のその言葉に頷くと、摸のほうに顔を向けながら
「…そもそも、人封の札の術の道具として使用する人間自体が、未完なるものじゃということを…決して忘れてはならん。…確かに、結界師にとっては己の技量、そして能力をもってしても敵うことが出来ぬ格上の相手に対しては、人封の札の術を用いることによって、ある程度の制約を相手に与えることは出来よう。…しかしながら問題は、道具とされたほう…つまり、人封の札の術を受けた側の人間のほうじゃ…。想像してみるがよい…術を受けた瞬間から己の身体の中に…そして心の中に…己とは違う、封じ閉じ込められし、もう一つの別の存在がおるということを…。そして時が経てば経つほど、その存在の力が己の中で増大し…常に、その存在が囁きかけてくる甘い言葉に…ときには冷たい言葉に…己の意思一つで打ち勝つ心の強さを持ち続けねばならぬ、ということを…」
「…つまり」
俺がじいさんのその話しを聞いて
「凛さんは…悪鬼と同居しているもんなのか…」
ボソボソッと呟くようにそう言うと、じいさんは頷いて
「…既に、 “一心同体” と言っても過言ではなかろう…」
そう言うと続けて
「…本来ならば、凛が人封の札の術を受けたと分かったときに、わしがもっと早く、手を打っておけば良かったのやもしれぬ…」
自分に言い聞かせるように目を細めて、じいさんはそう言うと…。
そのままゆっくりと…瞳を閉じた。




