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逆張りヲタクはキモチ悪い!  作者: ひとこと多井


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第4話 隠れヲタクの『ちょっと』は長い!

「ナオ、こっちとこっち、どっちがいいと思う?」


 宮原花音のスマホには、青いカーディガンが二枚並んでいた。

 片方は袖口に小さなボタンがあり、もう片方は編み目が大きい。


「私だったら、こっち。袖がかわいい」


「だよね。私もそっち」


 昼休み。

 昨日、ケーキ屋の写真を見せた女子の一人が、空いている椅子を借りて、ナオとアイカのところへ来ていた。


「駅のとこの店にも、こういうのないかな。ナオ、もう行った?」


「まだ。外から見ただけ」


「じゃあ、帰りに見ようよ」


「行きたい」


 こういう話がしたかった。

 服を見るのも、誰かとどちらがいいか迷うのも好きだ。


「来月の映画で、この子が着てるやつがかわいくて」


 花音が画面を切り替える。

 制服姿の男女が、背中合わせに立っていた。

 女の子は薄い青のカーディガンを着ている。


「あ、この二人、また一緒なんだ」


「そう。『放課後の向こう側』、見た?」


「見た。よかったよね」


「最後、泣いちゃった」


「私も」


 隣の机では、モモチが文庫本を読んでいた。

 今のところ、何も言ってこない。


「あれって漫画もあるんだよね。ナオ、読んだ?」


 ナオの箸が、少し止まった。


 読んだ。

 映画を見た帰りに一巻を買って、翌日、残りを全部買った。

 映画になかった場面もよくて、どちらの話もしたかった。


 でも、四月もそうだった。

 話したいことがあるのが嬉しくて、気づくと相手は「へえ」しか言わなくなっていた。


「……ちょっとだけ」


 今日は、まだ服を見に行く約束をしたばかりだ。


「そっか。私も読もうと思ってたんだよね。アイカは、映画見た?」


「予告だけ」


「今、配信にあるよ。女の子が引っ越してきて、同じ学校の男の子と仲良くなるやつ」


 花音が作品のページを開き、机の真ん中へ寄せた。

 ナオも、アイカと一緒に画面を見る。


「私、この人が最初お兄ちゃんかと思ってた」


 花音が指したのは、主演の男の子ではなかった。

 主人公の家へ、当たり前のように出入りしていた、もう一人の男子だ。


「従兄だよ」


 花音が顔を上げた。

 ナオも、顔を上げた。


「……あ、その人は」


「え、同級生じゃないの?」


「同級生でもある」


「幼なじみだと思ってた」


「それも合ってる」


「いっぱいあるね」


「漫画だと、お母さんが最初に言うんだけど、映画ではそこがなくて。でも、部屋に写真が二枚あるでしょ。昔の親戚の写真と、引っ越してきた日の写真。両方にこの人がいて」


 箸の先で画面を指しかけて、引っ込めた。


「写真、あったっけ?」


「荷ほどきのところ。箱から出すやつ」


「ああ」


「漫画だと、裏の日付まで見えるから——」


「へえ」


 四月の、あの「へえ」だった。


 裏は、聞かれていない。


「……分かりやすい」


 ナオは、お茶を飲んだ。

 花音は、スマホからナオへ目を移していた。


「よく覚えてるね」


「たまたま、そこが好きで」


「どこまで読んだの?」


「七巻」


「何巻まであるんだっけ」


「七巻」


 花音が、一度だけ瞬きをした。


「全部じゃん」


「……七巻って、そんなに長くないから」


「そういう、ちょっと?」


 ナオは卵焼きを口へ入れた。

 答えられなかったわけではない。

 昼休みなので、食事も必要だった。


   *


「だから、映画だと分かりにくいんだよ」


 こういうときに限って、隣が喋る。


 モモチは文庫本に指を挟み、こちらを向いていた。


「従兄って一言残せば済むのに。写真も短いし、あれじゃ気づかないだろ」


