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第3話

 ヴァンフリートは新聞を引き寄せた。


 紙面には、ヴェンツェルが猛然と剣を振るい、怒れるルイトポルトを圧倒したように書かれている。実際には、ルイトポルトが攻め、ヴェンツェルは退き、剣先から離れ続けた。観衆の嘲りが聞こえても歩みを変えず、相手の呼吸が乱れるまで、ただ負けない場所に居続けた。


「決闘は、誰が申し込んだ」


「ルイトポルトだ」


「理由は?」


「妹の名誉を汚したと言われた」


「お前は断れた」


「当然、断ろうとした」


「どの辺まで?」


「決闘は野蛮だ、法院で争え、互いに怪我をしても医者が儲かるだけだと、理を尽くして説得した」


「怖かったんだな」


「とても」


 ヴェンツェルは少しも恥じずに言った。


「剣は刺さる。人間は刺されると血が出る。これほど明白な危険を前に、平然としている方がどうかしている」


「それでも受けた」


「ルイトポルトが余計なことを言った」


 ヴェンツェルの声が、わずかに低くなった。


「何を言った」


「関係ない」


「お前が怖い決闘を受けた理由だ。関係しかない」


「私への侮辱なら、いくらでも聞き流せる。臆病者、守銭奴、卑怯者。どれも言い返すほど間違っていない」


「自覚だけは立派だな」


「だが、あの女を金で囲った娼婦と呼んだ。子供は、私が外で作った私生児だと」


 帽子の縁をいじっていた指が止まった。


「私の趣味が悪いと言うだけならよかった。世間も大方そう思っているし、私も否定しない。だが、病気で死にかけただけの女と、母親を助けようとした子供にまで、私の評判を分けてやる必要はない」


 風が紙面をめくり、硯の下で新聞が鳴った。


 アエミリアが静かに聞いた。


「それで、決闘を受けたのですね」


「受けてから後悔した。だから全力で刺されないようにした」


 ルイトポルトは初めから激しく攻めた。ヴェンツェルは受け止めて押し返すことをせず、退き、躱し、時には土に足を取られながら、それでも立会人の定めた場からは出なかった。観衆が笑えば、ルイトポルトはさらに前へ出た。前へ出るほど剣筋は荒くなり、肩が上がり、呼吸が深くなる。


 最後の突きを半歩退いて外し、伸びきった腕へ剣先を当てた。手首に細い赤が走ったところで、立会人が止めた。


 勝者は、最も勇敢な男ではなかった。


 最後まで血を流さなかった男であった。


「私は勝った」


 ヴェンツェルは、あらためて言った。


「勝ち方が気に入らない者には、勇敢に負ければよかったのかと聞いてやる」


「お前が勝ったことは、ルイトポルトがお前より先に血を流した証拠にはなる」


 ヴァンフリートは新聞の見出しを指で叩いた。


「母親が愛人でない証拠にも、子供がお前の子でない証拠にもならん。決闘で真実が決まるなら、法院は剣術場へ貸せばいい。判事の代わりに剣術師範を置けば、字の読めない奴でも裁定できる」


