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逆張りヲタクはキモチ悪い!  作者: ひとこと多井


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第6話 隠れヲタクは一晩考える!

「節約しようと思ってるんだけど、帰りに本屋寄っていい?」


 アイカは、箸でつまんでいた卵焼きを弁当箱へ戻した。


「どっち?」


「節約する。本屋にも寄る」


「うん」


「漫画は、もう買うって決めたやつだから」


 ナオはスマホのメモを開いた。

 今月、あと七千円。

 その下に「欲しいものは、一晩考える」と打つ。


 九月も半ばを過ぎた。

 教室ではまだ冷房が動いているのに、服屋の目立つところには、もう長袖ばかり並んでいた。


 花音と見に行ったとき、ナオが鏡の前で当てた青いシャツも、そのうちの一枚だった。

 袖口が少し広がっていて、持っているスカートに合わせたかった。

 三千三百円。

 次に行って、まだあったら試着しようと思っている。


 それに、駅の近くの栗のパフェ。


「あれ、食べた?」


「昨日」


「早い」


 アイカが写真を見せてくれた。

 背の低いグラスに栗のクリームが山になっていて、てっぺんには栗が丸ごと一つ載っている。


「下、何入ってるの?」


「パイ。あと、そこも栗」


「おいしいやつじゃん」


「おいしかったよ」


 ナオはメモに六百八十円と足した。


「今、欲しくなった?」


「前から。前から看板は見てた」


 アイカは卵焼きを食べた。


 責められたわけでもないのに、説明だけが増えていく。


「二巻、買うの?」


 パンの袋を畳んでいたモモチが言った。


「うん。両方」


 今朝、感想を話したばかりの『知らない弟』と『リスタート・ヒーロー』。

 金曜日には一冊買うつもりで本屋へ行って、二冊になった。

 読んだら、続きも二冊必要になった。


「『知らない弟』は二巻で最初の事件が一区切りつくから、そこまでは読んだ方がいい」


「区切りつくんだ」


「うん。で、その最後がさ——」


 ナオは片手を上げた。


「買うって言った」


「あ、そうか」


 薦め終わった人は、もう黙っていてほしい。


 花音からは、まだ何も来ていない。

 聞かない、と決めている。



   *



 本屋では、二冊ともすぐに見つかった。


 『リスタート・ヒーロー』の二巻を取って、裏返す。

 あらすじの最初に、止まった列車のことが書いてあった。


 これだ。

 これがどうなったのかを、朝から知りたかった。


 『知らない弟』の棚へ移ると、今度は裏返さずに取った。

 こちらはあらすじで何か知ってしまうのも、もったいない気がした。


「買うの早くない?」


 隣の棚にいたアイカが言った。


「一晩考えたから」


「昨日から?」


「土日」


「じゃあ、二晩か」


「そう」


 ナオは二冊を重ねた。

 自分で決めたルールを、きちんと守っていた。


 アイカは大きなゲームの設定資料集を手にしていた。

 棚の見本を開き、何かを確かめている。


「それも買う?」


「迷ってる。この衣装、ゲームだと後ろ見えないんだよね」


 指した先には、背中に細かな刺繍のある上着が載っていた。

 前、横、後ろ。

 さらに留め具の拡大図まである。


「そんなとこまで描いてあるんだ」


「ね」


 アイカはもう一枚めくった。

 ナオも隣からのぞいた。


 五分後、二人でレジに並んだ。


「決めた?」


「裏側がいっぱいあった」


 アイカは資料集を抱え直した。


 何を買うにも、その人にしか分からない決め手があるらしかった。


 ナオの会計は、二冊で千五百四十円だった。

 店を出てから、メモの残りを五千四百六十円に直す。


 まだシャツも買える。

 パフェも食べられる。


 袋の中で、二冊の角が揃っていた。

 早く帰って読みたかった。


 通りの途中にあるカフェの前で、アイカが足を止めた。


「これもおいしそう」


 窓に、焼きりんごカラメルラテの写真が貼ってあった。

 クリームの上に茶色い粉がかかっている。


「今日はやめとく」


「見せただけ」


「見せられると飲みたくなるから」


 その隣には、アルバイト募集の紙があった。

 高校生歓迎。

 平日夕方、土日は相談。


 ナオはそちらも読んだ。


 ガラス越しに、注文を待つ人がカウンターへ並んでいる。

 店員がレシートを渡して、横の受け取り口を案内した。


「行こ」


 少し先で、モモチが振り向いた。


「うん」


 ナオは募集の紙を一枚だけ撮って、二人を追った。



   *



 夕飯のあと、ナオはベッドの上で『知らない弟』を読んだ。

 途中で一巻を取りに立ち、枕の横に二冊を並べた。


 最初は通り過ぎた電話の場面が、今度は気になった。

 少年が、相手への返事を言い直している。


「あ、これ……」


 二巻へ戻った。

 もう一度、一巻を開いた。


 先に知っていたら、たぶんここで止まらなかった。


 最後の方では、ページをめくる手が少し遅くなった。


 姉が、弟のマグカップを棚へ戻す。

