物語
感情的になっている摸を、まるで落ち着かせるように発するじいさんの厳しく冷静な言葉は、すべてにおいてどこか憂いを帯びている。
…きっと他人である俺達なんかよりも、いくらそれが役目とはいえ…身内であるじいさんのほうが辛く、切なく、やるせない気持ちなのは確かなはずだ。
俺が内心、そんな風に思っている中…。
「…雨宮の…鬼物語…」
ふいに美沙が隣りで、ポツリとそう呟いた。
俺とじいさん、そして泣き顔の摸が、そんな美沙のほうを一斉に見てみると。
美沙は考え込むように
「確か絵本で…小さい頃に読んだことがあるような記憶が…」
そう言ってから、じいさんを見つめると
「凛さんの胎内に封じ込められている異形の者とは…ひょっとして “雨宮の鬼物語” で語られている “鬼” のことなんですか?」
真剣な眼差しで、そう問い掛ける。
「…ほほぉぅ、あの絵本を…物語を知っておるのか…」
じいさんはそう言いながら目を細めて、美沙を見直し小さく頷くと
「…その通りじゃ。凛の胎内には鬼が… “悪鬼” が封じ込められておる。しかしながら…よくあることじゃが、雨宮の鬼物語の絵本の内容は、本来の話しとは少し違うておっての…」
“本” といえば…漫画しか思い浮かばない俺が
「雨宮の…鬼…物語?」
…そう、さもその内容を知りません、何ですか、それ?
…という感じで、ボソボソッと口を開くと。
じいさんはそんな俺の顔をチラリと見てから、美沙のほうに視線を投げ掛け、まるで話してあげなさい…と言わんばかりにその瞳を見つめる。
美沙は、じいさんのその視線を受けて、少し考え込んだ後…。
「…あたしも小さい頃に読んだだけだから、うる覚えでしかないんだけど…確か要約すると…」
前置きのようにそう言ってから
「…昔、お互いに愛し合っていた若い男の人と女の人がいて。でも…その女の人がその男の人を裏切って、お金持ちの男の人のもとへ…確か庄屋の息子だったと思うけど、そこへ行ってしまって。裏切られた男の人が、その女の人を愛する余り…嫉妬と憎悪に怒り狂って、ついには鬼となって…。その女の人が庄屋の息子に嫁ぐ前の日に、鬼となった男の人と女の人がいつも待ち合わせ場所に使っていた樹の下に、その女の人を呼び出して、その女の人を自分のモノにしようとしたところを、ある神主さんの神聖な能力によって封印退治された…と。簡単に言えば、こんな話しだったと思うけど…」
美沙はそう言うと、合っていましたか?…と言わんばかりに、じいさんの瞳を見つめる。
じいさんは、そんな美沙に小さく頷き返しながら
「だいたいのストーリーは、そんなもんじゃのぅ」
そう言ってから
「…じゃが先ほども話した通り、その内容は少し違うておっての。物語の女性… “お通” というのじゃが…そのお通が恋人の男性を裏切ったのには訳があっての。庄屋の息子に自分のもとへ嫁がなければ、恋人の男性… “与六” と言うのじゃが、その与六と家族もろとも住んでおるこの村におられなくしてやるぞ!…と脅かされたからなんじゃ。…いわゆる庄屋の息子が権力を使おて一介の百姓じゃった与六のもとから、お通を奪い取った…ということじゃな」
「庄屋の息子ぉ~!汚ないぞぉ~!!」
物語に入り込んでいるのか…摸がそう叫ぶと、じいさんはそんな摸の言葉に小さく頷きながら
「…与六もその家族のことも大切に想うておったお通は、悩みに悩んだ挙げ句、愛する人とその家族を守るため、自ら犠牲となって庄屋の息子のもとに嫁いだのじゃ…。しかしながら…そのようなことを全く知らぬ与六は、怒り狂ってのぅ…愛しさ余って憎さ百倍…というやつじゃな。そこに裏切られたという気持ちも加おうて…余りにもの憎しみ、悲しみに人としての心の器が溢れてしもうたのじゃろう…。その感情に身を任せ、ついには人を捨て、醜い鬼の姿になってしもうた、という訳じゃ…。またラストのところも、微妙に絵本とは違うておっての。お通といつも、待ち合わせ場所に使うておった…今は無くなってしもうたが…雨宿りも出来る大きな樫の木の下に、お通と庄屋の息子の二人を呼び出しての。…そこで鬼の姿と化した与六が二人を殺めようとしたときに、与六に呼び出されたことをどこか危なく感じておった庄屋の息子に雇われた…今風で言うとボデーガードというのかのぅ…わしらの先祖である “雨宮 凛太郎” が、その特殊な能力をもってして、与六を壷の中に封じ閉じ込めた…という訳じゃ。そして与六という鬼が再びこの世に現れんように見張るため、待ち合わせ場所の雨宿りに使うておった大きな樫の木を切り倒して、この神社を建立し、その見張り役として凛太郎の先祖であるわしらが代々ここに住むことになった…という訳なんじゃ。…ちなみに “雨宮” という苗字と神社名は、雨のもとでも、大きな樫の木の下で待ち合わせをして愛を育んでいくことが出来る…という意味で、切り倒した樫の木を宮に例えて “雨宮” …と名付けられたと言われておる。…まぁ、わしも、わしのじいさんからすべて聞かされた話しなんじゃがの…」
じいさんはそう言うと、携帯が入っていたのとは反対側の神主服の懐の中に手を入れて、ゴソゴソとしていたかと思うと
「…愛の悲しみと憎しみの物語でも、相手を鬼になるほど想い慕う…ということから、うちは縁結びの神社なのじゃ。良かったらお主らにこれをやろう…」
そう言って、古く汚い小さな朱色のお守りを取り出すと、俺達三人の前にそっと差し出した。




