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想い

「…あの、 “もっと早く手を打っておけば良かった” とは何か…その…凛さんを救う方法があった、ということですか?」


じいさんの話しを黙って聞いていた美沙が、そっと口を開く。

じいさんはその声にゆっくりと瞳を開くと、美沙のほうは見ずにそのまま視線を庭のほうへ向けながら


「それは…じゃな…」


そう言って、少し目を細めてから続ける。


「…気がつけば、あの事件からもう十年じゃ…。いくら凛が雨宮家の子孫とはいえ、多少なりともその天性の能力があったとはいえ、まだ幼子だったため…結界師としての特別な修練を受けてはおらんかった…。そのため凛の結界師としての技量はすべて、わしや娘夫婦の能力や技を見よう見まねで覚えたものばかりじゃ…。先ほども少し触れたがの…時が経てば経つほど、凛の胎内で悪鬼の存在そのものが大きくなり、いつかは凛にもその衝動を…悪鬼の想いを…抑え込むことが出来なくなる日が来ることじゃろう…」


「…衝動?…悪鬼の…想い?」


俺がボソッと呟くようにそう言うと

じいさんはやはり、視線を庭のほうへ向けたまま


「そうじゃ…。人に対する想い…そしてそれが産み出す衝動じゃ…。いわば、自分の愛する人に裏切られた、という人への想い…自分の愛する人を奪い取った、という人への想い…自分を小さな壺の中に封じ閉じ込めた、という人への想い…。むろんそれが勘違いじゃったとしてもじゃ。与六が…いやもう人ではないゆえ、そう呼んではならぬのぅ。…悪鬼が、それゆえ人に対して持つ想いは、その衝動は、既にもう決もうておる…」


「自分を苦しめた “人” そのものに対しての “憎悪と復讐” …ですね」


美沙のその言葉に、じいさんはやはり視線を庭のほうへ向けたまま小さく頷くと


「その通りじゃ…。おそらく奴《きゃつ》にはもう、人ならば誰でも見境なく襲い殺める…というその想いと衝動しか残っておらんことじゃろう。そして…その想いを衝動を…必死に抑え込んでいる凛に限界のとき来たならば、その身体乗っ取り、想い果たすため、この街で、この世界で、残虐の限りを尽くすことになるじゃろう…」


じいさんはここで一呼吸つくと、まるで自分に言い聞かせるように


「分かって…おったのじゃ。こうなる前に、あのときに…十年前の事件が起こったあのときに…わしが先祖である凛太郎が用いた壺を使《つこ》うて、再びすぐに封印し直しておれば良かったのじゃ…」


「…もし十年前に封印し直していたらぁ、凛さんはどうなっていたんですかぁ…?」


摸がおずおずと口を開く。


その問い掛けにじいさんは微動だにせずに、庭のほうに視線を向けたまま…。

…五秒ほどの空白の時間があった後に


「…再封印の力により、凛自身の身体はそれに耐え得《う》ること出来ず…跡形もなくこの世から消え失せておったことじゃろう…」


淀《よど》みない声ではっきりそう言い切ると、じいさんは再びその瞳をゆっくり静かに閉じた…。

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