 ナオは、卵焼きを飲み込んだ。


「でも、話は分かるでしょ」


「まあ、俳優見たい人にはいいんじゃない。顔映す時間は長いし」


「私、それで見に行った」


 花音が、スマホの主演俳優を指した。


「教室の窓のところ、よかったよね」


「……そういう見方なら、よかったんじゃない」


「うん。すごく」


 許可が出たことに、花音は気づいていなかった。

 頷いて、窓辺に立つ写真をナオにも見せる。

 その横顔は、ナオも好きだった。


「でも、原作から読んでるとさ」


 モモチが、ナオの方を向く。


「あれでいいのかってなるだろ」


「私、映画からだよ」


「え」


「映画がよかったから、漫画買ったの」


「……読んだら気になるところあるだろ、って話」


「写真は、もうちょっと見たかったけど」


「そう、それ。あそこ、あと一秒あればいいんだよ」


 モモチが本を閉じた。


「二枚あるって分かるだけで、全然違うから」


「でも、駅のところは短くしないでね」


「減らすって言ってないだろ」


「私はあっちを長く見たい」


「上映時間を取り合うなよ」


「あ、駅、私も好き」


 花音が、身を乗り出した。


「ずっと待ってたのに、女の子が来ると見ないんだよね」


「そう。来る前は、何回も階段見てるのに」


「急に靴見だすの」


「気づいてないふりが下手で——」


「足音で分かってるからな」


 モモチが言った。

 ナオは思わず、そちらを見た。


「……今、いいところの話した?」


「そこまで悪いとは言ってないだろ」


「じゃあ、それ先に言えばいいのに」


「写真は最初に出てくるんだから、そっちが先だろ」


「順番に全部言うつもりなの?」


「ちょっと待って」


 アイカが、小さく手を上げた。


「私、まだ見てない」


 三人とも黙った。


 花音が、スマホを机へ伏せる。


「ごめん。最後の話してた」


「でも、そのあとも——」


 ナオは口を閉じた。

 昨日も、似たようなことを言ったばかりだ。


 アイカは、伏せられたスマホを見たあと、ナオを見た。


「見たら、駅の話していい?」


「もちろん」


 頷くのが速すぎた。

 もう一度、少しゆっくり頷いた。


「どのくらいある? 二時間くらい?」


「うん」


 花音が答えた。


「二時間六分」


 ナオが付け足した。


 アイカが、こちらを見る。


「……配信の画面に出るから」


「クレジット込みな」


 モモチも付け足した。

 ナオは、そちらを見た。


 六分の内訳までは、聞かれていない。


   *


「来月の方は、一緒に観に行こうよ」


 花音が、最初の映画の画面へ戻した。

 薄い青のカーディガンが、また真ん中に来る。


「行きたい」


「アイカも」


「うん。行く」


「じゃあ、三人で。見たあと、ご飯も食べたい」


 ナオも頷いた。

 今度は、普通の速さでできた。


「連絡先、交換していい?」


「もちろん」


 花音の画面を読み取ると、花の写真のアイコンが出た。


「ナオ、猫なんだ。飼ってるの?」


「ううん。近所にいた猫」


「かわいい。こっち見てる」


「このあと、逃げられた」


 花音が笑って、スタンプを送ってきた。

 ナオも、手を振っているものを返す。


「さっきの漫画、今も持ってる?」


「持ってるよ」


「今度、一巻貸してもらってもいい? 買おうと思ったまま忘れちゃってて」


「いいよ。明日、持ってくる」


 思ったより、すぐに答えていた。


「ありがと」


「一巻、最後がちょっと気になるところで終わるから、二巻も——」


 花音が顔を上げた。


「……いる?」


「とりあえず、一巻で」


「だよね」


 危なかった。

 聞けたので、まだ大丈夫だ。


 スマホのメモに、一巻、と打つ。

 念のため、そのあとへ「だけ」と足した。


「こういう漫画、ほかにも読む?」


「読むよ」


「じゃあ、また教えて。私、次どれ読んだらいいか分かんなくて」


