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逆張りヲタクはキモチ悪い!  作者: ひとこと多井


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第7話 逆張りヲタクは注文が短い!


「小さい方で」


 ナオは、レジの画面を見た。

 カップの大小は分かる。

 分からないのは、どこを押せば小さい方になるのかだった。


「右」


 隣から、小さな声がした。

 言われたところを押すと、注文の欄に商品名が入った。


「店内でお召し上がりですか?」


「はい」


「お持ち帰りですね」


「店内」


 今度も、隣の声だった。


「あっ、失礼しました。店内ですね」


 客の女性は頷いて、財布からカードを出した。

 ナオは教わったばかりの場所を指す。


「こちらに、お願いします」


 電子音が鳴った。

 レシートが出てくる。

 それを渡し、商品の受け取り口を案内するところまで終えてから、ナオは息を吐いた。


「店内って聞いたのに、持ち帰りって言っちゃいました……」


「うん。画面、急いで押さなくていいよ。聞いてからで大丈夫」


 倉橋美咲は、画面を最初の状態へ戻した。

 大学生で、ここでは長く働いているらしい。

 さっき教えてもらったことも、ナオが詰まるたびに、同じ長さで言ってくれた。


「Rが小さい方。Lが大きい方」


「Rが、小さい……? で、左のボタンがRで、右がL……」


「ややこしいよね。次も横にいるから」


 ナオはエプロンのポケットへ手を入れた。

 小さなメモ帳には、受け取ったお金を置く場所や、持ち帰りの袋の場所が書いてある。

 その一番上へ、RとLを書き足した。


 面接から数日たった、土曜の午後。

 初日の研修は二時間だけだ。

 まだ半分も終わっていなかった。


   *


 カウンターの向こうには、見慣れた顔のない客席があった。


 鞄から本を出す人。

 二人で一枚のメニューを見る人。

 飲み物を受け取ると、そのまま店を出ていく人。


 注文は、たいてい数十秒で終わった。

 その数十秒の間に、ナオは何度も美咲の方を見た。


 サイズ。

 店内か、持ち帰りか。

 温かいものか、冷たいものか。


 聞くことを全部聞けると、今度は会計のボタンが見つからない。

 すぐに見つかったときは、レシートを渡し忘れそうになる。


「商品は店長が作るから、今はこっちだけ見てて」


 ミルクを泡立てる音に振り向いたところで、美咲に言われた。


「はい」


 ナオは画面へ向き直った。

 その上には、秋の限定商品の小さな広告が立っている。


 焼きりんごカラメルラテ。


 クリームの載った飲み物の横に、半分に切ったりんごが描かれていた。

 応募したときは、仕事を覚えたら自分でも飲んでみたいと思っていた。


 今は、これを頼むなら普通のカフェラテにしてほしい。

 そちらなら、ボタンの場所を覚えた。


 時計を見ると、今日の研修はあと三十分だった。


「すみません」


 声がして、ナオは顔を上げた。


「いらっしゃいま……」


 モモチがいた。

 その後ろから、律が片手を上げた。


「ほんとにいる」


「いるよ。今日からって言ったじゃん」


 学校で、土曜が初日だとは話した。

 来て、とまでは言っていない。


 律は、縦に長い店の袋を持っていた。

 口から、筒に巻いた紙が少し出ている。


「画材、買いに来たついで。ここでよかったんだな」


「うん。……いらっしゃいませ」


 言い直したところで、律が少し笑った。


 モモチはカウンターの上を見ていた。

 焼きりんごカラメルラテの広告だ。


 ナオは、レジへ置いた指を曲げた。


 季節が変わっただけで値段が高い、とか。

 写真だと大きく見える、とか。

 この名前にするならもっとりんごを入れろ、とか。


 まだ飲んでないじゃん。

 言う準備は、できていた。

 ここで言っていいかは、教わっていなかったけれど。


「これ、小さい方。冷たいので」


 ナオは画面を見た。

 秋限定のところを開く。

 商品名を見つけ、Rを押した。


「お持ち帰りですね」


「店内」


 今度は、隣じゃなくて正面から声がした。


「……店内ですね。ほかに、ご注文は」