 代わりに、客用の白いマグを出す。

 そして、少年を本名で呼ぶ。


 ナオはその見開きを、しばらく開いていた。


 読み終えてから、一巻の表紙をもう一度見た。


 次に『リスタート・ヒーロー』を開いた。

 列車が止まった続きだけ確かめようと思ったが、そこだけではやめられなかった。


 読み終わった頃には、枕元の四冊が全部開かれていた。


 千五百四十円。

 安かった、と思った。


 スマホを開くと、ワイブレの公式ショップから通知が来ていた。

 新しいグッズの販売開始。


 トーマのアクリルチャームだった。


 ナオは画像を拡大した。


 ゆるい上着のポケットに、片手を突っ込んでいる。

 顔は少し横を向いていた。

 口元は笑っていないのに、目のあたりがいつもより柔らかい。


「その顔……」


 今、千五百四十円を使って満足したところだった。

 もう少し待ってほしかった。


 画面を下へ送る。


 日曜日までの注文には、描き下ろしのポストカードがつく。


 そちらの絵では、仲間たちが同じテーブルを囲んでいた。

 トーマだけ、椅子を少し引いて座っている。

 けれど片肘はテーブルに載せていて、アラタの話を聞いていた。


 ナオはスマホを近づけた。


 椅子を離すなら、肘も離していてほしかった。

 これだと、欲しい。


 チャームは千六百五十円。

 送料は五百五十円。


 メモを開き、一晩考える、という自分の文字を見た。


 まだ月曜日だ。

 日曜日まで、時間はある。


 ナオはショップの画面を閉じた。


 それから、ポストカードの画像だけ、もう一度開いた。



   *



「白いマグのとこ、よかった」


 翌日の昼休み、ナオが言うと、モモチはすぐに顔を上げた。


「二巻読んだ?」


「読んだ。最後、名前で呼ぶとこ」


「俺はその前の電話の方が」


「あれもよかった。弟の方も、ちゃんと気にしてたんだね」


「そう。姉ちゃんたちが思ってるのと、向こうでやってることが違うから」


 モモチが鞄へ手を伸ばしかけた。

 今日は持っていないらしく、途中で戻した。


「一巻も読み直した?」


「そこ聞くと思って、持ってきた」


 ナオが出すと、モモチは迷わず途中を開いた。


 昨夜、ナオが戻ったページより、ずっと前だった。

 玄関の次。最初の食卓。


「母親、どこ見てる?」


 ナオは、笑っている母親の顔を見た。

 それから、その目の先を見た。


「……スマホ」


 弁当を広げたアイカが、本を避けて水筒を置いた。


「食べながらにしない? あと十五分だよ」


「あ、うん」


 ナオは漫画を閉じ、代わりにスマホを出した。


「じゃあ、これ見て」


「忙しいな」


 ポストカードの画像を見せると、アイカは箸袋を破りながら顔を寄せた。


「いいじゃん」


「この椅子。ちょっと離れてるのに、肘はついてる」


「あ、ほんとだ」


「話は聞いてるんだよ」


「うん」


 アイカは画像を少し拡大した。


 ナオは、見てほしかったところを見てもらえて、満足した。


 横からモモチがのぞいた。


「これ、絵だけ売らないの?」


「売らない。通販の特典」


「こういうの、普通にポストカードで売ればいいのにな」


「それは本当にそう」


 意見が合った。

 合ったところで、買い方は変わらなかった。


「送料、五百五十円だって」


「高くない?」


「ね。でも三千円から無料」


 チャームをカートへ入れる。

 送料無料まで、あと千三百五十円という表示が出た。


 ナオは、前から気になっていたラバークリップを開いた。

 小さく丸くなったトーマが、クリップの端にしがみついている。

 八百八十円。


 足しても、まだ届かない。


「何探してんの?」


「あと四百七十円」


「物じゃないんだ」


 アイカに言われ、ナオは商品一覧へ戻った。


 クリアファイルなら、六百六十円だった。

 これも絵がよかった。

 普段は小さくしか見られない衣装の模様まで、大きく印刷されている。


「ファイルは使うし」


「今使ってるの、百均のやつじゃん」


 モモチが、ナオの鞄から出ている透明な角を見た。


「あれは学校用」


「じゃあ、これは?」


「家で」


「何入れるの」


 ナオは少し考えた。


「……特典のポストカード」


「それ、入れてたら見えなくない?」


 商品画像を見直す。

 表はトーマで、裏も模様がしっかり入っていた。


 ナオは拡大した画像を戻した。


「入れるものは、届いてから決める」


 アイカが水筒を持ったまま笑った。


 ファイルを足すと、合計三千百九十円。

 送料の欄が、無料に変わった。


「なった」


 声に出してから、ナオは二人を見た。


「でも、これ、払う金額は増えてるね」


「うん」


 アイカはもう分かっていたようだった。


 チャームだけなら、送料込みで二千二百円。

 今のカートは、それより九百九十円高い。


 ナオはクリップとファイルを見比べた。


 どちらも、いらなくはなかった。

 むしろ、画像を見る時間が長くなるほど欲しくなっていた。


「送料に払うなら、物になった方がよくない?」