「私が勇敢だった証拠には?」


「それは最初から争いがない。お前は勇敢じゃない」


「では、依頼を受けろ。依頼人が正直なのは貴重だぞ」


「何を望む」


「この請求を退ける。私の金を守る。ついでに名誉も戻す」


「ヨハンナとの婚約は?」


 ヴェンツェルはしばらく考える顔をした。


「私ほど寛大な男なら、一度の誤解を許すことも――」


「戻したいのか」


「いやだ」


 返事だけが、妙に速かった。


「私を不貞の男と決めつける女と結婚するほど、私は勇敢ではない。婚姻は毎日行われる決闘だ。逃げ場のない決闘など、なおさら御免だ」


「なら、ヨハンナが婚姻を拒むこと自体は争わないな」


「好きにすればいい。私は女性の自由を尊重する。特に、私と結婚しない自由は大いに尊重したい」


「自分が振られた話を、急に先進的な思想へ直すな」


「結果が同じなら、格好のよい理由を選ぶべきだ」


「問題は破談の理由と費用か」


「それと、あの二人の名だ」


 ヴェンツェルは小さく咳をした。


「法院で争うなら、母親と子供を人前へ出すことになるのか」


「必要ならな」


「必要でなくしろ」


「お前の話だけで不貞を否定しろと?」


「私は依頼人だぞ」


「だから最初に疑ってる。相手方の依頼人だけ疑う代言人は、半分しか仕事をしてない」


「子供には、この話を聞かせるな」


「なぜ」


「教育に悪い」


「私生児と呼ばれたことが?」


「私がそれを理由に決闘したと知れば、あの子はますます私を英雄だと思う」


「困るのか」


「当然だ。期待が高くなれば、維持費も高くなる」


 ヴェンツェルはそう言って鼻を鳴らしたが、帽子の縁はもう直しようがないほど潰れていた。


 アエミリアは、婚約解消の通知をヴァンフリートの前へ戻した。


「シグルーン様は、この事情をどこまで知っているのでしょう」


「少なくとも、依頼人から何かを見せられた」


 ヴァンフリートは署名の上へ指を置いた。


「こいつは噂だけで不貞を断定するほど間抜けじゃない。だが、代言人は渡されなかった紙を読めない。見せられたものが嘘か、足りないのか、それとも目の前の臆病者が本当に女を囲っているのか。今ある紙じゃ、どれも残る」


「私の説明は数えないのか」


「数えてる。証拠が出るまで零としてな」


「依頼人への敬意が足りない」


「敬意を払えば事実が増えるのか?」


 ヴェンツェルは考え、首を振った。


「では要らん。安くなるなら敬意は省いてくれ」


「最初に確かめるのは母親と子供ですか」


 アエミリアが聞いた。


「その前に医者だ。病人本人へ、病気だった証拠を出せと迫るのは趣味が悪い。医者と薬代が一致すれば、少なくとも最初の夜に何があったかは分かる。それから家賃、雇用、給金だ」


「ずいぶん調べるな」


「お前が善人だったという異常事態だ。慎重にもなる」


「人助けの一つや二つ、私にだってできる」


「さっきから必死に否定してるのはお前だろ」


 ヴェンツェルは答えず、外套の内側から財布を出した。


「前金だ。足りなければ言え。ただし、領収は正確に」


「人を救った話では照れるくせに、金を出す時だけ堂々としてるな」


「金は裏切らん。人間は褒めると期待する」


「子供も?」


 財布から硬貨を出しかけた手が止まった。


「子供は、まだ物を知らない」


「だからお前を英雄だと思うのか」


「教育の余地があるということだ」


 ヴァンフリートは紙と筆を、ヴェンツェルの前へ押した。


「母親の居所と医者の名を書け。子供を雇った日もだ」


 ヴェンツェルは筆を取ったが、すぐには書かなかった。


「一つ条件がある」


「もう依頼人の条件は聞いた」


「あの子には知らせるな。母親が何と呼ばれたかも、自分が何と呼ばれたかもだ」


「事実を確かめるのに必要な範囲は俺が決める」


「なら、必要でない範囲は?」


「見世物にはしない」


 ヴェンツェルはしばらくヴァンフリートを見た。


 やがて紙へ向き直ると、まず医者の名を書き、その下に母親の居所を記した。最後に少年の名を書いた時だけ、文字が少し小さくなった。


 ヴァンフリートはそれを見ていたが、何も言わなかった。


「お前が守りたいのは、自分の名か。あの子の名か」


「両方だ」


 ヴェンツェルは筆を置いた。


「二件まとめて頼む。多少は安くしろ」


「断る」


「人助けをしようという気はないのか」


「お前にだけは言われたくない」


 新聞の見出しが風に持ち上がり、硯の重みに引き戻された。


 紙面の勝者は光の中で剣を掲げていた。


 机の前の勝者は、潰れた帽子で少年の名を隠していた。

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