「それだけ」


 それだけだった。


 表示された金額を伝えると、モモチは財布を開いた。

 細かいお金まで出して、レシートを受け取った。


「あっちで待てばいい?」


「うん。あちらで、お待ちください」


 モモチは受け取り口へ移った。

 ナオは、その背中を見た。


「俺、アイスティー。大きい方」


 律が言った。


「店内で」


「……うん」


 画面を戻す。

 アイスティー。L。店内。


 今度は、美咲を見ずに押せた。


 二人は飲み物を受け取ると、窓際の席へ向かった。

 モモチがストローを袋から出す。

 律は壁に紙の筒を立てかけ、空いた椅子へ鞄を置いた。


「友達?」


 美咲に聞かれて、頷く。


「同じクラスです」


「さっき、全部一人でできたね」


「……はい」


 何を言われるかばかり考えていたので、言われるまで気づかなかった。


   *


「水、飲んできていいよ」


 客の列が途切れたところで、店長が言った。


 ナオはお礼を言って、カウンターの奥へ入った。

 休憩室と呼ばれている場所には、小さな机と椅子があって、美咲が座っていた。

 先に休憩へ入っていたらしい。


「お疲れ。足、大丈夫?」


「ちょっと、かかとが」


「最初、くるよね。座ってて」


 ナオは隣の椅子へ腰を下ろした。

 鞄から水筒を出して、一口飲む。

 それだけで、ずっと肩に力が入っていたのが分かった。


 美咲はスマホと、壁のシフト表を交互に見ていた。


「来月の希望、もう出すんですか?」


「まだ。ちょっと、行きたい日があって」


 画面には、いくつもの日付と会場名が並んでいた。


「ライブですか?」


「そう。好きなバンドの」


 美咲がスマホを傾けた。

 ナオの知らない、四人組の写真だった。


「よく行くんですか?」


「行けるときだけ。今回、同じところで二日あるんだけど、両方行きたくて」


「二日とも?」


「曲、変わるから。前も、一日目になかったやつを二日目にやって」


「ああ、それは」


「そう。それが聴きたかったの」


 美咲は日程の画面を閉じ、別の画像を開いた。

 曲名らしいものが、上から順に並んでいる。


「一日目はこの曲が終わったら、すぐ次だったんだけど、二日目はベースの人だけ弾き続けてて。それが、聴きたかった曲のイントロだったの」


「じゃあ、始まった瞬間に分かったんですか?」


「うん。隣の友達の腕、めっちゃ叩いちゃった。『これ! これ!』って」


 美咲はスマホを持っていない方の手で、机の端を軽く叩いた。


「それで、歌い出し聴き逃した」


「聴きたかった曲なのに?」


「そう。そこ、すごい好きなのに」


 ナオは笑った。

 好きな作品の新作映像を、声を上げたせいでもう一度再生したことならある。


「その曲が、一番好きなんですか?」


「一番は、ちょっと。一個に絞るの、難しくない?」


 聞いたことがある台詞だった。

 あのときは、三つまで、と言って帰るのが遅くなった。


 ナオは水筒の蓋を閉めた。

 レジでは、あんなに説明が短かったのに。


「白瀬さん、そろそろ戻れる?」


 入口から店長が顔を出した。


「あ、はい」


 立ち上がると、美咲も時計を見た。


「ごめん、せっかくの休憩だったのに、ずっと喋っちゃった」


「いえ、楽しかったです」


「じゃあ、あとで曲名教えるね」


 ナオは頷き、メモ帳をエプロンへ戻した。


   *


 初日の勤務が終わったとき、窓際では律がまだ何かを描いていた。


 店長に次の勤務も美咲と同じだと言われ、ナオはほっとした。

 メモした時間を念のため確かめたかったが、美咲はちょうどレジに入っていた。


 先に着替えて、鞄を持って客席へ出る。

 律が顔を上げた。


「終わり?」


「うん」


「じゃ、俺らも出るか」


 モモチが鞄を持ち上げた。

 律は、机に置いていたペンをケースへ戻している。


 ナオはテーブルの脇で足を止めた。

 焼きりんごカラメルラテのカップは、ほとんど空だった。


「それ、どうだった?」


「甘かった」


「……それだけ?」


 モモチがナオを見た。


「何が?」


「買うとき、何も言わなかったから」


「注文しただろ」


「そうじゃなくて。こういう季節限定のやつ、いつも何か言うじゃん」