「値段違うけど」


「それは今、言った」


 モモチは弁当の蓋を閉めた。


 ナオもスマホを伏せた。

 カートの中身は、そのままにした。



   *



 注文したのは、その日の夜だった。


 一晩は考えた。

 考えた結果、欲しいものが三つになった。


 受付メールを読み終えると、さっそく置き場所を考えた。

 チャームは鞄より、机に飾った方が毎日見られるかもしれない。

 クリップは、漫画を読み返すときの目印にできる。


 メモの残りを、二千二百七十円に直す。


 その下に、三千三百円のシャツ。

 六百八十円のパフェ。


 ナオは一度、引き算をやり直した。


 変わらなかった。


 服屋で鏡に当てたときの、袖口を思い出した。

 通販の画像とは違って、持っているスカートと合わせたところまで想像できた服だった。


 あれも、欲しかった。


 受付メールへ戻ると、三点の商品画像が小さく並んでいた。

 取り消したいものを探すつもりで見たのに、クリップの顔をまた拡大してしまった。


 かわいい。


 欲しいものは、一晩考える。


 そのルールには、考えたあと諦められなかった場合のことが書いていなかった。


「ナオ、お風呂、先入って」


 廊下から母の声がした。


「お母さん、先って言ってなかった?」


「ドラマ始まっちゃった」


「録画してるじゃん」


「録画も見るよ」


 そう言われると、ナオには何も言えなかった。


 風呂から上がって戻ると、母はまだテレビの前にいた。


 男の人が玄関で、何かを言いかけていた。

 ナオは隣に立ち、台詞が終わるのを待った。


 男の人は、何も言わずに帰った。


「言わないんだ」


「先週からこれ」


「お母さん、ちょっと相談していい?」


「うん。何?」


「バイトって、してもいい?」


 母がテレビから顔を戻した。


「どこで?」


「帰り道のカフェ。昨日、募集してるの見て」


 ナオは撮った写真を見せた。

 母はスマホを受け取り、紙の下の方まで読んだ。


「勉強できる時間は残しなよ」


「うん。最初は週二日くらいで」


「学校は?」


「明日、手続き聞いてくる」


 母は画面を一度明るくして、店の名前を確かめた。


「面接、何着てくの?」


「まだ応募してない」


「あ、そっか」


 スマホが返ってきたところで、ドラマの予告が始まった。

 母の顔がテレビへ戻る。


 追加のお小遣いを頼むことも、一瞬は考えた。


 ただ、来月も新刊は出るし、服も見に行きたい。

 花音たちと映画を見て、ご飯を食べる約束もある。


 今月だけ何とかなれば、という話ではなかった。



   *



 翌日、学校で必要な手続きを確認してから、店の募集ページを開いた。


 希望は週二日程度。

 平日の夕方と、土日のどちらか。

 テストの前は相談したいと書く。


 働く時間を選ぶだけで、週末のどこが空くのか、何度もカレンダーを見ることになった。


 志望理由の欄では、もっと止まった。


 欲しいものがたくさんあるから。


 一度打って、消す。


 店の前をよく通ること。

 接客の仕事をしてみたいこと。

 趣味に使うお金を、自分で稼ぎたいこと。


 その三つに書き直して、送った。


 店から返事が来たのは、次の日の昼休みだった。


「来た」


「グッズ?」


 アイカが顔を上げた。


「バイト」


「あ、そっち」


 面接の候補が三つ並んでいた。

 来週土曜日の十五時なら、予定はなかった。


「どこの店?」


 モモチに写真を見せると、すぐに通じた。


「あそこか。夕方、けっこう並ぶよな」


「うん」


「飲み物の名前とか、全部覚えんの?」


 ナオは写真の端にあるメニューを見た。

 まだ、客として一つ選ぶのにも迷いそうだった。


「……まず面接だから」


「まあ、そうか」


「何着てくの?」


 アイカに聞かれ、ナオは顔を上げた。


「それ、お母さんにも言われた」


「制服でよくない?」


「あ、そっか」


 青いシャツの新しい使い道ができかけたが、すぐになくなった。


 ナオは候補日時のお礼を書き、土曜日の十五時に伺いたいと返した。


 今度は、仕事を覚えるためのメモ帳がいるかもしれない。

 家に使っていないものがあったはずだ。

 さすがに、そこは買わずに済ませたかった。


「帰り、便利そう」


 アイカが言った。


「うん。学校からも近いし」


「本屋も」


 ナオは、店から駅までの道を思い浮かべた。


 閉店前に寄れる。

 新刊を買って帰れる。

 発売日に、財布の中を数えなくてよくなるかもしれない。


 少し黙っていると、モモチが言った。


「本屋の場所、今確認してた?」


「……通り道だなって」


 アイカが笑い、空になった弁当箱を袋へ入れた。


「お金、貯まりそう?」


 ナオは応募先の写真を見た。


 カフェを出て、少し歩けば本屋。

 駅の方へ行けば、服屋もある。


「使えるお金は、増える予定」


「予定」


 アイカが言った。


 採用の返事も、まだだった。


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