 頭の中に、三つほど表紙が浮かんだ。

 どれも好きだった。

 最初に貸すならどれがいいか考えて、口を開く。


「恋愛の話がいい? 笑える方がいい? 長いのでも——」


「次、移動だよ」


 アイカが、弁当箱を包んでいた。


 時計を見る。

 ナオの弁当には、まだブロッコリーが二つ残っていた。


「……また今度でもいい?」


「もちろん。帰りは、服見るからね」


「分かってる」


 花音が立ち上がり、椅子を元の場所へ戻す。

 ナオはブロッコリーを口に入れた。


「ケーキ屋、今日は開いてるぞ」


 隣から、声がした。


「今日は服」


「先に言っただけだけど」


 モモチは、もう文庫本を開いていた。

 ずっと読んでいたみたいな顔だった。


   *


 駅前の店に、目当ての青はなかった。


 代わりに、花音が白いカーディガンを羽織る。

 袖が長くて、指先まで隠れた。


「かわいいけど、手がない」


「折ってみたら?」


 折ると、今度は袖のボタンが全部隠れた。


「ボタンがよかったのに」


「難しいね」


 二人で笑い、ほかの服も見た。

 花音が迷う間に、ナオも別の一枚を鏡の前で当ててみる。


 結局、二人とも何も買わなかった。

 もう一軒、今度見に行くことだけ決まった。


 家に帰ると、ナオは明日持っていく漫画を本棚から抜いた。


 一巻だけ。


 机に置いてから、隣の二巻に目がいった。

 どちらも薄い。

 二冊でも、鞄には入る。


 スマホのメモを見た。


『一巻だけ』


 自分で書いたメモに止められるのは、少し変な感じがした。


 一巻を開く。

 昼に話した、二枚の写真が出てきた。

 そうだ、この前のお母さんの台詞があるから、すぐ分かるのだ。


 花音も、ここを読んだら分かるだろう。


 そこまで考えてから、付箋を探しかけた手を止めた。

 分かるのなら、いらない。


 スマホが鳴った。


『慣れた?』


 佐和だった。


『ちょっと。今日、ほかの女子とも話した』


『お、何の話?』


『服とか映画とか』


『いいじゃん』


 ナオは、今日はあまり喋りすぎなかった、と入れかけた。

 写真の裏の日付を思い出して、消す。


『漫画貸すことになった』


『いつもの感じになってる』


『一巻だけだよ』


 念を押してから、漫画を鞄に入れた。

 これでもう、忘れない。


 続けて、隣の男子がまた映画に文句を言っていた、と打つ。

 原作から読んでいた人の方へ、勝手に入れられたことも書いた。


 映画が好きで漫画を買ったのだから、順番が逆だ。

 写真が短いのは分かるけれど、駅のところがよかったなら、それも言えばいいのに。


 逆張りオタクって気持ち悪い、まで打った。


 入力欄が、何行にも伸びていた。

 上から全部消して、一行だけ打ち直す。


『隣の男子が、うるさい』


 送ると、すぐに既読がついた。


『それより灰の王冠、三巻読んだ』


 それより。


 ナオの指が止まった。


『仮面の人、ちょっと好きかも』


 うるさい、の方に返事は来なかった。

 ナオも、待たなかった。


『どこで?』


 すぐに送る。


『最後の、扉閉めるところ?』


 続けて送る。


『そこも。でも、その前』


 その前。


 ナオは本棚へ戻り、『灰の王冠』の三巻を抜いた。

 扉を閉める場面までめくり、少し戻る。


『ちょっと電話していい?』


『いいよ』


『五分くらい。もうすぐご飯だから』


『うん』


 机に漫画を開いて、電話をかけた。


「もしもし。ごめん、ちょっと待って。充電器つなぐ」


「電池ないの?」


「八十四パーセント」


「……五分だよ?」


「分かってる。念のため」



   *



「ナオ、ご飯」


 階段の下から、母の声がした。


 ナオは、画面の端を見た。


 七十二パーセント。


「……ちょっと待って」


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