 モモチは、自分のカップを見下ろした。


「飲んでなかったし」


 言われてみれば、そうだった。

 ただ、それで黙る日ばかりではないことも、もう知っている。


「おいしくなかった?」


「まずくはない。りんごの味もするし。でも、焼きりんごかっていうと、違う」


 モモチは、カップを置き直した。

 持ち上げた鞄も、椅子へ戻った。


「普通のりんごの甘い匂いがして、あとカラメル。焼いたりんごって、もうちょっと、端の方が」


「端?」


「茶色くなったところの味。あれが欲しいじゃん」


「ラテに?」


「焼きりんごって書いてあったら」


 ナオはカウンターの広告へ目を向けた。

 確かに、りんごの切り口には焼き色がついている。


「カラメルが、そこの味なんじゃないの?」


 言ってから気づいた。

 働いて二時間で、もう店の味方をしている。


「カラメルはカラメルだろ。りんごを焼いたのとは違う」


「そんなに分かる?」


「これ、りんごのところ抜いたら、普通のカラメルラテだぞ」


「りんご抜くからでしょ」


 ペンケースのファスナーを閉めながら、律が笑った。


「そこは俺も言った」


「もう話したの?」


「飲んですぐ」


 言っていなかったわけではなかった。

 ナオが聞けるところで、言わなかっただけだ。


「でも、飲み終わってるじゃん」


「だから、まずくはないって。これが『りんごカラメルラテ』なら、別に何も——」


 ナオは広告をもう一度見た。

 さっきまでボタンを探す目印にしていた文字を、今度は味のつもりで読んだ。


「でも、焼きりんごって書いてあった方が、おいしそう」


「そう。だから頼んだんだよ」


 モモチが言った。


 そこでナオは、少し笑ってしまった。

 モモチは眉を寄せたが、何か言う前に、残っていた分をストローで吸った。


「クリームの上、茶色い粉かかってたでしょ」


 律が言った。


「あれは?」


「シナモン」


「それが、焼いた感じなんじゃないの」


「シナモンかけたら焼いたことになるのか?」


「まだ飲んでないから知らないけど」


 律は空のグラスをトレーへ載せた。


「次、それにしようかな」


「……今の話、聞いてた?」


「うん。甘くて、りんごの味するんだろ」


 モモチは口を開きかけ、そのまま閉じた。

 ナオは、もう一度笑った。


 カウンターの方で、レシートの出る音がした。

 美咲が客へ会釈し、レジから離れる。


「あ、ごめん。次の時間、確認してくる」


 ナオが言うと、モモチは広告から目を戻した。


「まだ名前の話しかしてないけど」


「味もしてたよ」


「値段もさ」


「それは月曜に聞く」


 律が紙の筒を持ち上げた。


「じゃ、俺も月曜」


「お前には言っただろ」


「うん。だから月曜でいい」


 二人はトレーを持って、返却口へ向かった。

 モモチはカップを置く前に、蓋に残ったクリームを少し気にしていた。


   *


「次、木曜の四時で合ってますか?」


「うん。十六時から」


 美咲が頷いたので、ナオはメモ帳の時間に丸をつけた。


「あ、さっきの曲も、ここに書いてもらっていいですか?」


「うん。これ、曲名で、こっちがバンドの名前ね」


 美咲は二行書き足して、メモ帳を返した。


「今日はありがとうございました」


「お疲れさま。木曜もよろしくね」


 メモ帳をしまい、鞄を肩へかけ直す。

 店の出口では、律が紙の筒を持って立っていた。


「あれ、まだいたの?」


「追加の注文、待ってる」


「誰の?」


 律が、受け取り口を指した。


 モモチが紙のカップを受け取っていた。


「……もう一杯飲むの?」


 戻ってきたところで聞くと、モモチはカップの蓋を確かめながら頷いた。


「何にしたの?」


「焼きりんご」


「さっき、あんなに言ってたじゃん」


「温かい方は、まだ飲んでないから」


 モモチは、普通のことのように言った。


「冷たいのと同じとは限らないだろ。温かい方が、りんごの匂いも——」


 ナオは、モモチの手元を見た。

 今度は、Lサイズのカップだった。


「ハマってるじゃん」


 モモチは答えず、ラテを一口飲んだ。

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